第2話 収穫

 ジュルル……、ジュルルルッ……。


 岩壁と土くれに囲まれた薄暗い空間に、何か液体のようなモノをすする音が鳴り響いている。

 音の発生源を辿った先、そこに居たのは既に事切れている猫人族ねこじんぞくの女性と、その首筋にかぶりつき血を啜る少女――記憶喪失の吸血鬼『ルー』の姿だった。


「けぷ……。……んんっ、ちょっと飲み過ぎたかも」


 周囲に転がっていた人間の死体、計五人分の血液を、最後の一滴いってきまで余すことなく飲み干したルー。流石に一度いちどに摂取するには量が多かったのか、苦しそうに腹を擦っている。

 

「けど、その分収穫も多かった」


 骨と皮だけになった亡骸なきがらから衣服を剥ぎ取り一か所にまとめ、新しく手に入れたスキル《火魔術ひまじゅつ》で遺体を焼き払い処理しつつ、彼女は改めて自身のステータスを確認した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――      


名前:ルー

種族:吸血鬼 

性別:女

年齢:?

状態:『記憶喪失』


●スキル  

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 

 《暗視》New

 ・暗闇を見通す眼力を得る。 

 《怪力》New

 ・怪力乱神の力を得る。

 《ブラッドヒーリング》New

 ・体内の血液を消費することで傷を回復する。

 《眷属契約けんぞくけいやく》New

 ・己が血を分け与えた対象を眷属にする。発動には双方の合意が必要。


〇固有スキル 

 《■■■》  

 《血の簒奪ブラッドルーティング


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

血の記憶ブラッドメモリー

 《隠密Lv4》 《忍び足Lv3》 《影化術えいかじゅつLv2》 《暗殺Lv1》

 《剣術Lv1》 《短剣術Lv2》 《爪術そうじゅつLv4》 《格闘術Lv2》

 《探索術たんさくじゅつLv3》 《索敵術さくてきじゅつLv3》 《罠探知Lv2》

 《火魔術ひまじゅつLv2》 《水魔術みずまじゅつLv2》

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 吸血前と吸血後ではまるで別人のステータスだ。


 まず『衰弱』と『栄養失調』の状態が解除され、伏字になっていた一部のスキルが解放されていた。 


眷属契約けんぞくけいやく》はいまいちよく分からないが、《怪力》も《ブラッドヒーリング》も見た感じかなり強力な効果をしているし、《暗視》については言わずもがなだ。この光源に乏しい洞窟において必須の能力と言えるだろう。


 そして《血の簒奪ブラッドルーティング》で得られた多数の『血の記憶スキル』。

 手に入ったのは相変わらず隠密系の物が多かったが、それでもどれも優秀そうなスキルであったため、ルーは思わず笑みをこぼした。

 ――この力があれば私は何処までも強くなれる、と。


「さて、食事もすんで落ち着いたことだし、次にすべきなのは現状把握と今後の方針を定めることだよね」


 そう思い立ったルーは、まずは自身の記憶について考える。


「さっき私は自分が吸血鬼だと知って、あの人たちに『食欲』を抱いたことに納得を覚えた。それはつまり、吸血鬼が血を吸う生物だと『知識』として知っていたということ」

 

 吸血鬼……ルーの中の印象では『血を吸う怪物』なのだが、考えて見ればこれは少し妙な話だ。 

 もしルーが完全な記憶喪失なら、という認識ですら忘れてしまっているのではないだろうか? 彼女はそう思いいぶかし気に眉をひそめた。


 今使ってる言葉も特に意識せずとも話せるし、地面に落ちている荷物(おそらく死んでた人が使ってた物)の用途もなんとなく思い出せる。

 このことからルーは、己が忘れてしまっているのは自分の過去やそれに付随ふずいする『エピソード記憶』なのではないかと推察すいさつした。


「だとしたら、きっと思い出せないだけで私の中にはまだまだ情報が眠ってるはず。今はその知識を引き出す方法が分からないけど、とにかく気になったことはなんでも口に出したりよく考えてみたりしよう。そうすれば忘れてる知識が出てくるかもしれないし、何かの切欠で記憶を思い出せたりするかもしれない……」


 記憶についての思考をそう締めくくり、次に、自身のいしずえとなり今は燃えカスとなった遺体に目を向ける。

 

「もう一つ考えるべきは、どうしてあの人達が死んでたか」


 ――ここが何処なのかは良く分からないけど、私の回りであんなに人が死んでいたということは少なくとも安全な場所ではないのは確か。

 状況的に見て、唯一生き残っていた私が皆を殺害したという可能性も勿論あるだろうけど、もしそうじゃないとしたら?――

 

 ルーはそこまで想像を巡らせた所で背筋を凍らせた。


「私以外の皆、鋭い何かで切り裂かれたような傷口があった。恐らくそれが死因なんだろうけど、じゃあそれをしたのはいったい誰? 同士討ちで相打ちになったとかじゃない限り、この事件を引き起こした犯人が居るはず」


 吸血鬼だからなのか、ルーはヒトの血液の匂いをなんとなく嗅ぎ分けられるのだが、この場所に残っている匂いは彼女の物を除いて五人分、丁度死体と同じ数しかなかった。

 つまりそれは、あれだけの人数を相手にで勝利を収め、悠然ゆうぜんと立ち去った何者かが居るかもしれないということだ。


「これはまぁ私が犯人じゃなかった場合の推測だけど。記憶が無い以上事実の確認は取れないし、それなら今は私以外の誰かが皆を殺害して、そのまま私を殺しそこねたことに気が付かず、立ち去ったって考える方が建設的」


 ルーだけが生き残っていたのは偶然か、あるいはその何者かに見逃されたのか。

 こんな状況になっている理由は良く分からないが、自身を殺しうる危険人物がまだ近くに潜んでいる可能性がある以上、直ぐにでもここを離れるべきだろう。

 

「とはいえ、やみくもに動き回るのは危険だね。まずは安全な拠点を見つけてそこから探索範囲を徐々に広げて行くのが無難かな……」


 そこまで考えた所で一旦思考を打ち切り、ルーは周りを物色し始めた。地面に落ちている使えそうな荷物をまとめるためだ。

 移動するのに荷物を持つのはなんだか鬱陶しい気もするが、必要になるかもしれないから持って行った方が良いと、内なる自分が『ささやく』気がするのだ。




 ――少しの時間がたち、遺体から拝借はいしゃくした服や装備品を可能な限り荷物に纏めて、着替えと支度をすませたルー。


 もともと来ていた服はボロボロだったので脱ぎ捨て、一番身長が近かった兎人族とじんぞくの女性が着ていた黒い七分袖のブラウスと、茶色のショートパンツを着用した。

 しかしそれでも大分サイズ差があり、ルーが着こむと長袖とハーフパンツぐらいのサイズ感になってしまった。

(彼女は自分が比較的小柄であることに意外な形で気付かされ、何だか悄然しょうぜんとした気持ちになってしまった。新しい服の調達は難しそうだ)


 靴は履いていたブーツが無事だったのでそのまま使うことにし、ぶかぶかに余ったウェストは頑丈なベルトで引き締めた。サイズがぴったり合う靴なんてそうそう見つかる筈がないので、靴が無事だったのには助けられた。


 そして服を着る時にもう一つ気が付いたのだが、驚いたことにルーの背中には蝙蝠のような一対の羽が生えていた。

 感覚的に肩甲骨あたりから生えているそれは、意識して見るとパタパタと動かせるし、神経も繋がっているのか指で触れてみると擽ったい感触がある。 


 色々試して見た結果ある程度大きさを変えたり、小さくして体内にしまったりもできたのだが、ずっとしまっておくのは窮屈だったため、結局拾ったナイフで服の背中部分に穴をあけそこから羽を通すことにした。


 最後に、ウェストポーチとナイフホルスターを腰回りに取り付け、カバンを背負ったら準備完了だ。


「もうここでやり残したことはない。さぁいこう」

 

 暗い通路の先に向かって、吸血鬼の少女は意気揚々と歩を進め始めた。

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