第2話
高校へと行かずに、僕は穂波と共に近くの公園へと向かい、ベンチに座って語らう。
鎧姿の彼女はひと際目立ってしまうけど、今はこれといった場所もないし、鎧を脱がす訳にもいかない。肩の部分から覗く彼女の腕は、とても真っ白で柔らかそうで、聞けば、中には布の服一枚なのだそうだ。脱がす訳にはいかない。
「私ね、交通事故で死んだ瞬間とか、全部覚えてるんだ」
ベンチに座るなり、穂波は語り始める。
昔の穂波と違い、長い白髪を耳に掛けながら、僕のことを見て少しだけ、口元を緩める。
「死んだ後の事も全部見えてたんだよ? 零音君が私の遺体の前で泣き崩れてる所とか、遺骨を骨壺に収めてくれるところとかも、全部」
「……そう、なんだ」
「ふふっ、照れなくてもいいよ。本当に嬉しかったし、本当に悲しかった。四十九日を迎えるまで、ずっと貴方の側で泣いていたの。貴方と離れるのが悲しくて、一緒に未来を歩けないのが辛くて。でもね、四十九日って凄いんだ、強制的に天界まで連れてかれちゃうんだよ?」
「へぇ……」
「でね、閻魔様とかいるのかなって思ってたら、違ったの。真っ白で、光りに包まれた世界があって……私はそこで、異世界転生させられる事になったんだ」
真面目な顔をしながら語る彼女だったけど、僕はその言葉を疑ってしまった。そこから語る内容は、嘘みたいな内容ばかりが多くて。けれど、目の前で魔法を使ってくれたり、一緒になって空中に浮いたりするのを経験すると、彼女の言葉が嘘じゃないって理解した。
穂波が帰ってきてくれたんだ。
異世界から役目を終えた勇者となって。
僕と穂波は、二人で彼女のご両親の下へと向かった。
穂波は瞬間移動が出来るって言うけど、さすがに街中でそれを使ってはいけないと思う。
鎧姿が目立つねって言うと、穂波はポシェットの様な小さな袋から、向こうの世界での普段着を取り出してくれた。女子トイレへと入り、僅か数秒で着替えて出てきた穂波は、薄手のセーターを着用していたのだけれど。
僕は彼女の大きくあいた背中を見て、即座にダメだしをしてしまった。
「え、なにこれ。もう、女神様の仕業かな……ごめんね、もう一回着替えてくる」
鎧や剣はどこにいってしまったの? という疑問もあったけど、穂波の言う女神様って誰? っていうのも気になった。普通のTシャツに腰に巻くタイプのスカートに着替えた彼女は、この世界に来る時の事を教えてくれた。
「魔王メフィスを倒した後にね、女神ミヲ様が零音君と会う為の洋服を私に与えてくれたの。この道具入れに沢山入ってるんだけど、まさかあんなセーターが入ってるなんて思わなかったんだ。……零音君だけなら、あの服でも良かったと、私は思うんだけど?」
真っ白な頬を紅色に染めながら、ささやくように穂波は言った。
一緒に歩いていると、雰囲気や仕草で色々と思い出す。
中学生の時もこんな感じだった気がする。
穂波が僕にアピールしてきて、僕がそれを突っ込み返すと、彼女は直ぐに頬を赤らめるんだ。
「とても、綺麗な背中だったよ」
「……そんなこと言って」
止まっていた時が、動き出した感じがした。
穂波の家へと向かうと、流石に一目見ただけではお母さんも理解してくれなかった。
でも、穂波しか知らないこと。
昔この家のどこで転んで、どこに物を隠して、どこで怒られたとか。
そういうのを伝えていく内に、段々と、お母さんも彼女が穂波だって理解してくれたんだ。
「穂波、本当に穂波なの」
死んでしまったはずの娘が異世界転生して現世へと生き返ってきた。こんな現実を目の当たりにして、受け入れない母親なんていない。あの頃よりも成長して、大きくなって帰ってきた娘を抱き締めて、穂波の母さんは号泣していた。
自宅に帰った穂波は、自分の部屋だった場所へと行き、そこに飾られていた仏間を前にして、膝頭を揃えて正座する。僕も何度もお線香をあげにきたこの部屋に、本人がいるのだから、何だか少しだけこそばゆい。
綺麗に飾られた段々には、十五歳の時の、笑顔の穂波の写真が飾られていて。
今の穂波はお線香を一本手に取ると、そこに火をくべて、そっと両手を合わせる。
「異世界転生したとはいえ、この写真の私は亡くなってしまったのだからね」
どちらも穂波……とは、言えないのかもしれない。この感情はきっと本人にしか分からないはずだ。頬から少し青みがかった涙を流すと、穂波はその雫を手に取り、もう一度両手を合わせる。
もっと一緒にいたいと思っていた僕だったけど、スマホが鳴動し、出て見るとそれは母さんからだった。「学校をさぼって何しているの!」と怒号が聞こえてきてしまって、穂波も穂波のお母さんも目を細めながら困り眉で苦笑する。
結局、穂波のお母さんが電話にかわる事となり、今の穂波の現状を伝える事に。
それを聞いた母さんは、駆け足でこの家までやってきた。
穂波と母さんは、僕と穂波よりも仲が良かったんだ。一緒になってご飯を作ってくれたり、バレンタインのチョコも母さんと一緒に作っていた事だってある。だからかな、姿形が変わってしまった穂波を見ても、すぐさま受け入れてくれたんだ。
学校をさぼった事は不問にしてくれて、学校には通学途中で病気になったと嘘の連絡まで入れてくれた。二人の母と一緒に、穂波も笑顔で一緒にいる。
穂波を失ってしまって止まっていた時間は、きっと僕だけじゃない。
皆の時間が、今日という日に、動き始めたんだ。
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