【百合】家で大人しいメイドが、学校だと私に牙をむいて貞操を奪おうとしてくる
せせら木
第1話 危険だけれど、本当は好きだけれど。
「アリサ。私、今日家に帰ったら、お父様にあなたのことをクビにしてもらうようお願いするつもりだから」
放課後の空き教室。
私――
言うまでもなく、アリサはショックを受けていると思う。
同じ15歳で、主従の関係ではあるものの、小さい頃からずっと一緒で、思い出も一つや二つどころじゃない。
つい先日だってアリサからは告白されたばかりだ。
『――私、アリサは、千秋様のことが心の底から好きでございます。この身が老い、死に絶えるその時まで、ずっと、ずっと傍にいたい。そう思っております』
こんな風に。
なら、どうしてそんなアリサのことをクビにしようとしているのか、と聞かれると、答えは一つだった。
それは――
「……申し訳ございません、千秋様。お言葉ですが、それは恐らく無理な話でございます」
「……! む、無理な話……とはどういうこと……?」
「言葉通りです。私が千秋様を心の底から愛し、恋情を抱いているのは言うまでもないことですが、それは千秋様自身も同じなのです」
「は、はいっ……!?」
一切表情を変えず、程よい距離感だったところから、千秋がこちらへ歩み寄って来る。
「千秋様もまた、どうしようもないくらい私のことが好き。ご自分の気持ちに気付かないフリをしてらっしゃるのか、それとも気付いたうえで私へ意地悪をしてらっしゃるのか、真相はわかりかねるところでございます」
「ちょっ……! ち、違っ……! 私は……!」
歩み寄って来るアリサから逃げるために後ずさりしていると、気付けば私は壁に背を付けていた。
後ろを見やり、また前の方へ視線を戻すと、ほとんどゼロ距離。
密着するアリサは、私の腰に手を回し、抱き締めるような体勢になった。
「い、嫌っ……」
「ほら。嫌と言いつつも、千秋様は私のことを強引に振りほどこうとしません。これこそがあなた様の気持ちなのです」
「だ、だから違うんだってば! どうせ振りほどこうとしたところで、あなたは私を抑え込んで……ま、また……」
「……また……何でございましょう?」
「っ~……!」
口にはしたくなかった……というより、できなかった。
恥ずかしいのもあるし、何よりもアリサがまた調子に乗る。
「い、いいから早く私から離れなさい……! これは命令です……!」
「申し訳ございません。そのご命令には従えません」
「し、従えないじゃないでしょ……!? 従いなさ――んひゃぁぁぁ!?」
いきなりアリサが私の耳を甘噛みしてきた。
変な声が出て、一瞬で体に力が入らなくなる。
膝も震えて、その場で座り込んでしまいそうになった。
「……千秋様……可愛い……」
「か、か、可愛いじゃないわよぉ……! ほ、本当にやめっ……んぁぁぁ」
「すっかり耳が弱点になってしまっていますね。これも私がたくさんお耳を『教育』してきたおかげでしょうか?」
「あ、主に向かって偉そうに……きょ、きょ、教育とか言わない――ひゃぁぁ!」
ダメだった。
もう立っていられない。
腰砕けになる私を、アリサは前から支えてくれる。
そして、支えたうえで優しく頭を撫でてきた。
「申し訳ございません、千秋様。確かに『教育』という発言は、主に向かってすべきではありませんでした。謝罪させていただきます」
「うぅぅ……。とか言いながら……まるでペットでも愛でるように撫でてるじゃない……」
「それは千秋様があまりに可愛すぎるからでございます。私をたまらない気持ちにさせるからでございません。あと、仮にペットのように頭を撫でるという行為をしていたとしても、千秋様への忠誠心は変わりません。あなた様に危機が訪れるようであるなら、私はたとえ火の中でも水の中でも、どこでも千秋様をお救い致します」
……そう。
そうなのだ。
「……だったら……屋敷から離れた学校でも……いつも通り私に忠実でいてもいいんじゃないのかしら……?」
アリサは、家にいる時と、学校にいる時とだと、少し私への接し方が違う。
「お、お父様やお母様……そのほかの人たちがいる場所といない場所で私への態度を変えるアリサは……は、果たして本当に忠実と言えるの……?」
ぎこちなく視線を逸らして、私が少し突き放したような言い方をする。
するとアリサは、変わらない無表情のまま、私の体を抱き締めている手に少し力を加えた。
「んぅっ……!」
耳にアリサの吐息が伝わる。
また……?
そう思っていると、こそっと囁くような声が聴こえた。
「忠実ですよ。千秋様は私のすべてです」
「そんなっ……言ってることと行動が……一致してない……」
私の耳元で、アリサはクス、と笑んだ。
表情は見えない。
そのせいで余計に背筋がゾワゾワする。
「一致もしています。私は、千秋様へ忠誠を誓うとともに、心の底から恋していますから」
「っ……」
「そして、そんな姿を屋敷の中で他の方々へお見せするわけにはいかない。学校にいる時だけは、千秋様と二人きりになれるのです」
「そ、そんな……」
「ですから、千秋様……?」
私の耳元にあったアリサの顔。
それが離され、私たちは見つめ合う形。
キスの出来る距離感になった。
「まだ足りないのです」
「……足りない?」
私が疑問符を浮かべると、アリサは頷いて、
「千秋様が私のことを大切に想ってくださっているのは知っていますが、まだ私ほどその想いは強くない」
「……っ」
否定はしなかった。
こんなのでも、アリサのことを大切に想っているのは事実だから。
「いずれ、私と同じになってもらいます」
「……へ……?」
無表情だったアリサは、先ほど私の耳元で笑んだ時と同じようにクス、と微笑した。
その顔は、果てしないほどいたずらに満ちていて、私はこの子に絶対勝てないと思い知らされて。
「千秋様が……ドロドロなくらいの恋心を私に抱いてくださるまで……私は学校でのこうした行為を辞めません」
「そ、そんな……っ」
「ですので、勝負……致しましょう」
勝負……?
私が小首を傾げると、アリサは続ける。
「正道(まさみち)様に私のクビをお願いするとおっしゃっていましたが、千秋様がそれを完遂するのが先か。それとも、私が千秋様を堕としてしまうのが先か。勝負するのです」
「え、えぇっ……!? そ、そんな勝負私は――」
――したくなんてない。
アリサのことをクビにするなんて、ただの口走り文句に過ぎなかったから。
……でも。だけど。
「これを飲んで頂けないなら、千秋様は既に私へ堕ちている、と捉えますが、よろしいでしょうか?」
無表情にいたずらな笑みを加えて私を見つめてくるアリサ。
プライドが邪魔してしまった。
私は、すっかりアリサに乗せられて――
「い、いいわよ? その勝負、受けて立ってあげる……! ぜ、ぜぜ、絶対にクビにしてやるんだから……!」
本心をしまい込んで、こんなことを言ってしまっていた。
するとまあ、アリサは嬉しそうに小さく頬を緩めて、
「……ふふっ。では、今日から戦いスタートでございますね。千秋様」
「え、ええ……! か、かかって来なさい……!」
私の虚勢を張ったセリフを見透かすかのように、アリサは頬を軽く朱に染め、瞳にどこか寒気のするような闇を浮かべていた。
「覚悟しておいてくださいよ? ふふっ、っふふふっ、ウフフフッ」
こんなに笑う子ではなかったと思うのだけれど……。
そこはもういい。
私も頷いた。
【百合】家で大人しいメイドが、学校だと私に牙をむいて貞操を奪おうとしてくる せせら木 @seseragi0920
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