刑事の言葉はクリティカル
真尋 真浜
彼女はただ感想を述べた
某所、いわゆるお屋敷が立ち並ぶ高級住宅街の一角で事件は起きた。
資産家として知られる山寺省太(72)が遺体で発見されたのだ。
現場は彼の自宅、彼の執務室。
死因は背中をナイフで刺されたことによる失血死。明らかに殺人事件だが、現場検証を行っていた鑑識が困惑した面持ちで所感を述べる。
「現場の出入り口は一か所のみ」
「窓も施錠されて開けられた様子はありません」
「そして正面ドアにも鍵、キーはドア横のフックにかかったまま」
「これは密室殺人です」
ベテラン刑事・田岡の受けた報告は事件解決の困難さを予見させるものだった。金融で法律ギリギリの取引を続けていた山寺氏を恨む者は多い、まして密室殺人などドラマでしか聞いたことのない文言が飛び出したのだ。
画面向こうの住人にしか関わりないような図式はどこか現実味を失わせる。いかんいかんと現場の指揮を執るべく部下達の役割分担を
「オカさん、わたし思うんですけど」
ひとりの女性が声を上げた。
如何にも苦労をしたことが無いような暢気な顔をした彼女はああ見えて準キャリア、既に階級はベテランの彼と並ぶ警部補の地位にある。階級社会で彼女に物言える人間は少なく、係長補佐たる彼の下につけられたのは仕方ないことだ。
数年何をするでもなくおとなしくしていればもっと上に登る人間だろうに、興味本位かこうして配属先の一課にて現場に顔を出すまでを行っている。
そんな道楽者が何か意見があるというのか、田岡は期待せずに耳を傾けた。
「おう、なんだ青山」
「この事件の犯人って、おそらく相当の馬鹿だと思います」
「……なんだって?」
素っ頓狂な指摘に田岡は目をパチクリさせる。上司の困惑を余所に新米刑事は言葉を続けた。
「だって密室ですよ? 密室ってことは他者の干渉がなかったはずの状況です」
「ああ」
「なら犯人が採るべき最善は自殺や事故、病死に見せかけることのはずです」
「……うん?」
「そうすれば事件性無しで終わる可能性が高いのに殺人って、自分から犯罪である主張をしてるじゃないですか」
うん、まあ、そういうことになると田岡も頷く。
ミステリーで定番の密室殺人、創作では驚くべきトリックだと扱われるのだが現実的には苦労の割に合わないかもしれない。事件性があれば捜査は始まる、被害者に恨みを持つものは総ざらいで調べ上げられ、金の流れなど利害関係ある人物は疑いの目を向けられる。
他人の関与は認められず事件性がない、そう判断されるのが最大の利点。にもかかわらず利点を自ら放棄する犯罪、それが密室殺人だ。現場検証で明らかにされる可能性があるのにわざわざ「どうやって殺したか」一点のトリックを用意する旨味は少ないと言われればその通りである。
最初から事故や病死に見せかける方がバレないかもしれないのだから。
「完全犯罪は事件を発覚させないのが肝か」
「そうです。ここまで手間かけて密室を作り上げたのにそれで満足して、事件じゃない工作を怠ったんですから馬鹿の中の馬鹿と言っても過言では──」
「お前に何が分かるぅうううううう!!!」
突然の叫びと共に青山刑事は殴り倒された。怒りの雄たけびを上げたのは被害者の次男である修二、呼気を乱し目を血走らせて一喝する。
「お前、お前、俺が、俺がどれだけ、どれだけええええ──」
「はい確保、あっちでお話聞きましょうね」
山寺修二が何故激昂したか、青山刑事を殴り飛ばしたのかを考える必要はないだろう。現場の刑事たちは阿吽の呼吸で修二の身柄を両脇から抑え、そのまま外へと連行していった。難事件の予想は覆り実にスピード解決である。
──後に判明したことだが、次男による親殺しは突発的犯行だった。父に業績悪化を酷くなじられたことに腹を立てて刺してしまい、慌てて密室工作を行ったと自供。青山刑事の批判は計画的密室殺人に適用される例、今回の犯行には的外れだったわけで犯人も激怒しようものである。
ともあれこの場には呆気にとられる関係者一同が残され、その中には突然の横殴りを受けてヨロヨロ立ち上がる青山莉佳子も含まれていた。
彼女は自分が何を成したのかまるで自覚がなかったのだ。
「あいたた、何なのよ、もう」
「お手柄だな、
「ヘ?」
年上のベテランから褒められた理由が分からずきょとんとする功労者。
これは青山莉佳子が刑事部の面々から【アオリ】との渾名で呼ばれることが決まった事件である。
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