第4話 高級野良ネコ

残すところ、次が本日最後の授業である日本史。


あと数分、授業が始まるまでのこの時間を寝たフリで潰すことによりこの閉鎖空間から解放される。その希望を胸に、今も机に覆いかぶさるように顔を埋める俺の視界は真っ暗で、その耳には教室にいる他のクラスメイトたちの声だけが届いてくる状況だ。


何の自慢にもならないが、机での頭のポジショニングを間違えてしまうことにより腕が痺れてだるくなるこの現象は、おそらく経験者だけがわかる特権なのだろう。


まあ、そんなどうでもいいことはさておき、さっきから聞こえてくる周りの声に、いつもとは異なる雰囲気の違和感を感じるのは気のせいだろうか。


やけに一瞬、教室が静かになったと言うか、別に無言の教室というわけではないが、気持ち空気が張り詰めている気がしなくもない。


「おう。どうした、渋谷!何か用でもあるのか?」


相変わらず、そんな俺の考察を打ち消すかのごとく、いつもどおりにうるさい榊という男の声も聞こえては来るが、その言葉の流れ的には教室に別のクラスの誰かが来たと言うところだろう。


興味はないが、一応、頭と肘の間から教室の入り口に俺はさりげなく目を向ける。


「ん、別に」

 

するとそこにいたのは、隣のクラスのとある女性。

綺麗なロングヘア―とすらっとスカートから伸びた長い脚が特徴のクールな表情の女性が口に小さな棒付キャンディを含んでたたずんでいる光景。


もちろん、同学年ではあるが、俺は彼女とは喋ったこともないし、関わったこともない。ただ、この学校でも目立った存在である女性であることは確かだから、俺も一方的に顔だけは知っているというだけだ。


そう。彼女の名前は


その校則なんて意にも介さないかのごとくお洒落に気崩した制服姿からもわかるように、彼女は良い意味でも悪い意味でも自由人。今も明らかに規定の丈より短く履いたスカートのせいでその綺麗な脚の絶対領域が他の生徒に比べて大きく露出されている。


見る人が見れば、今時の素行不良の少女にも見えてしまうであろう彼女であるが、その成績は実は学年でもトップクラスといった、意味のわからない全く捉えどころのない存在。


一言で言えば孤高でとっつきにくいタイプにも見えるが、仲良くなって心を許した女友達などには年相応の笑顔を見せたりすることもあり、その恵まれた容姿もさることながら、同じクラスの山本サヤとは別ベクトルで男たちからの人気が凄い女性だ。


「おう。誰か探してんのか?手伝うぜ」

「ん、別に」


ただ、男とは基本的に絡んでいるところは見たことがなく、案の定、あの榊ですら今のやり取りを見てわかるように全く相手にされていない。現に、目も合わさずにそう無機質にあいつに返答する彼女の姿がまた俺の目には移り込む。

 

そして、今も何を考えているのかが全くわからないが、そのベストのポケットに手をつっこみながら、その鋭くも大きな目で何かをまじまじと探すように教室の中を静かに眺めている様子。


まあ、そんな光景に、少なくとも自分には関係ないと、俺は静かにもう一度頭を机の上に沈める。


やはり、渋谷ありさ。今後俺が関わることなんて機会も皆無ではあろうが、相変わらず、意味のわからない女性だ。


「......」


ただ、何だ。気のせいでなければ、またどこからか、得もいえぬ視線を感じる?


もしかして、また...と視線をずらしてみるも


まあ、さすがに気のせいだった。


そもそも、別のクラスにでも行っているのだろうか、今は教室にの姿は見当たらない。要は完全に俺の被害妄想だった。いくら今日何度も目があっていたとは言え、この勘違いは色んな意味で恥ずかしすぎる。おそらくアレも何だかんだで気のせいだったのだろう。じゃなければ説明がつかない。


とりあえず、授業まであと約3分。もう一度机に...と思ったが


あながち、さっきの視線を感じた俺の感覚が間違いではなかったことに静かに気が付いてしまう俺。


何で...。


「.....」


わからない。なぜ、まだ尚、教室の入り口にて中の光をのぞき込む彼女の視線の先には今、俺がいるのだろうか...。


そう。俺の目に映るのは、なぜか俺の座っている方向をじーっとそのクールな表情を変えることなく見つめてくる彼女、の姿。


本当に理由はわからないが、明らかに俺のことを見ている気がする。

自信を持って言えるが、俺は彼女に絶対に何もしていない。


同じクラスの奴らとも交流を上手く取れない俺が、隣のクラスの奴と何かがあるわけがないだろう。


だが、そんなことを考えているうちに、何かを考えるように首をかしげて、ブツブツと自分の教室へと戻って行く様子の彼女の姿が俺の視界には映し出される。 


一体、今のは何だったのだろうか...。


微かに、帰りぎわに、がなんちゃらかんちゃらと遠くにいる彼女の口から聞こえてきた気もするが、どっちにしろよくわからない。


とりあえず、当たり前ではあるが、俺には何の関係もないようで安心した。


それにしてもだ。


ほんと、猫みたいな女性だな...彼女。


まあ、いい。また寝よう。


いや、寝たフリをしよう。


本日最後の寝たフリを...。

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