すずちゃんのヘルプデスク事件簿 はみだし3

よつば

SS3

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「ねえ松原、そこを何とか」

 Web会議システムの画面越しには、壬生みぶ工場の山崎孝やまざきたかしが手を合わせてお辞儀をしている。強くお辞儀をしたからか、メタルフレームの眼鏡が少しずり落ちている。対応していた松原大吾まつばらだいごは困惑しながら発言した。

「ネットワークについては、シゲさんが構築したから彼に聞いてよ……」

「そのシゲさんが来られないから、弟子の松原にお願いしたいんだよ」

 シゲさん、とは定年間近を控えている鈴木繁すずきしげるのことを指す。ステラグロウトイズにシゲさんあり、といわれるほど一人でフロアのネットワーク構築からシステム開発、自作パソコンの組み立てまで何でもこなす伝説的社内エンジニアだ。しかし、約二年前に大病を患ってから基本的にリモート勤務になっている。せいぜい、四半期に一度行われるキックオフへ少しだけ顔を出すぐらいだ。壬生工場のネットワーク構築の基礎を鈴木が担当したからといって、簡単に出張できる立場ではない。鈴木の元で研鑽けんさんを積んだ松原は弟子と山崎の中では決めつけていた。

「で、どこのネットワークの状況が悪いの?」

「今のところ、三階の事務所。Wi-Fiの調子がおかしくて、たまに切れてしまうらしいんだ。ルータとかみたけど、特に異常はなさそう」

「それじゃ、直接壬生へ向かった方が早いわけか」

「ほんと、事務所からは仕事にならない時があるって言われるんだよ。できたら今すぐにでも来てほしい」

「今日はもう遅いから無理だけど、小田原さんに許可が出次第、そっちへ向かうよ。スペーシアXでもいい?」

 東武とうぶ鉄道の最新特急列車の名前を出し、松原はほくそ笑んだ。

「今でも日と座席によっては発売と同時に瞬殺レベルなんだけどな」

 山崎もつられて笑ってしまった。

 Web会議を終え、その場で松原は小田原にチャットを送信した。


 松原のオフィスがある浅草橋から、工場がある栃木県のおもちゃのまちまでは、浅草あさくさまで地下鉄で出る必要がある。そこで東武スカイツリーラインに乗り換え、特急などで栃木とちぎまで向かう。乗り換えて新栃木まで出てから、東武宇都宮うつのみや線の始発に乗って数駅のところにある。特急を使えば浅草からは東武鉄道だけで一時間四十分ほどで着く。

 小田原からチャットですぐ宿泊出張の許可が出た松原は、東武浅草駅の入り口で駅弁選びをしていた。時間の都合でスペーシアXの乗車券は取れなかったが、別の特急は簡単に取ることができた。適当に駅弁と緑茶を選び、乗車後はスカイツリーが見えなくなる頃合いを見計らって早いお昼にした。

 そういえば、一人でいくことは初めてかも。

 最後に壬生へ出向いたのも、鈴木の付き添いだった気がした。その後に鈴木は大病を患い、コロナ禍であったこともあり完全フルリモートになったんだっけ。

 松原は鈴木との思い出に浸りながら、栃木に着くまで外の風景を流し見していた。


 おもちゃのまち駅で山崎と落ち合ってから、工場まで歩いて向かうことにした。山崎は昼食を提案したが、すでに車内で食べたことを理由に断った。残念そうな顔でコンビニご飯を買いに行く山崎を見送ってから、あまり風景は変わっていないなと松原は思った。

 おもちゃのまち自体、都内にある玩具メーカーの工場が生産性の向上などを目指して集結してできた街だ。現在は工場や工業団地だけでなく、ミュージアムなどの商業施設もあって観光地にもなっている。松原たちがいるのも駅前の商業エリアで、ステラグロウトイズの工場はそこから東側、姿川すがたがわ手前の工業エリアにある。山崎も妻子とともに近くの工業団地に住んでいたはずだ。

 ステラグロウトイズの壬生工場は二年前に物流センター設立と同時に外観を変えたばかりで新しくなっていた。工場の三階が事務室になっており、現在は物流センターと共同で使っている。松原のパソコンを無線と有線でつなげたところ、少し重いものの問題なくつながるようだ。ところが隣の物流会社エリアへ渡ったところ、無線が急に重くなってしまった。社員の様子を見たところ、一部で変換コネクタをつけて有線で繋げていることに気づいた。


「トイズも支障は出てるけど、ロジスティックの無線が重いと言った方が早いかもね。ルータはどこ?」

 松原が訊ねると、ロジスティックフロアから離れた山崎のデスク近辺にルータがあるという。以前、鈴木と訪れたときより新しい型になっていたが、エリアを分割してから何らかの理由で遅くなってしまったようだ。エリアを分割してすぐだったら、鈴木を派遣することは可能だったはず。つくづく運が悪いなと松原は感じた。

「なあ山崎。原因はわかりそうだから、今日は早めに社員を帰らせることは可能かな。無線だけでなく配線も見ておく」

「本社から社長賞を獲った情シスが来てるといえばすぐ聞いてくれるよ」

「それはよせ」

 山崎は本当のことじゃん、と肘で松原の腰をつついてきた。そして何かに気づいたように話しかけた。

「そういえば阿部さんだっけ、Web会議で話してみたけどなかなか可愛いじゃん。あの子と一緒に大阪行ったとかずるいな」

「妻子持ちでそれ言うな。後で頼まれていた東京土産渡すから。あと人事査定に響いても知らないからな」

「なんだって?」

「彼女、三月までは人事で採用担当だったから」

 その一言で山崎の血の気が引いたとは言わずもがなであった。

「会ってみればわかるけど、雰囲気に見合わず、頭の回転もすごいから」と松原が補足したが、聞く耳を持っていなかった。

 

 七時を過ぎ、全社員が退社したしたのを確認してから二人でネットワーク点検をした。ノートパソコンに鈴木が書き起こした配線図を見ながら、手分けしてネットワークの調整をしていく。設定値などを変更し、一時間後に全フロアで無線が一定速度で動作することが確認してから山崎は団地方面へ、松原はホテルがある駅方面へそれぞれ別れた。

 翌日、遅めに出勤した松原は他の社員からネットワークの調子を訊ねて問題ないことを確認した。中には「社内報に出てた男性だけで女性は」と聞かれることもあったが、そこは山崎が制した。

「それじゃ、俺は戻るわ」

「せっかく来たんだからもう少し遅くてもいいんだぜ」

「情シスはいつも人手不足だよ」

 おもちゃのまち駅まで見送ってくれた山崎にからかってから駅へ入っていった。帰りは偶然にもスペーシアXのプレミアムシートが取れた。小田原と経理に清算する場合は、特急との差額まで経費で落とせないのは承前の範囲だ。だが、最新列車のことを社内に広めるにはいい機会だと感じた。真新しい座席に身体をゆだね、本社へ戻っていった。



ーーーーーーーーー


 SS2では松原が有給取っていたので、今度は出張で阿部が登場しない回を用意しました。こっちでも阿部のことは気になるらしい。

「本編でおもちゃのまち(東武)出すならスペーシアXだせる」と思ったものの、リモート出演だけで終わってしまいました。東武伊勢崎線、ではなくて、スカイツリーラインのことですが、実は乗った回数は少ないという。とはいえ、年始にはスペーシアX目的で日光まで行ってきました。日帰りだし帰りは新宿まで飛ばされましたが(JRスペーシアだったため)。電車と旅行好きという部分がSSで活かされていますね。

 栃木方面、実は行ったことがないので、おもちゃのまちは公式のサイトにある地図から想像して描写しました。今はGoogleストリートビューがあるので、簡単に想像するのはいいですね。駒形・蔵前あたりはたまに通りますが、バンダイのミュージアム目的でいくのもありですよね。ちょっと不便そうなのがネックですが。


 年末年始を挟んで、次の構想は技術的には決まりつつあります。ただ、手術が挟むのでなかなか書けないという。それと短編2作を某所で読んでもらって評価してもらうサービスに登録したので、そこの評価を元に改善していこうかなと。これらが終わってから新作に取り掛かろうと思います。

 それらがある間は、インプット期間として積読どうにかしなきゃですね。あとは気分転換というか、文章力のために「出版されている小説の一部を模写する(タイピングでも可)」で答えるか。

 

参考サイト

"おもちゃのまちサイト".おもちゃ団地協同組合.https://www.omochadanchi.or.jp/

"新型特急スペーシアX特設サイト".東武鉄道株式会社.https://www.tobu.co.jp/spaciax/

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