第2話 絶景
悠は少女の手を取ると、自分のコートを脱いで彼女の肩にかけた。少女の体は氷のように冷たかった。手袋もなく、薄いセーターにダウンジャケットだけという軽装だった。こんな山奥で彼女が一人でいる理由がまったく分からない。
「名前は?」
「……リナです」
声は震え、今にも泣き出しそうだった。リナと名乗った少女は悠の言葉に頷くだけで、ほとんど話さなかった。
「ここにいると危ない。このまま下山するぞ。歩けるか?」
リナは弱々しく頷いたが、その足元は雪に沈み込んでいた。悠は彼女の手を引き、注意深く歩き始めた。雪の中を進むたびに、冷気が骨に染み込むようだった。吹きすさぶ風が視界を奪い、二人の声さえ掻き消す。
「なんでこんなところにいたんだ?」
悠が問いかけると、リナはしばらく沈黙した後、小さな声で答えた。
「お父さんとお母さんと……来てたんです。でも、はぐれて……」
それ以上を言わせるのは酷だと感じた悠は、それ以上聞かなかった。彼女の細い手が、しがみつくように彼の手を握る。その小さな力に、自分が頼られていることを痛感した。
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山道は次第に険しくなり、吹雪が激しさを増していった。体力が削られていく中、リナの足取りはますます重くなった。
「もう、無理……」
リナがつぶやくと同時に、彼女の足が止まった。悠は立ち止まり、彼女を支えながら小さな岩陰へと連れて行った。吹雪を避ける場所としては頼りないが、休息を取るには十分だった。
「少し休もう」
悠がリナを座らせると、彼女は小さく身を丸め、寒さに震えながら彼を見上げた。
「……どうして助けてくれるんですか?」
その問いに、悠は答えられなかった。何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。孤独を選んできた自分にとって、他者を助ける理由などなかったはずだ。
「……分からない。でも、見捨てるのは嫌だ」
結局、それだけを口にした。リナはその答えをどう受け取ったのか、うつむいたまま何も言わなかった。
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再び歩き始めた時、日が傾き始めていた。雪原に赤い夕陽が差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。その景色は、悠の心に奇妙な感覚をもたらした。まるで、閉ざされていた自分の世界に、誰かが光を差し込んでいるような感覚だった。
「……寒いけど、綺麗だね」
リナの言葉に、悠は初めて景色をじっくりと眺めた。雪と風に耐えながら歩く中で、彼女はそれでも何かを見つけている。その姿が、彼に問いを投げかける。
自分は、この景色の中に何を見てきたのだろう?
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