第3話

 僕としては、ずっと穂波と一緒にいたかったのだけど、流石にそれは難しい。そんな僕を想ってか、穂波のお母さんが契約したままにしていた当時のスマートフォンを充電すると、穂波へと手渡してくれた。


「連絡取れないと、零音君も不安でしょ?」


 そう言うと、穂波は以前と変わらぬ手つきで画面を操作し、僕へとSNSを送ってくれた。


 二年前の『ごめん、寝坊した』を最後に完全に通知が止まっていた穂波のSNSに、新しいメッセージが届いた。そこには『ただいま』と書かれた、たった四文字だったのだけど。


 不覚にも、僕はその四文字だけで、泣き崩れてしまったんだ。


 永遠に鳴る事はないと思っていた、穂波からのメッセ―ジがまた来るなんて思ってもみなかったんだ。けれど、今はこうして着信して、目の前にも穂波本人がいる。


 失いたくない想いでいっぱいだった、一日中、なんなら一生側にいたいと願ってしまった。けれども、それらは現実的ではない、現実にするなんて不可能すぎる願い。それでも、僕の想いを汲んでくれた穂波のお母さんは、夕食までは一緒に過ごしましょうと提案してくれた。


 語りたいことは山のようにあった、あったはずなのに、いざ目の前にすると言葉にならない。

 そんな僕を見てか、穂波は自分が異世界で何をしてきたのかを、僕に教えてくれた。


 穂波の転生先は、アルストーシャという名前の村で生まれた、スティと言う名の女の子だったらしい。一歳の頃から花咲穂波だった記憶が残っていて、自分には魔王メフィスを倒さないといけない使命を胸に抱えながら、毎日生きてきたのだとか。


 中世ヨーロッパのような世界で、スティとして十五年生きてきた彼女は、成人の儀を終えると、単身冒険に向かったのだと言う。世界には魔物が沢山あふれていて、それらを穂波は一人で倒していったのだとか。


「この剣がね、生まれた時から私の側にあった剣なんだ。聖剣エルクトゥーシャって言うんだけど、この剣が無かったら、多分私は負けてたんだと思う」


 出会った時に腰から下げていた剣、それを道具袋の中から取り出すと、穂波はスラリを刃を見せてくれた。触れなくても刃から斬撃を感じられそうで、僕はそれを見ただけで申し訳ないが、僅かながらに恐怖を抱いてしまった。


 「今となっては、マグロの解体にしか使えないけどね」と穂波は微笑むけど、そんな物騒な物を持って冒険しなくてはならなかったんだと思うと、穂波には一生頭が上がらない。


 穂波の冒険には他にも仲間がいたらしい。

 剣豪オルゴ、賢者トモニ、魔法使いサラ。


 最終的には穂波を含めた四人で魔王メフィスへと挑み、無事倒せたのだとか。


 言葉にすると軽いけど、先程の剣を見た後では、その内容がとてつもない偉業なんだと理解できる。こんな部屋のベッドに腰掛けながら聞いていい話なのか、僅かだけど疑問に思ってしまう程だ。


「魔王を倒した後にね、私はこの世界に帰って来ることが出来たの。向こうの世界にもお母さんとお父さんがいたんだけど、本来あの身体はスティの身体だから。私が二十年も勝手に間借りしちゃってた訳だからね、返してあげないと」


 ぽろっと零れた彼女の言葉を耳にして、僕は驚いた。

 大きくなったとは思っていた、大人びているとも。


「あ、うん、今の私は二十歳を超えてるんだ。ごめんね、先に大人になっちゃって」


 別に構わない、穂波が側にいてくれるなら。

 同い年の幼馴染は、帰ってきたら三つ年上のお姉さんになってしまっていた。

 それでも、僕としては一向に構わない、穂波が生きていてくれるのなら。


 その日の晩は、彼女の両親と、ウチの両親とでパーティをしたんだ。

 二年間祝えなかった穂波のバースデーを取り戻すみたいに。

 とても盛大で、とても沢山泣いた夜だったのを、僕は覚えている。


 いつしか僕は眠ってしまい、意識が戻った瞬間に穂波の事を思い出し、飛び上がるように起床した。そして、僕のすぐ横で眠る彼女を見て、心の底から安心して、そして泣いてしまった。


 僕は、自分がこんなに泣き虫だなんて知らなかった。

 失ってしまった時も、戻ってきてくれた時も、ずっと泣いている。


 しょうがない事だと思う、だって、僕にとって穂波とは、かけがえのない人なのだから。

 寝ている彼女の頭を撫でると、穂波も目を瞑ったまま微笑んでくれて。


 帰って来てくれてありがとう。

 心の底から、愛しているよ。

  

 盛大にパーティをしたものの、翌日は平日、学校も会社もある。

 昨晩の片付けと朝の準備でてんてこ舞いな時に、不意に穂波のお母さんが提案してくれた。


「今の穂波は二十歳かもしれないけど、国籍上は十七歳のはずよ? だから、零音君と一緒に高校にいけるんじゃないかしら?」


 なんとも凄い提案だったけど、穂波はそれでも「そうだね」とほほ笑んでくれたんだ。

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