第2話 ヨガ教室

 図書館に行くと、予想通り〈稲子いねこ〉ちゃんがいた。


 超がつくほど大人しい女の子で、いつも本を読んでいる子だ、話しかけられてもオドオドするだけだから、誰も友達がいない。


 ちょっとしたいじめにもあっている子だ。


 そのオドオドしているところが、とても魅力的だと思う、何かきっかけがあれば何でも言うことを聞きそうだ、と僕は確信している。


 「〈稲子ちゃん〉、となりで本を読んでも良いかい」


 〈稲子ちゃん〉は読んでいた本を置いて、吃驚した顔で僕を見上げている、けれど言葉は何も出てこない、何て言うか固まっている感じだ。


 僕はかまわず〈稲子ちゃん〉の隣に座って、本を読むことにする。

 〈稲子ちゃん〉はしゃべらない子だから、返事を期待しても意味が無い。


 〈稲子ちゃん〉は本を置いたまま、ずっとうつむいている、良く同じポーズをたもっていられると感心してしまう。


 〈稲子ちゃん〉は我慢強い子なんだ。


 僕は時々図書館に行って、〈稲子ちゃん〉の隣に座り本を読むことにした、だけど僕が挨拶あいさつをしても〈稲子ちゃん〉は黙ったままだ。


 僕の意図いとが読めないのだろう。


 ただ少しはれたんだろう、もう固まったままじゃない、僕を無視しているけど本は読んでいる。


 僕は〈稲子ちゃん〉とデートをしている気にでも、なっているのだろう。

 話さなくても良いから、このデートは僕への負担がとても少ない。

 座って本をペラペラめくっていれば良いんだからな、無理に会話をする必要もない。


 僕は〈稲子ちゃん〉と話しをしたいわけじゃないんだ、〈稲子ちゃん〉の女の子の部分を感じたいんだ。

 匂いを嗅いで、体の熱を感じて、心がキュっとなるのを観察したいだけなんだ。


 だから僕は〈稲子ちゃん〉のことをもっと知りたくて、〈稲子ちゃん〉のお母さんがやっている、ヨガ教室に入ることにした。


 これは僕の両親が新聞の折り込おりこみ広告を見て話していたのを、目ざとく聞いていたんだ。僕のファインプレーだと言えるな。


 「〈田楽ヨガ教室〉って近所に出来たの」


 〈田楽〉って苗字みょうじは珍しいから、〈稲子ちゃん〉の家族なんじゃないかと、頭にピーンと来たよ。


 「そうよ。 確か同級生に〈稲子ちゃん〉っていたわよね。 その子のお母さんが開いたみたいよ」


 「へぇー、ヨガ教室か。 僕は体が硬いから入ってみたいな」


 「ふふっ、子供がヨガね。 お母さんと一緒に入ろうか」


 母親は僕の成績が急上昇しているため、とても機嫌が良いんだ、少しくらいの無理なら聞いてくれる。


 〈稲子ちゃん〉のお母さんは、〈稲子ちゃん〉にとても良く似ている、実の親子だから当たり前だな。


 だけど似ているのは顔だけだ、お化粧をバッチリとほどこしたすごく派手な美人だ。

 レオタードにつつまれた体は、出るとことは大きく出ている、ナイスなバディだと思う。

 自信があるからレオタードを着る仕事をしているんだな。


 〈稲子ちゃん〉のせっぽちの体も、将来はこうなるのかな、楽しみになってしまうよ。


 「うわぁ、ありがとうございます。 まだ始めたばかりで、生徒さんが少ないのですよ。 〈稲子〉と同級なんですね。 親子ともどもよろしくお願いします」


 「この子はもちろん、私も超初心者なんですの。 お手柔らかにお願いしますね」


 「よろしくお願いします。 〈稲子ちゃん〉ともども、よろしくしちゃいます」


 「うふふっ、はい、可愛い僕におまかせしました」


 サクラなのかにぎやかしなのか、〈稲子ちゃん〉は可愛いピンクのレオタードを着せられて、ヨガ教室のすみに隠れるように立っていた。


 僕を見て顔を真っ赤にして、口をあんぐりと開けていたな、僕がヨガ教室へ入るなんて全く予想もしていなかったのだろう。

 レオタードに現れた小さな胸のふくらみを、両手で隠していたな、僕がじっと見ていたのを感づいたらしい。


 しばらくしたら僕の母親は、ヨガ教室を止めてしまった、続ける動機が見つけられなかったのだろう。

 理想的な体重は動機にはならなかったらしい。


 僕の方はと言えば、〈稲子ちゃん〉のお母さんは三十半ばといえ、元高校生の僕から見ればギリギリ対象になり得る。

 躍動する胸や広がる股間は、ずっと見ていてもきないものだ。


 だけど〈稲子ちゃん〉はもう現れなかった、どうも僕とは違う曜日に、ピンクのレオタードを着ているらしい。

 僕に見せないで他の人に見せるなんて、ちょっと許せないと思う。


 ただヨガ教室のお陰で、体の柔軟性が飛躍的に伸びて、体育の授業やスポーツに良い影響を与えてくれた。

 どうしても出来なかった逆上がりが簡単に出来てしまう、今では足を着けずに鉄棒を跳び越すことも出来るようになった。


 僕は一躍いちやく皆から「おぉ」と称賛しょうさんびて、先生からも褒められるような子供になったんだ。

 勉強も一番だから、六年生の最後の学期はクラス全員から級長に推薦されてしまったよ。


 あははっ、級長なんて邪魔じゃまくさいから、本当は嫌なんだけどな、本当にしょうがないな。



 僕と〈稲子ちゃん〉は同じ中学校へ進学した、同じ学区だから当たり前のことだな。


 「頑張っているな、偉いぞ。 これは進学祝いだ」


 父親は嬉しそうに、僕に最新型のスマホを買ってくれた、これでゲームがやり放題だ。


 だけどゲームが面白くなく無いんだ、大量に課金している人にどうせ勝てないのが、良く分かっているからだ。

 何十時間もかけてやったことが、課金勢にコロッとひねられて、優越感をたもたさせるための底辺だと知っているからだ。


 どんなに時間をかけても、最後にコテンパンに負けるのだから、嫌になってしまう。

 それよりもお金を沢山儲もうけて、一杯課金出来るようになりたいと思う。


 それにリアルで勝っているから、ゲームで勝つことが、それほど重要じゃなくなっている。

 〈死に戻り〉のおかげで、人生と言うゲームには、今のところ勝つことが出来ている、それで僕の心が満足しているんだろう。



 〈稲子ちゃん〉は中学生になっても、虐められていた。


 大人し過ぎるのは変わっていないし、ヨガ教室も悪い方へ作用している、レオタードがエッチだと言われているらしい。


 虐めっ子は、どんな事でもネタにしてしまうな。


 先頭になって虐めているのは、同じ中学から来た〈さおり〉と言う体が大きな女子だ。

 僕よりも大きいくらいだから、威圧感いあつかんもかなりある。


 休み時間になると用も無いくせに、数人の女子と〈稲子ちゃん〉の机を取り巻いて、名前がダサいと囃子立はやしたてている。

 机にマジックで落書きもしているようだ。


 放課後になってから〈稲子ちゃん〉が、一生懸命に消している光景を見たこともある。


 上履うわばきを隠されることも良くあるようで、この間は排水溝の中へ捨てられていて、なぜか〈稲子ちゃん〉が先生に怒られていた。

 先生も虐められているのを、知らないはずが無いのに、本当に困ったもんだ。


 〈稲子ちゃん〉がオドオドして聞かれても返事をしないため、無視されたよう思えて我慢が出来ないのだろう。


 先生とは、上手うまく話せない大人おとなしい子がすごく嫌いな人種なんだ。

 例え意地悪な子であっても、ハキハキと先生の質問に答える子を求めている。

 授業やホームルームがやりやすいからだと思う。


 僕が〈稲子ちゃん〉を助けてあげないのは、〈稲子ちゃん〉の方から助けを求めてくることを、辛抱強く待っていたからだ。


 そして、その日はとうとうやってきた。


 〈稲子ちゃん〉は図書館で「なんでもするから、私を助けて」、と涙を流しながら僕にすがってきたんだ。


 トイレに入っていた時に、バケツで水をかけられたのが、さすがにこたえたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る