開店1周年前日 6
「でも、そのためには理想だけでは上手く行かないわね。具体的な将来設計は考えていらしたのかしら」
美津子は自分の疑問を訪ねてきた。
「最初の頃のことはよく分からないよ。でも、勉強の後、何度か話している内に少しずついろいろなことが分かってきた。さっき、村上さんは会社を解雇されたということだったけど、幸い貯金があったそうだ。それでそれを資金にして何かお店をやろうとした時、低資本でスタートできる癒しの仕事を選んだって聞いた」
そう、村上は癒しに対する気持ちというより、開業のしやすさから考えたのだ。
その話を聞いた時、美津子の顔が少し曇った。
「でも、私たちは癒しという仕事に何かしらの生きがいみたいなことを感じていたでしょう。開業しやすそう、という感じだけで選んでもいいのかしら?」
美津子は村上の考え方に疑問を呈した。
「それは人それぞれだろう。みんな事情があるわけだし、会社務めという考え方を止めたら自分で何か始めるというのは選択肢の一つだし、それがたまたま癒しだった、というだけだ。結果的にそれで生活できれば良しとする、という考えもあるだろう」
私は村上の考え方にも理解を示した。世界中の人が体験し、社会のシステムにも大きな影響を与えた騒動だっただけに、まずはきちんと食べることを考えるのは当然という認識だったのだ。
「そんなものかな・・・。それでどうなったの?」
美津子はあまり理解していなかったようだが、興味はありそうで、続きを聞きたがった。
「俺と川合さんは癒しそのものに対して興味を持ち、心身の健康はすべての基礎になるし、それはコロナ騒動で身に沁みて感じた。だから、そういう関係の仕事をしたかった、というはっきりした気持ちがあった。3人でいろいろ話す中で、村上さんも少しずつ癒しを単なる仕事の一つという見方はしなくなっていったよ。もちろん、この勉強は趣味でやるようなことではないので、きちんと仕事としての意識も大切だから、そういう話もしっかりするようになった」
私はこういう話をしながら、少しずつ言葉に熱がこもっていく様子を感じていた。美津子もその様子を感じていたようで、話の途中、口を挟んできた。
「なんだ、遅くなっていた時には3人でそういう話をしていたの? それなら私もその話に入れてほしかったな。同じ学校に通っていたんだし・・・」
美津子はちょっと悔しそうな感じで言った。
「でも、お前は家事もあっただろう。基本的にクラスが違うし、曜日も違っていたじゃないか」
「そうね、でもたまには誘ってくれても良かったんじゃないの?」
残念そうな目で私を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます