第3話

 絮雪が、大きく息を吐いた。要が驚いて絮雪の顔を見ると、薄く目が開いている。夢でうなされていたのか、目はうるみ、涙の後がこめかみについている。

「杖木くん……」

 ぼんやりとした瞳で、要の方を見ている。

「柳、大丈夫か?」

 絮雪はゆっくり頷く。

「杖木くん、手が冷たい……」

 まだ夢との境目が付いていないのか、絮雪は眠そうにゆっくりと瞬きをする。ゆっくりと目覚めながら、絮雪は周りを見渡した。

 要の向こうに見知らぬ人が見えたからだろう。寝ぼけた瞳は、ハッと輝きを取り戻す。腕に付けられた点滴に触らぬようそっと起き上がって、小さくお辞儀をした。飛家と縁明も、お辞儀を返す。そして、要にしたように自己紹介と、目的を話した。

「起き抜けで申し訳ないのですが、柳さんがよろしければお話を聞きたいのです。今日とは言わず、元気な時にでも……」

「いえ、今話します」

 要は驚いて絮雪を見た。

「おい、無理すんなよ……」

「でも、早く楽になりたい……さっき悪夢を見ちゃって……苦しいの」

 絮雪の目には、強い意志と切実な願いが映し出されていた。要は少し困ったように絮雪を見て、考えている。ただ、引く気の無さそうな絮雪の態度を見て、要は折れた。

「お前が言うならいいけど……辛そうならおれが話すからな」

「うん、ありがとう」

 病室のベッドの角度を調節して、絮雪は起き上がった。まだベッドに寄りかかっているが、先ほどよりは苦しそうではない。

 要と並ぶように絮雪のベッドの側に、飛家と縁明が座る。縁明はトランクの中から、先ほどのようにぬいぐるみを取り出した。今度は人が抱けるクッションくらいの大きさがある。

「もし辛かったら、このシマエナガをぎゅっと抱きしめて。そうしたら落ち着くかもしれないから」

「ありがとうございます」

 絮雪は、貰ったぬいぐるみを愛おしく見つめている。シマエナガのつぶらな瞳が、絮雪としてはかわいらしくて堪らないようだ。


 最初はのんびりとした世間話から始まった。ここ最近は数十年に一度の大寒波が襲い、珍しく大雪が降っていること。そうなると暖かい食べ物や、飲み物が飲みたくなること。要と絮雪の好きな食べ物の話など。

 学校の話に移ろうとしたとき。口火を切ったのは絮雪であった。

「私の家の話なんですけど……」

 絮雪の家は、絮雪が寝た後に両親が帰ってくる。そして、絮雪が起きる前にはお金と食料を置いて、家を出てしまうのだ。絮雪の家は、裕福とは言えないが、貧しいとも言えない。ただ、ぼろぼろで狭いアパートが、彼女の帰るしかない家であった。

 絮雪は、両親がどのような仕事をしているか知らない。ただ、仕事の資料が見られたくないという親に言われ、自室は家の中で一番寒くて狭いクローゼットの中だった。

「ご飯と最低限の洋服、それからお風呂にも入れているし、不自由は無いと思うんです。でも……本当に幼い頃から両親と顔を合わせていなくて……学校の用事も、入院のお見舞いも、来てくれないんです」

 入院していることも気づいてないでしょう。そう言って、絮雪はぬいぐるみを抱きしめた。

 そこからは絮雪の口は重く、腕に抱かれたシマエナガは苦しそうなしわができている。絮雪は少し体を起こしたり、俯いたり、外の様子を見て顔をしかめてはシマエナガを見たり。その間は、誰も話を促さずにじっと待っていた。

 様子を見ていた要は、居ても立ってもいられなくなった。

「柳、ここから先はおれが話すから。ちょっと深呼吸しな」

 絮雪は頷いた。ベッドに体を預け、シマエナガに顔を埋めた。

 要は息を吸って、言葉を選びながら話し始めた。

「おれたちの学校に、十区から下ってきた人たちの子供が通っているんです」

「成金たちの子供ね。よく知っているわ。威張り切っているでしょう、ばかばかしいわ」

 縁明の態度に、要は少し笑いそうになった。おおよそ言っていることは合っていて、イラつく気持ちをぬいぐるみを握りしめることで収めた。

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