第4話 試練
二人が山を下りる途中、悠の胸には微かな違和感が芽生えていた。吹雪の中でただ生き延びるために歩いていた時とは違い、リナの存在が彼の行動に影響を与え始めていた。
リナは折に触れて彼に話しかけるようになった。最初はぎこちなく途切れがちだったが、次第に話の端々に感謝や思いやりが混じるようになった。
「新堂さん、雪って冷たいけど、綺麗だよね。どんな汚れも包み込んでしまうみたい」
悠は彼女の言葉を聞きながら、軽く肩をすくめた。
「ただの氷だ。冷たいだけで、他には何もない」
それでもリナは微笑んで続ける。
「でも、冷たいものがあるから暖かさを感じられるんじゃないかなって、そう思うの」
その言葉に悠は一瞬言葉を失った。過去の傷を背負い、人との関わりを避けてきた自分にとって、暖かさという概念そのものが遠い記憶だった。
---
二人がふもとに近づいた頃、天気は快晴となり、雪山の風景が壮大な光景を見せていた。遠くには木々が連なり、白い雪と青い空が境目なく広がっている。その美しさにリナは目を輝かせていた。
しかし、そんな平穏は長く続かなかった。ふもとに近い雪道で、足を滑らせたリナが小さな崖の縁まで転がり落ちたのだ。
「リナ!」
悠は叫びながら駆け寄り、間一髪で彼女の腕を掴んだ。リナの身体は崖の縁で宙に浮き、雪が崩れる音が響く。
「しっかり掴め!」
悠は必死で引き上げようとしたが、彼女の体重と崩れかけた雪に足元が不安定になる。リナの顔は恐怖に歪んでいたが、それでも彼女は弱々しく頷いた。
「離さないで……!」
「離すわけないだろ!」
全力で引き上げた末、リナは無事に雪の上に転がり込んだ。二人はその場に倒れ込み、しばらく無言だった。
やがてリナがぽつりと呟く。
「……怖かった。でも、信じてた。新堂さんが絶対に助けてくれるって」
その言葉に悠の胸は強く揺さぶられた。誰かを信じるという行為が、彼の人生からどれだけ遠ざかっていたのかを思い知らされる。
「俺が……信じられる人間だと、思うのか?」
リナはじっと彼を見つめ、小さく微笑んだ。
「うん、思うよ。だって、ずっと助けてくれたから」
---
ふもとに辿り着いた二人は、ようやく安堵の息をついた。リナの家族は捜索隊に連絡しており、無事に再会を果たした。リナの母親は涙を流して感謝の言葉を述べ、父親は力強く悠の手を握りしめた。
その中で、リナが振り返り、静かに言った。
「新堂さん、本当にありがとう。私、あなたに助けられただけじゃなくて……もっと大事なことを教えてもらった気がする」
悠は返事をせず、ただ軽く頷いた。その背中には少しだけ軽さが戻っていた。孤独を選んでいた自分にとって、彼女との時間は確かに重くも温かなものだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます