第3話 いきなりサスペンス?!



ユナ

 「吉……成先輩……?」


先輩は静かにため息をつくと、小声で言った。


吉成

 「驚かせて、ごめんな」


そして彼は私の手から紙袋をそっと取り上げた。


吉成

 「ちょっと貸して」

ユナ

 「それ……ただの囲碁の本ですよ?」

吉成

 「ただの、じゃないんだ」


先輩は薄暗い会議室のテーブルに置いてあったB5サイズのノートPCを開く。そして紙バッグから取り出した囲碁の本をパラパラとめくる。


ユナ

 「えっ?」


本が小さくくり抜かれて……中にはUSBメモリスティックがはめ込まれていた!

先輩はそれを取り出してPCにつなげた。

そしてエディタ画面に何やら高速で打ち込みを始める。


ユナ

 「先輩?」


スクリーンには、【USBメモリをコピー中】のメッセージが出ている。


吉成

 「今夜、詳しく話そうと思ってたんだ。でもまさか今日動くとは……よし」



先輩はスティックをPCから外し、くり抜きに戻し本を閉じた。


その時、廊下で数人の愛音とひそめた声が聞こえた。

先輩はその気配を察するやいなや、PCを抱えて私の腕を引っ張り、出入り口から一番遠い長テーブルの下に私ごと身を潜めた。



(な、何が何やら……)


先輩を見上げると、彼は人差し指を立てて私を見た。

私はとっさにこくりとうなずいた。


ガチャリと、ドアが開く。



男①

 「……それで、どうなった?」


声を潜めた男が言った。


男②

 「今週中には……」 


もう一人の声も潜められている。


男②

「……なので、国内一課の藤木に運ばせて……ればいいと……」


(えっ? 私のこと?)


私はびくっと身を縮める。

私の背後から両腕をつかんでいる先輩の手にぐっと力がこもる。


(一体誰? 何の話なの?)


男たちはその後、短い会話を交わして部屋を出て行った。



ユナ

 「……」

 「――藤木」


名前を呼ばれて私ははっと我に返った。

我に返ったんだけど……現状を認識して死ぬほど驚いて、口から心臓が飛び出るかと思った。


だって……

 

細長いテーブルの下、私は……先輩の……脚の間に抱え込まれているんだもの!

 


ユナ

 「あっ! えっ? あええぇっ?!」 


(さ、さっきの廊下でぶつかって、抱きとめられた時の比じゃない!)

(わ、私……う、後ろから抱きしめられてるっ……!)


 「あっ、悪い」


先輩はぱっと両手を上げた。


ユナ

 「い、いえ……先、出ますねっ」


四つん這いで這い出ようとして前のめりにこけそうになり、先輩はとっさに私をまた抱きとめた。


(ウ、ウエストに腕がっ!)


再び腕の中に閉じ込められて、心臓が跳ね上がる。


 「ゆっくり……出な」

 

耳元で囁かれた低い声が背筋をビビビと走り、私はひゅっと息を飲み込んだ。

がくっと、体の力が抜けた。いや、腰が……抜けた。


ユナ

 「すっ、すみませ……力が、入らなくてっ」

 

先輩はふう、と息をついて私を抱えたまま、長テーブルの下から出た。


(きっと私、顔……真っ赤に違いない!)


幸いなことに、明るくないのでバレてはいない、と思う。


 「まずいことになって来たな」

ユナ

 「えっ?」 



先輩は深いため息をついてから、驚く私をじっと見つめた。


(そ、そんな、至近距離で見つめられたら……)



「このままだと、きみがすべての罪を負わされることになりそうだ」


意外な言葉に私は別の驚愕に見舞われる。


ユナ

 「罪って……何ですか?!」

 「それ」


先輩は私の足元に転がる紙袋を視線で示した。

中身は、USBメモリがはめ込まれた囲碁の本。



 「きみは知らないうちに重大機密漏洩に加担してるんだよ」


ユナ

 「——はい?!」


 「USBメモリには、この会社の国内外の新規の取引先のリストが入ってた」


ユナ

 「部長たちが、共謀してるってことですか?」


 「そういうこと。ここ半年ほど情報漏洩のルートを監視してたけど、ついに証拠をつかめた」


ユナ

 「私、もう3回ほどおつかいをしましたけど……」


 私は先輩の話を聞いてガクガクと震えた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る