第4話
絮雪は、縁明が「成金たちの子供」と称した奴らから、ひどい加害を受けていた。高級住宅街の十区出身の彼らが、十二区に「下る」というのは何か事情があるからである。そもそも十区と十二区の間には高い塀や柵があり、十区の人間は区の外を「穢れている」と言う人もいるくらいだ。そのせいだろうか、十区出身の人たちは十二区の人たちを見下している。
絮雪の家がぼろぼろアパートに住んでいるのを目ざとく見つけ、それが原因で加害されたのだ。些細で曖昧なものから、トイレに閉じ込める、大声で悪口を言う、付きまとい行為などの過激な行為まで。それらを教員たちも周りの生徒たちも、止めることができなかった。相手が金に物を言わせるような人間だったからだ。
そんな中、要はひそかに絮雪と友人になった。表立って友人として仲良くするのは、絮雪の方が嫌がっていた。しかし、何となく孤高の存在的になっていた要としては、加害の矛先を向けられそうなことは気にしていなかった。
数十年に一度の大雪が降った日。絮雪は、要から「放課後に話したいことがある」と言われていた。そのために放課後の教室で待っていたのだが、そこに加害をしてくる生徒がやってきた。
それは雑務をさせるためだったが、それが次第にエスカレートしていった。絮雪は寒い中、女子生徒が「寒いから」とカーディガンを差し出すように言われた。そこから始まり、その状態でベランダに出る、上履きを脱がされる、靴下を脱がされる。そうして最後は、上のセーラー服を脱ぐように言われた。
そこには女子生徒しかいなかったが、絮雪は嫌悪感と恐怖により逃げ出した。それを追う生徒たち。絮雪は追われるままに逃げ、その先に体育館倉庫があった。そこで立てこもろうとしたのだ。
外から入れないようにして、絮雪は一息ついた。しかし、素足の上にカーディガンも着ていない。そして寒波のせいで、倉庫の中はかなり寒い。外で聞こえる生徒たちの声が聞こえなくなったら、すぐに帰ろうと絮雪は考えていた。
そうしてしばらくやり過ごしていたのち、絮雪は外に出ようとした。しかし、扉が施錠されていて開かなくなっていた。要が来たときにはチェーンまでも付けられていたらしい。
数時間閉じ込められた絮雪は、徐々に低体温症の傾向がみられていた。要が居場所を特定し、見つけ出したときには矛盾脱衣で下着を着ただけの状態で見つけられた。救急車を呼ぶ暇もなく、要は絮雪に服を着せ、そのまま近くの病院まで抱えて走ったのだ。
要の話を聞いて、空気は重く冷たくなっていた。要はその先を続ける様子はなく、絮雪もぬいぐるみに顔を埋めたまま動かない。飛家はメモを取っている手帳から顔を上げられず、縁明は自分の過去を思い出して口を噤んだ。
そうして少し経った後、飛家は声を掛けようと顔を上げた。そうして息を吐いた。白い息が、口から零れる。
「あれ?」
仁科が声を上げる。誰も気がついていなかったが、部屋の温度が下がっている。
「暖房切れちゃったのかな?確認してくるね」
そう言った仁科は部屋から出ようとする。しかし、扉に向かった仁科は思わず悲鳴を上げた。
扉が、凍っているのである。
飛家は周りを見渡した。部屋の隅に霜が付き、窓は氷の結晶が育っている。一方、縁明は絮雪を見た。彼女はシマエナガに顔を埋めているのは、変わらない。しかし、彼女から聞こえる呼吸の音が苦しそうに、そして嗚咽が漏れているのが聞こえた。
「柳、大丈夫か……」
要が手を伸ばして絮雪の手に触れる。絮雪の手は熱く、熱を持っている。
「おれの手、冷たいから」
何かを言いかけた要は、手先が急激に冷えるのを感じた。驚く要を見て、縁明はとっさに二人を引きはがした。そして少し絮雪の手を触り、すぐに離した。
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