開店1周年前日 7
私は雰囲気を変えるため、美津子に言った。
「あっ、そうだ。確かお煎餅があったよね。お茶うけに持ってきてくれる?」
「そうね、何かちょっとあったほうがいいわね。待ってて」
美津子はそう言って台所のほうに行った。そしてまだ封を切っていない醤油の煎餅を持ってきた。
「これで良いかしら」
「いいよ、いいよ。俺、好きなんだ、この煎餅」
私は思わず微笑んだ。
「ところでさっきの続きだけど、村上さんはその時から地元に帰って開業することを考えていたんだ」
「それが北海道?」
「そう、ここでさっきの話につながったよね。昔の友達のつながりもあり、そういうネットワークを活用したいと話していた。学校の授業でも開業のための講座があったよね。そこでも紹介の大切さを聞いたけど、村上さんは最初からそういうイメージでいたらしい」
「そうなの。さっきまでの話では実際に仕事をスタートした時のことまで考えていなかったような感じがしていたけど、会社から解雇された上で次のことを考えていた人だから、そういう計画を立てていらしたのね」
ここでやっと美津子も村上のことを理解してきている様子だった。
「でも、学校で先生も言っていたと思うけれど、1回目はご祝儀みたいな感じで来てくれても、実力がなければそれで終わり、ということも聞いたよね」
私は美津子に確認するように言った。
「覚えているわ。私も腕が悪いところには2度と行くつもりはないもの。だから、学校選びも慎重になり、いろいろ探したじゃない。それで納得したところを見つけ、今があるわけだし・・・。私たちの場合、結果を出せる技術を身に付けたおかげで紹介が増え、それで今があるわけだし、やっぱりただ友達というだけでは続かないわよね」
美津子も今、現場に出ているだけに技術の質についてのこだわりは強い。毎日の施術体験から技術のクオリティについてはかなり意識しているし、それが自分のプライドにもつながっている。
「最初、小難しいことを言わないで、どうすれば良いかということをすぐに教えてもらえるものと思っていたけれど、授業自体が奥が深く、見た目は簡単そうでもこんなに奥が深いんだ、ということを改めて知ったもの。その村上さんという方も、やっぱり同じように感じていたんでしょうね」
美津子は自分の学びの時と重ね合わせ、村上の心情を推し量っていた。
「そうだね。今、俺が話したような友達のネットワークのことは随分端折った話だったけれど、そのベースには授業の経験とその時の先生の話があったんだ」
私はせっかく美津子が持ってきてくれた煎餅に口もつけず、話していた。
でも、話が一区切りついた時、目の前に置かれた煎餅に手が伸びた時、美津子から提案が出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます