彼女はまた感想を述べた

 某所、いわゆるお屋敷が立ち並ぶ高級住宅街の一角で事件は起きた。

 新進気鋭の投資家として知られた林田清子(41)が遺体で発見されたのだ。


 現場は投資の関係者を集めてパーティが行われていた彼女の別荘。

 死因は背中をナイフで刺されたことによる失血死。殺人事件として捜査を開始、金銭トラブルによる犯行が濃厚とした方針で関係者への聞き込みが行われる。

 そんな中で一際容疑がかかったのはひとりの男。


「あー、佐橋さんと激しく揉めてたってのは聞いたことありますよ」

「佐橋さんの財産をジャブジャブ溶かしたとか」

「持ち山や土地まで失ったとか、佐橋さん」

「そりゃ恨みも買いますわなあ」


 ベテラン刑事・田岡の受けた報告は容疑を一人に絞り込んでいく。

 佐橋和夫(64)、いわゆる土地持ちの資産家である。不労所得で悠々自適の生活を送れる立場だったはずが、林田清子の投資話に乗っかり没落した。

 上手い話に騙されたのか、女の色香に迷ったのか……田岡の感触では半々といった風だが、いずれにせよ殺しに走る動機は十分であろう。


 ただ問題がひとつ。件のパーティに佐橋は参加していなかった。

 事件当日、犯行推定時間の2時間ほど前に佐橋は現場より離れた自宅付近で目撃され、その姿はマンションの防犯カメラにも映っている。

 彼に犯行は不可能、一見そう思われる構図が


「オカさん、わたし思うんですけど」


 ひとりの女性が声を上げた。青山莉佳子あおやま・りかこ、配属されたばかりの新人であり田岡が面倒を見ている女性刑事だ。

 準キャリアの警部補、尻で椅子を磨いていれば数年で出世して内勤固定になるような立場の女性だが、興味本位で現場にも顔を出す変わり者である。


「おう、なんだ青山」

「その容疑者が犯人なら、おそらくだと思います」

「……なんだって?」


 こいつはまた妙なことを言い出したと田岡は目をパチクリさせる。上司の困惑を余所に新米刑事は言葉を続けた。


「だってこれ、いわゆる【時刻表トリック】って奴でしょ?」


 時刻表トリック。

 かつて一世を風靡したアリバイトリックの一種。容疑者が犯行時刻に現場に居られるはずがない、との証明で容疑を追及できなくするトリックで、その手段は公共機関などの連結が上手くいかないよう見せかけることが主。

 現場に行く手段がないのだから無理ですよね、という論法を崩すのが見せ場であったのだが。


「あれってアナログ時代だから通用したトリックじゃないですか」

「……うん?」

「時刻表が紙の本、マイナー路線の接続が分かり難いから誤魔化せたんです。でも今って簡単に時刻表の逆引きが出来ますよね」


 青山刑事がスマホをかざす。そこには東京駅から現場近くの駅までの路線と時刻が表示されている──到着時刻を始点にした逆引きで。

 今の時代、スマホひとつで「目的地に何時に到着したい」を検索条件にして簡単に路線案内が為される。どういう乗り継ぎが出来るかの可視化が容易なのだ。


「それにこの手のトリックは時間的余裕が無いです。予行演習で固定カメラを避ける努力はしても『車載カメラ』は避けられません」


 うん、まあ、そういうことになると田岡も頷く。

 時刻表トリックの肝は列車の取り換えが無理だから現場に行くことは出来ない、というもの。余裕のある時刻では簡単に看破されてしまうので列車運航のギリギリな隙間を追及したものとなる。つまり移動時間がシビアなのだ。

 そして今の世相、運転トラブル対策に車載カメラ、ドライブレコーダーの類を付けている車は珍しくない。人海戦術の手間こそかかるが、犯行日に最寄り駅から現場近くを通った一般車に協力を願えば容疑者の往来が映っている可能性は高い。

 犯人にはそれらを全て避けて現場に向かう余裕は与えられないのだ。


「この犯人って結局は時代の流れについていけず昔のまんまのトリックを考え無しに使っちゃったお間抜けさん──」

「お前に何が分かるぅうううううう!!!」


 突然の叫びと共に青山刑事は杖で殴り倒された。杖を振り回して怒声を上げたのは重要参考人として呼ばれていた佐橋、呼気を乱し目を血走らせて一喝する。


「お前、お前、儂が、儂がどれだけ、どれだけええええ──」

「確保、確保ぉ!」


 佐橋和夫が何故激昂したか、青山刑事を殴り飛ばしたのかを考える必要はないだろう。署員たちは阿吽の呼吸で彼の身柄を両脇から抑え、そのまま取調室へと連行していった。人海戦術の手間は不要となり実にスピード解決である。


 殺害の動機はおおむね聞き込みした通りであった。多額の負債を抱えさせられた佐橋は被害者に金のない男に用など無いとの態度で切り捨てられたことに腹を立て、此度の犯行に至ったらしい。

 ただ犯罪などと無縁に生き、ミステリーにも興味の無かった彼は技術の発達や警察の捜査能力向上などに目を向けず今回の犯行に踏み切り、青山刑事の指摘に物知らずとなじられたと思い羞恥心を刺激された。苦労知らずな分、他人からの侮りを我慢できない性質が殺人と暴行に走らせたというわけである。


 佐橋和夫が暴行傷害の現行犯で連行された後、突然の横殴りを受けてヨロヨロ立ち上がる青山莉佳子は、


「あいたた、何なのよ、もう」

「またお手柄だな、アオリ」

「ヘ?」


 やはり自分が何を成したのか自覚はなかったのだ。


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*キャラ紹介*

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・青山莉佳子

 準キャリアの若き警部補。

 悪意のない言動は他人をイラつかせる才能がある。


・田岡太郎

 ベテラン警部補。

 青山に時々イラつくが犯人検挙に繋がっているので存在を許容している。

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刑事の言葉はクリティカル 真尋 真浜 @Latipac_F

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