第4話 拠点

 ヴァイオレンスブルの血を飲み干し、スキル《ブラッドヒーリング》で傷を回復した後、ルーは移動を再開し既に数時間ほど歩いていた。

(ちなみにヴァイオレンスブルからは《てつ皮膚ひふ》という防御系のスキルを入手した。その効果は覚えているだけで物理攻撃に対して防御力が上がるという、中々有用な物だった)


 道中同じ種類の魔物や別の魔物に数回ほど出くわしたが、最初の失敗を踏まえて初めから『ブラッディクロウ』を使い戦うと、拍子抜けするほどあっさりと倒せた。

 

 そんな調子で探索していると、ルーは洞窟の大きな通路の途中に細い分かれ道を発見する。細い、といってもルーが三人手をつないで横並びで歩いても余裕がある程度には広かったが……。


 何となくその先が気になったルーは、来た道を忘れぬように気を付けつつそちら側に進路をとった。


 すると……。


「こんな洞窟の中に、扉……?」


 狭い通路を少し進んだ所で、岩壁に埋め込まれた木製の扉が見えてくる。唐突に出てきた怪しさで満杯の扉を前に一瞬どうするか悩むルーだったが、《罠探知》のスキルに引っかかる場所も特になかったため、結局警戒しつつ開けてみることに。


 取っ手を持ち外側に引っ張ると、微かな抵抗感と金具がきしむ音と共にゆっくりと開かれる重厚な木の扉。 

 それなりに大きな入り口から中をそっと覗くと、驚いたことに洞窟の中とは思えない小奇麗な空間が広がっていた。

 

「……!」


 一枚一枚すべらかにみがかれたつやのある白い石畳いしだたみに、これまた見事に磨かれた石壁いしかべ。壁際には調理用のかまどや物置棚が設置されてあり、直ぐ側に簡易的な椅子と机も置かれている。扉をもう少し開き部屋の中央へ視線をやると、謎の石製の台座が鎮座ちんざしており奇妙な存在感を放っていた。


 天井はルーが背伸びをしても決して届かないほどに高く、そこから吊るされた魔道具まどうぐのランプが静々しずしずとした光量で広い部屋の中を照らしている。これだけ部屋のスペースに余裕があると、人が複数人集まっても窮屈きゅうくつさを感じなさそうだ。 


 そして中でも一際目立っているのは、空間の奥にある滾々こんこんと湧き出ている泉の存在だった。こんな綺麗に整備された部屋の中に泉があるとは、随分と奇妙に感じるのだが……。


「誰もいない……。入ってみよう」


 ぱっと見危険は無さそうだ。そう思ったルーは恐る恐る足を踏み入れ扉を閉める。

 中に入った瞬間、先ほどまでいた洞窟とは違う澄んだ空気が出迎えてくれた。


「空気が美味しい。あの泉のおかげかな。魔物もいないしここならゆっくりと羽を伸ばせるね」


 文字通り羽をググっと伸ばしながら軽くあたりを調べてみたところ、床や家具にうっすらと埃がつもっているのに気が付いた。これを見るに、人の手が入らなくなってしばらく経つようだ。かつては誰かがここを拠点にしていたのだろうが、なんにせよ魔物に荒らされた痕跡がないということはかなり安全性が高いはず。


「一旦この場所を拠点にして、行動範囲を徐々に広げていこう。泉もあって水には困らないだろうし」


 そういえば水か……。ルーは泉を見てふと、自分がまだ一滴も水分補給をしていないことを思い出す。

 倒した魔物から吸血したからか、特に喉も乾いてないしお腹も空いてないが、一応水を飲んでおこう。――そう思い泉に近寄ったところで、ゆらりと水面すいめんに何かが映り込んだ。

 

「誰っ!?」


 ――水の中に誰かが居る。その事実に警戒心が一気にマックスになり身構えると、眼前の何者かも身構えた。向こうからしたらこちらが侵入者なのだろうか。

 お互いが妙な緊張感に包まれる中、ルーは少しでも情報を集めるために目をらして相手のことを観察する。


 ――真っ白な肌、ほっそりとした手足。腰まで伸びた白銀はくぎんの髪に、起伏きふくの感じられないなだらかな胸。体型はかなり小柄だ。

 つややかな桃色をした唇、すっきりとした小鼻、少し尖った形の良い耳。顔のパーツはかなり整っている。


 何より目を引くのは暗闇の中爛々らんらんと光る真っ赤な瞳だろうか。警戒心からか猫のように瞳孔を細め、眼光鋭くこちらを見据える姿がどこか冷たさを感じる顔立ちに拍車をかけている。


 服装はどこにでもある黒い長袖のブラウスに、茶色のハーフパンツだ。その上にウェストポーチやナイフホルスターを巻いているが、幼い体付きなのもあってかどれもいまいちサイズが合ってないように見える。

 背中からちょろっと見えてるのはコウモリの羽だろうか……。というか、あれ……? 

 

 そこまで外見的特徴を観察した所で、ルーは気が付いた。


「……これってもしかして、私……?」


 ――スッ。ススッ。


 試しに手を伸ばしてふるふる振って見る。すると……――


 ――スッ。ススッ。


 ――水面に映った少女も同じ動作で手を伸ばしてくる。

 

 うん、これはどこからどう見ても間違いなく私だ。水面に映った自分を敵と勘違いしてしまうとは、流石に警戒心が強すぎたか。そう思い少し頬を赤く染めるルー。

 もっとも表情に出にくい性質なのか、彼女も、水の中の彼女もそこまで顔色を変えていなかったが。


 気まずくなったルーはコホンと咳をつき、水面に映る自分の姿を改めて確認する。

 

「これが私……」


 冷めた色の瞳と目が合った。我がことながらとても酷薄こくはくな表情をしている。

 容姿は……どうなんだろう。比較対象が居ないので分からないが、やはりかなり整っている方なのではないだろうか。少なくともルーの中の何かは『超絶美少女』の判子を押していた。


「いや、それはちょっと自惚うぬぼれすぎかな」


 ナルシスト気味な自分の思考に思わず苦笑を零してしまう。自分で自分を超絶美少女だなんて、例えそれが事実だとしても流石に痛すぎるだろう。


「にしても自分の顔を見ても何一つ思い出せないけど、確かにこれは『』の顔だって感覚はある。不思議……」


 そう、見れば見るほどこれは自分だという実感がわいてくる。


 ――そうだ。やっと取り戻せた『私』の……やっと…………


「ッ…………、今のは……?」


 じっと水面を見つめていると唐突に視界にノイズが走った。

 眩暈と頭痛に襲われ、堪え切れず頭を抱えてしまう。


「うっ……起きてからずっと歩きっぱなしだったし、疲れてるのかな?

 少し休もう……」


 ここならそうそう襲われることは無いはずだ。そう考えた彼女はそこらの地面にカバンから取り出した外套がいとうを敷き、布団がわりにもう一枚を自身の体に巻き付けて瞼を閉じる。自分でも思っていたよりも疲れが溜まっていたのか、横になった瞬間直ぐに睡魔が襲ってきた……。


「ん、今日は色々あったな……。おやすみ、なさい――」



 ――星が、こぼちた。


 哀れに思った女神さまがそれを掬い上げて、


 そっと、壊れかけの器へとめ込んだ。


 消える筈の輝きは、再び光を放ち。そして……


 ――星が、生まれ落ちた。

 

 塗りつぶした小さな命があると知らずに、


 無邪気に、無邪気に笑った。


 大地を踏みしめ、産声を上げる。


 ――あぁ、女神さま。本当にありがとうございます。


 星は笑った。そしてすくすくと成長し……


 やがて、星は泣いた。


 何時の間にか、星の心には影が落ちていたのだ。

 

 ――あぁ、女神さま。本当にありがとうございます。

 

 でも……………………


 ――『ボク』は、あなたを一生恨みます。

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