第3話 初めての戦闘 ヴァイオレンスブル

 底冷えのする空気が流れる洞窟の通路を、でこぼことした地面に足を取られぬように気をつけながら進んでいく。

 青白く光る苔の温床となっている岩壁から放たれる微かな光源が、ルーの姿を淡く照らし足元に小さな影を作り出していた。


「ん、なにかいる」


 移動を開始して暫く道に沿って歩いていると、前方に蹲って休憩している何かの姿を発見する。


 全身を紫色の毛皮で覆っている四足歩行型の獣……。あれは確か、暗い場所や洞窟に好んで住まう牛系の魔物、『ヴァイオレンスブル』だ。

 その紫の体毛は獲物の返り血を浴びれば浴びるほど濃くなっていくと言われており、黒紫に発色する歴戦の個体は一流の狩人ですら討伐に苦労するらしい。


 ――そこまで考えた所でふと思う。

 

(なにこの知識。魔物? ヴァイオレンスブル? 何でこんなこと知ってるの? 気になることが多すぎる……。でも、今はこっちに集中した方がいいよね)

 

 唐突に浮かんできた知識の出所が気になったが、余計なことを考えている場合ではないと頭を振り意識を引き戻す。 

 まだ気づかれていないのを良いことに魔物の姿をじっくり観察して見ると、遠目からでも分かるほど逞しく発達した筋肉に、大きな捩じれ角を持っているのが伺えた。

 あの体躯で突進されると到底無事では済まなさそうだが……。


(……なんとなくだけど、私より弱そう?)


 なぜだろうか、観察してみた結果特別脅威に感じなかったのだ。

 勿論警戒は怠らないつもりだが、そこまで怯える必要は無さそうだ。 

 いざとなれば逃げればいいやと軽く考えたルーは、腕試しに魔物と戦ってみることにする。


「とはいえ、馬鹿正直に正面から戦う必要はない。スキルを使って背後から奇襲をかけてみよう」


 彼我ひがの距離は大体五十メートルほどだろうか?

 じりじり、じりじりと気配を覚られぬようゆっくり距離を詰めていくルー。

《隠密》と《忍び足》スキルの相乗効果でコツコツとした足音は消え、気配も限りなく薄くなっている。完全に無音の状態で目標に近づいて行く少女の姿は傍目から見ると少し不気味に見えるかもしれない。


「…………」


 そうしてこうして数十秒。もう一息で飛びつける距離まできたが、未だ魔物に気付かれる気配はなかった。それとも近づいてきているのは分かってて、あえて泳がしているのだろうか? ルーは油断することなく、腰から獲物を引き抜き正眼に構える。

 

(それにしても大きい……)

 

 近くにきて改めて分かったがこの魔物は相当な大きさだ。自分と比べると三~四倍以上の体格差があるかもしれない。体積でいえばもっとあるだろう。 


 ――本当に私より弱いのだろうか? 今更ながら自身の目利きに不安を覚え、攻撃するのを躊躇ってしまうルー。


「ブフゥウ……?」

「……!」


 と、その時。空気の流れに違和感を持ったのか、ヴァイオレンスブルが首を傾げ周りを見渡そうとする。

 ここでいつまで考えこんでいてもしょうがない。バレてしまっては本末転倒だ。そう思ったルーは意を決して飛び掛かり、右手に持っていた剣を勢いよく魔物へと叩きつけた。



 ――ガキィイインッ!

 


 ――それは、例えるなら岩でも切りつけたかと錯覚してしまうような手応えだった。


「ブモオオオオォォッッ!?」

「――っ!? 仕留め損ねた!」


 自身の膂力に任せた力任せの一撃。《剣術Lv1》のスキルがあるとはいえ、技も減ったくれもないゴリ押しの太刀筋ではヴァイオレンスブルに致命傷を与えられず、頑強な毛皮に切れ込みを入れ打撲を与えただけで終わってしまう。

 多少出血はしているようだが、致死量には程遠いだろう。


「ブルルルッ、グオォオオオォッ!!」

「うっぐぅ、なんて声量、耳が潰れちゃう……」


 ビリビリと大気を震わせる咆哮を上げ、休息を邪魔された怒りを表すヴァイオレンスブル。魔物は瞬時に臨戦態勢へと切り替わると、鋭い目つきで襲撃者をめ付けた。不埒にも奇襲をかけてきた外敵に報いを与えるべく、前足で地面を引っ搔き全身の筋肉を膨張させるそのさまは、まるで限界まで引き絞られた弓矢のようだった。


「チッ、これならどう!? "火炎球かえんきゅう"!」


 一撃で仕留められなかったのはまだしも、全く堪えていないヴァイオレンスブルに焦りを覚えたルーは、咄嗟に《火魔術》を使い顔面サイズの火の玉を作り出し投げつける。だがこの状況において、それは悪手だった。

 

「ブゥオオオオオ――ッ!」

「うそっ、――きゃあっ!!」

 

 ――なんと、荒ぶる紫牛は飛んできた『火炎球かえんきゅう』を物ともせず突っ切ってきたのだ。裂帛れっぱくの咆哮と共に繰り出された突進を咄嗟に、身を反らし回避を試みるルーだったが、魔牛はそれを逃がさぬとばかりに交差する間際で首を振り、角の一撃を追尾させてきた。


 火炎球を放った影響で反応が遅れてしまったこともあり、捩じれた角での追撃を完全には避けきれず、二の腕を切り裂かれてしまう。


「イッ、つぅッ――!」


 痛みと衝撃で大きく体勢を崩し、倒れ込むルー。


「ブフーーッ! ブフーーーッッ!! ブオオオオオオッ!!」


 そこへとどめの一撃と言わんばかりに、突進から鮮やかな急制動で切り返してきた紫色の牛型魔物が再び突っ込んできた。


「この……、糞牛の分際で、私を舐めるなッ!」


「ブオオォッ!?」


 あわや衝突――という寸前で、怒りで瞳孔を細めたルーが口汚く叫び、驚異的な瞬発力でヴァイオレンスブルの頭上に飛び上がる。そしてそのまま自身の羽で細かく空中制動すると、今度は突進を完璧に回避した上で隙を晒した猛牛の背中に降り立った。


「ブルルルルウッーー!!」


 背中を取られ一層猛り狂い暴れ回るヴァイオレンスブルだったが、彼女は凶悪な力でたてがみを掴むとそれをものともせず乗りこなし、爛々とした眼差しで眼下の魔物の急所を見定める。


 上に乗っている者から感じる威圧感と、どれだけ揺さぶっても離れない人外離れした膂力に、生命の危機を感じたヴァイオレンスブルは必死に振り払おうと荒ぶるが――


「――シネ」


 ――『血命武装サングイスアルマ・ブラッディクロウ』――


 それよりも先に、少し開いた貫手の形を取ったルーの指先から凝固した血液が伸び、鋭く尖った爪が形成される。

 そして彼女はそれを、跨った魔物の背中から心臓に向かって躊躇うことなく突き刺した。


 ――ザシュッ!


「ブオォオォォモォ――――ッッ…………」


 急所である心臓を一突きにされ、堪らず膝を折りズシンと地面に倒れ込むヴァイオレンスブル。そのまま何度かぴくぴくと痙攣し血を吹くと、白目を剥いて絶命した。


「ふぅ……。まさか剣が毛皮で止まって切れないなんて。

 咄嗟にが出せてなかったら危なかった……」


 ずるりと魔物の体内から引き抜いた血の爪を眺めてそう呟くルー。

 不思議に思い『ステータス』を確認してみると、伏字になっていた部分が一部解放されていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

     

名前:ルー

種族:吸血鬼 

性別:女

年齢:?

状態:『記憶喪失』


●スキル  

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 

 《暗視》

 ・暗闇を見通す眼力を得る。 

 《怪力》

 ・怪力乱神の力を得る。

 《ブラッドヒーリング》

 ・体内の血液を消費することで傷を回復する。

 《眷属契約》 

 ・己が血を分け与えた対象を眷属にする。発動には双方の合意が必要。

 《血命武装サングイスアルマ》New

 ・自身の血流を操り武装とする。血液と魔力を消費して発動可能。

  使用可能武装:『ブラッディクロウ』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「《血命武装サングイスアルマ》……。自分の血を操って装備を作れるんだね。うーん、にしても凄い切れあじ。剣で斬れなかったものをあっさり斬っちゃうなんて」


 試しに物言わぬ骸となったヴァイオレンスブルの肉に『ブラッディクロウ』をブスブス突き刺して見るが、やはりなんの抵抗感もなく入って行く。


 ルーは動作確認を兼ねて、その爪を一旦消して、もう一度作り直してみた。


「ふむ……」


 もう一度消して作り直す。消しては作り、消しては作り直す。

 問題なく作れるようだが、念のため同じ動作を何度か繰り返してスキルを体になじませていくルー。

 一度覚えた(あるいは思い出した)動作だからか、数回も繰り返せばかなりスムーズに展開できるようになっていた。


「多少血液は消費しちゃうけど、これは便利そうだね。少なくともこのなまくらよりは」


 苛立ちを込めて無用の長物となった剣を地面に叩きつけるルー。

 一回魔物を斬り付けただけで大きく刃毀れしてしまっているそれは、彼女の力に耐えきれず根元からあっさりと折れてしまった……。


「こんな武器に命を預けてたら命が何個あっても足りない。結局頼れるのは自分の力だけってことだね」


 今回の事でそう痛感した。砕けた剣の破片を冷えた眼で一瞥しぽつりと呟いたルーは、倒した獲物の血を取り込み自身の力とするべく、ヴァイオレンスブルへと向き直すのだった。


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