中編

「ぐずぐずするな。今日は後援会の有力者を五軒も回らなければならないんだぞ」


 夫は県議会議員だ。元々は医者だったが、地元の有力者に気に入られて、あれよあれよという間に議員になっていた。


『俺は奈緒美と笑顔の絶えない家庭を作りたいと思っている。子供は三人。週末は庭でバーベキューだ!』


 私達の間に子供は出来なかった。多忙な夫とは結婚後すぐに溝が出来始めて、結婚一年目でセックスレスになった。夫は、は外に女を囲って発散しているらしかった。


 三年前、結婚して五年目に夫が初当選した。私の中では『離婚』という文字が常に踊っていたけれど、世間体を気にする夫はそれを認めなかった。私はまだ三十二歳なのに。やり直せるのに。


 夫は八歳年上の四十歳だ。三十七歳で初当選。開業医のままでいてくれたら良かったのに、夫は議員になんてなってしまった。


「……いたっ……!」


 夫の後ろを歩いていたら、急につま先が痛み出した。嫌だわ、今日下ろしたばかりのハイヒールのせいでつま先から血が出ているみたい。


「なんだ? 早く歩け。先方がお待ちだ」

「待って。つま先から出血してしまって痛いの。絆創膏を貼るからお手洗いに行かせてくれない?」


 夫は冷たい目で私を見下ろすと吐き捨てる様に言った。


「つま先くらいなんだ。甘えるな! そんな傷は大したことが無い。よくフィッティングしないで靴を買ったお前が悪い。どこまでも愚図な女だ」


 私は絶望と共に心が凍るのを感じた。この人は、いつもそう。特に、議員になってからはモラハラが酷い。


 医師であった時も、多忙を理由に家事なんて決して手伝わなかった。夜の生活も雑で、私はいつも苦痛を感じていた。


『いい雰囲気のレストランを見付けたんだ。今度の週末行ってみないか?』


 付き合っていた時に見せてくれていた顔は、本当のあなたじゃなかったの?


『痛くない? 大丈夫? 少しでも苦しかったら言ってくれよな』

 

 あの丁寧なセックスも嘘だったって言うの?


 結婚したら途端に態度を豹変させて。殴りこそしないけれど、私を軽んじる言動や粗雑な扱いにどれだけ私が傷付いて来たか。あなたは無意識でやっているのかもしれないけど、それって余計に厄介だわ。


 ──チャラリロリロリロ~


 私のスマホに着信があった。母からだった。


「奈緒美、大変。コロが急死してしまったの」

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