第2話

「つま先の使い方? アシュリー、それって、どういう……」

「説明は地上でしよう」


 言って、アシュリーはネイトの腰に手を回した。


 えええええっっ!!

 な、何? 何?

 

 その大胆ともいえる行動に、ネイトは動揺する。


「ネイトも私の身体に手を回せ」


 えええええええっっっ!!!

 な、何? 何?

 ど、ど、どーいうことっっ??


 更に大胆な発言に、ネイトは更に更に動揺する。


 こんな校舎の屋上で……

 いや、屋上だから?

 ふ、二人きりだし……

 屋上だけど?


 

「本当は肩を組みたいのだが、身長差があるからな」


 アシュリーはネイトを見上げて、笑う。


 アシュリーは小柄な女の子だ。

 対してネイトは、背が高い。

 アシュリーの背は、ネイトの胸の高さほどだ。

 肩を組むには、少々バランスが悪い。


「さあネイト、早く」


 急かされたネイトは、心臓をバクバクさせながら、そおっと、アシュリーの肩に手を回す。


「それではダメだ。もっとしっかり抱き寄せてくれ」


 だ…?

 だきよせ……っ!?


 何言ってるか分かってるの?

 

 それとも……からかってるの?


 ネイトの心臓は、早鐘を通り越して、乱れ打ちのように鳴りはじめる。


 ええいっ!

 どーにでもなれっ!

 

 気合一番。

 ネイトはアシュリーの肩を、グッと引き寄せた。


 アシュリーの肩は、思っていたよりも小さくて、手の中にスッポリ入ってしまうようだ。

 彼女の長い髪が、手の甲をくすぐった。

 ほのかに感じる、上品な花の香りは、香水なのかもしれない。


 女の子なんだ、と……

 貴族のお嬢様なんだ、と……

 改めて思い知る。


 頭が……

 クラクラしてくる……


「よし! 手を離すなよ、降りるぞ!」

「へっ? 降りるって?」


 アシュリーはツイッとかかとを浮かせると、呪文を唱えた。


跳躍魔法ダットイエ!」

 

 途端、ピョーンとアシュリーの身体が、校舎の屋根から跳びはねた。

 大きな孤を描いて、地上へ落ちて行く。

 くっついているネイトも道連れだ。


「うわあぁぁぁっ!」


 ネイトの悲鳴が尾を引いて行く。

 みるみる地上が迫る。


 ストン! と、アシュリーが軽やかに着地する。

 ズベッ! と、ネイトが前につんのめる。


「どうだネイト? 分かったか?」


 はあ? 分かったって何が!?

 こっちには魔法かかって無いんだから、大ケガするかもしれないでしょーっ!?

 分かったのは、アシュリーが無謀だってことだよ、知ってたけど!!


 ネイトが腹を立てながら、ズリ落ちた眼鏡を直すと、かがみ込んだアシュリーが、顔をのぞいているのが、間近に見えた。


 うっっ……

 可愛い……

 知ってたけど……


 ネイトは眼鏡を押し上げるふりをして、真っ赤になった顔をらした。


 分かった……か?


 確かに、アシュリーの身体に触れて、煩悩まみれで心臓バクバクさせていただけでは無い。

 彼女の身体の、魔力の流れ方も感じていた。


 アシュリーは、魔力を足先に集中させ、跳躍する瞬間、つまり、つま先が地上を離れる瞬間に、発動させていた。


 「魔法によって跳ぶのでは無く、跳ぶ力に魔法を足す。まさにの魔法なんだ…」


 ネイトのつぶやきに、アシュリーはニコッと笑って、

「さすがだぞ、盟友!」 

 と、地面に座り込んだままのネイトの背中を、バンバン叩いた。


 い、痛いから……

 背中も、心も……

 まあ、いいけどね……盟友でも。


「だから本来、跳ぶ高さは問題では無いのだよ。ただ、低すぎても、やはり良くないだろうな。……ネイト、君の場合は特に」

「……うん」


 アシュリーの言葉にうなずいて、ネイトは立ち上がる。

 そして、今飛び降りた校舎の屋根を、ゆっくりと見た。


 奨学生であるネイトは、上位の成績を維持しなければならない。

 奨学金を止められたら、学校には居られない。

 学校に居られなくなったら、アシュリーに会えなくなってしまう。


 ネイトは、目だけを、アシュリーに向けた。

 風にたなびく長い髪を、手で押さえている。

 あの花の香りが、風に乗って香った気がした。


 アシュリーは名門貴族の令嬢だ。


 こうして気安く話ができるのも、同じ学校の同級生という立場だからだ。

 学校を離れてしまえば、一般庶民でしかないネイトとは、顔を合わせることも無いだろう。


 だからネイトは、アシュリーと同級生という立場を、何としても守りたい。

 仮にも「魔法」と名が付くものを、及第点でなんかで満足している場合じゃない。


 だからやはり、あのくらいの高さは跳んでみせないと。


 授業は来週。

 その時までには跳ばないと。


 ネイトは腰に差していた、魔術の杖を抜いた。

 アシュリーが驚いた顔をする。


「杖を持つのか? 跳ぶのが難しくなるぞ」

「君は跳びながら、剣を抜くじゃないか。さすがにそれはできないから、せめて持って跳ばないと」


 跳ぶことが最終目的じゃ無い。

 その先に敵がいるから、跳ぶ。

 それが魔法騎士だから。


「その意気や良し! 騎士たるものそうでなければな!」

 アシュリーが仁王立ちで腕組みをして、「うん」とひとつ、大きくうなずいた。


「つま先に集中するのだ! つま先が地面を離れる瞬間を捉えろ!」


 つま先が、地面を離れる瞬間。


 ネイトは、アシュリーの言葉を、心のなかで反芻はんすうする。


 深呼吸をひとつして、気持ちを整え、ゆっくりと身体を屈み込む。


 つま先が、離れる瞬間。


 アシュリーがそうしたように、ネイトもクイッと踵を浮かせる。


跳躍魔法ダットイエ!」


 そして呪文を唱えた。



続く

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