目が覚めたら記憶喪失の吸血鬼 ~血を吸えば吸うほど強くなるスキルで最強を目指します~

アカン

第一章 覚醒

第1話 目覚め

 ――目が覚める。


 急上昇。意識の海の深層から、引っ張り上げられていく感覚。

 どこか心地よいその感覚に身を委ねながら、『少女』は導かれるようにして眼を開く。


「ア……グっ……うぅ……」


(――あぁ、喉が酷く『乾い』ている)


 どうやら随分と長い間寝ていたようだ。

 頭がぼーっと呆けており、いまいち自分の事が思い出せない。

 

「う……あっ……っ……?」


 口の中に広がる鉄くさい血の味。何事かを言おうと唇を上下させるも、咽頭と舌根が張り付き上手に言葉を発せなかった。


「わた、しっ……がほっ! げほっ、けほっ、うぐッ……!」

 

 それでも無理に喋ろうとすれば、今度は湿気った空気がわだちの如く喉に突き刺さり、思わずゲホゲホと咳き込んでしまう。血の絡んだ痰が気道を塞いで鬱陶しい。


「……?」


 仕方なく声を出すのを諦め、立ち上がろうとして異常に気が付く。

 全身がズキズキと痛みを発し、四肢の感覚が曖昧なのだ。指先を動かす簡単な動作ですら覚束ない。不自由な体を不思議に思い、視線をやって自身の現状を客観視して見ると、驚いたことに全身がボロボロではないか。


 ……なるほど。どうやら私は死にかけているらしい。


(――ふざけるな! 『目覚めた』ばかりで死にたくなんかない。なにか、方法は……)


 危機感を抱いた少女はなんとか生き延びるために、現状を打破すべく唯一自由に動かせる眼球で必死にギョロギョロと周囲を見渡す。


 まず視界に入ってきたのは、苔むした岩の壁と湿った土の地面だった。それらは道の先が見通せないほどに続いており、碌な光源がないせいで何処までも薄暗かった。察するに、洞窟のような場所に居るらしい。


「――ッ!?」


 ここはどこなのだろうかと、そんな疑問が当然の如く湧き上がってくるが、それ以上に気になったのは――の方だった。

 よく見れば自分の直ぐそばにも、犬耳が生えた人間の死体が転がっている。一体ここで何が起きたというのだろうか。


 腹部や頭部に傷を負い静かに血を流す彼等は、つい先ほど絶命したばかりなのか、誰も彼も新鮮な香りが漂っている。

 無残に切り捨てられたであろう死体から放たれる、噎せ返りそうなほど濃厚な血液の匂い。それに鼻腔を擽られて、思わず少女は……――


「…………ゴクっ」


 ――喉をならしていた。


 ◆


 ――――喰らい付け!――――


 唐突に、自身の内側からそんな声が響いてくる。


 ――――飲み尽くせ!――――


 どこまでも抗いがたく、本能的な衝動。


 ――――そして奪え!――――


 私はその衝動に突き動かされるまま、死体の元へと這ずって行く。


 そして………………。


「アハァ」


 ――――ガブッ!!!


 大きく口を開け、ぱっくりと切り開かれた傷口へとかぶりついた。


 ◆


 口いっぱいに広がる甘美な血液の味。それを啜り嚥下する。


「~~~ッッ!!!!!」


 瞬間、目の前がチカチカとスパークし、身体の中心が熱を持ちだした。

 全身が多幸感で包まれ、上下左右が曖昧になり、気分がフワフワと酩酊する。


〔や■■! ボ■は■■なの飲み■■■い……〕


 ――【スキル《血の簒奪ブラッドルーティング》が発動】――


 陶然とした意識の中、何かが聞こえた気がするがそんなことはどうでもよかった。


(美味い。美味すぎる。もっと欲しい、もっと飲みたい!)


 まるで砂漠で何十時間も過ごした後の水分補給のように、乾ききった肉体に血液が行き渡り力が漲るのを感じる。

 全身の細胞が活性化し、内側から作り変えられていくような気さえした。

 初めての味、初めての感覚に私は虜になり、夢中になって血を貪った。


 ――ゴキュッ、ゴキュッ。ゴキュッ、ゴキュッ。

 ――ゴクリ、ゴクリと。嚥下の動作が止まらない。


「あむ?」


 ――そうして吸血行為を始めて、いったい何分経ったのだろうか?

 気が付けば血を吸っていた死体は骨と皮だけになっており、水分の一滴も残っていないという有様だった。


「むぅ……もっと飲みたかった」


 血を吸い尽くしてしまった死体に、名残惜しさを感じながらも口を離す。私の口から離れた亡骸が、ガシャリと音を立てバラバラに崩れ去った。

 その音を聞き、熱に浮かされていた頭が冷え段々と冷静になっていく。


「ごちそうさま。ありがとう、とっても美味しかったよ」


 見るも無残な姿になった死体に感謝の意を示し、自身の肉体を確認する。


「あー、あー、うん。声も出るし手足も動かせる。はぁ、助かった」


 何時の間にか傷付いていた身体が癒えており、手足をスムーズに動かせるようになっていた。あんなに感じていた生命の危機に対する焦燥感もなくなっている。一先ず、安心しても良さそうだ。……そうなると、次に気になってくるのは自分のことだった。


「わたし、わたしは……私は一体、だれ?」

 

 何故ここに居るのか、己が一体何者なのか?


 名前は? 年齢は? 住所は? 知り合いは? 

 自身の情報をなんとか思い出そうとして見たが、何一つわからなかった。

 

 何も覚えていないこんな状況、普通なら焦りや恐怖の感情で一杯になるのだろう。

 だけど何故か、心のどこかでこの状況を物凄く幸運に感じている自分が居ることに気が付く。


「ふふ」


 自然と笑みが零れ落ちて止まらない。どうにも口では説明しがたいが、になったというか、何だかそんな解放感があるのだ。


「うーん、にしても名前すら分からないのはちょっと不便。名前を思い出せたら記憶が蘇るきっかけになりそうだし、何とかできないかな。いっそのこと自分でつけてみる? ナナシのナーちゃんとか」

 

 ――いや。自分で言っておいてなんだけど、ないな。


 私は気を取り直して荷物の中に身分を証明する物がないだろうかと確認したが……残念ながら何もなかった。

 というか、身に着けていた服が原型を留めていないほどにボロボロで、カバンなども持ち合わせていなかったので、そもそも何かを持ち歩けるようなスペースがなかった。辺りを見渡しても、私の身分に繋がりそうな物は見当たらないし手詰まりだ。


「あっ、そうだ……『ステータス』。……ステータス?」


 これからどうするか考えている最中、ぽろっと自分の口から勝手に出た言葉に思わず困惑する。


『ステータス』。私はこの力を知らないのに知っている。

 恐らく、記憶を失う前から日常的に使用していたのだろうか。


 とまぁ、そんな私の困惑はさておき、目の前に出てきた情報はこんな感じだった――

  

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

     

名前:■■■ルー■・■■■・■■■■■■■

種族:吸血鬼 

性別:女

年齢:?

状態:『衰弱』『栄養失調』『記憶喪失』


・『衰弱』

 体内の血液が枯渇し衰弱している。


・『栄養失調』

 長期間必要な栄養を摂取しなかったことにより成長が阻害されている。

 ステータス大幅弱体化。一部スキル封印。


・『記憶■失?』

 ここは■こ? わ■しはだ■?

 ■■■体■返■■。


●スキル  

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 

 《■■■》 《■■■》 《■■■》 


〇固有スキル 

 《■■■》  

 ・■■■■■■■■■■■■


 《血の簒奪ブラッドルーティング

 ・吸血時確率で永続的な身体能力の上昇。

 ・確立は吸血対象の強さに依存する。

 ・吸血時能力獲得。

 ・吸血量が多いほど能力の取得確立が上昇する。

 ・血液の鮮度が高いほど能力の取得確立が上昇する。

 ・重複獲得した能力はLvが上昇する。

 ・適性のないスキルは取得不可能。

 ・血中毒素の無効化。

 ・吸血許容量が大幅アップ。

 ・体積以上の血液をストック可能。  


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ▼血の記憶ブラッドメモリー

  《隠密Lv1》 《影化術Lv1》 《暗殺Lv1》

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「名前……殆ど読めない。まぁ見えてる部分を取って「ルー」でいいや。

 ルー、それが今日から私の名前」

 

 改めて自分の名前を命名して、そう口ずさんでみたが結構しっくりくる。もしかしたら記憶を失う前にも誰かにそう呼ばれてたのかもしれない。


「にしても吸血鬼か、なるほど。だから周りの死体を見て美味しそうって思ったんだ」


 穴ぼこだらけで大した情報は得られなかったが、名前(の一部)と種族がわかったのは僥倖だろう。それにもう一つ収穫だったのが、固有スキル《血の簒奪ブラッドルーティング》の存在だ。


「さっき血を吸ってる時に本能的に感じた、新しい何かに目覚める感覚はこのスキルの影響だったんだ」

 

 我ながらこれはかなり強力な能力だと思う。

 その効果は、血を吸った対象が覚えているスキルを確率で得ることが出来るという物。つまり、血を吸えば吸うほど強くなれるのだ。ヴァンパイアにとってこれほど相性のいい能力は中々ないだろう。


「この血の記憶っていうのが手に入れたスキルかな。なんだか、物騒なスキルばっかりだけど、あの人は何者だったんだろう」


 血の簒奪で取得したスキルを見てみると、どれもこれも隠密向けというか、まるで暗殺者みたいな能力だった。そんな人が死んでるなんて、本当にここで一体何があったのだろうか……。


「まぁなんでもいいや。こんな力があるんだったら、は一つしかないよね」


 そう、ここにはまだまだ沢山の死体があるのだ。

 それが何を意味するかを考え、思わず口角が吊り上がる。


「皆、私の糧にしてあげる」


 ――ニィッ……。


 新しい死体に向かって、私は牙を剥いた。

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