第4話
「それに」
感慨を押し込め、不服そうなエリアスを持ち上げるべく笑顔を向ける。繰り返すが、ここでへそを曲げられると困るのだ。
「ぜひともきみに、というご当主の要望はわかる気がするよ。ほら、なにせ、きみは十年に一人の天才で」
「それならば、なぜビルモスに頼まない」
おべっかを切り捨てられ、はは、と乾いた笑みを刻む。
いくらきみが最年少の一級魔術師と言えど、我が国の誇る大魔術師を引き合いに出されても、というところが正直な感想だったが、アルドリックは本音を呑み込んだ。
宮廷に所属する常勤の魔術師は、薬草学に関する研究を行う薬草部と、騎士団同様に国防を担う魔術兵団にわかれており、王国唯一の大魔術師である彼は魔術兵団の特別職に就いている。
ちなみに、フリーの魔術師であるエリアスは、宮廷の依頼を断らずに引き受ける立場だ。あくまで基本的には、だが。
「それは、ほら、ビルモスさまは国防に専念されていらっしゃるから。……あと、きみ、いくらなんでも『さま』くらいつけなよ。ビルモスさまはこの国唯一の大魔術師さまで」
「あの戦闘狂にか。物は言いようだな」
くっくと呆れたふうに喉を鳴らすエリアスを眺め、アルドリックは尋ねた。
ムンフォート大陸の五大魔術師と呼ばれる存在はみなの憧れで、魔術師を夢見る幼いアルドリックにとっては神に等しい存在だった。
それなのに、同じ魔術師であるエリアスは違うのだろうか。王立魔術学院に通う生徒は、彼を目指して勉学に励んでいると思っていた。
「きみは五大魔術師に興味はないの?」
「ない。五大魔術師などと聞こえの良い呼称で崇めているが、人であることをやめたやつらの集まりだ。俺はそんなものになるつもりはない」
それに、と心底不快そうにエリアスが眉を寄せる。
「魔術学院をまともな成績で卒業した魔術師に、あの戦闘狂に好意的な感情を抱く者は少ないと思うが」
「えええ。どういうことなの、それ」
「卒業試験で問答無用に叩きのめされる。――が、教育的見地でなく、個人的な嗜好の末というのが学院生の共通見解だ。演武というレベルではない。そもそも、五大魔術師という大仰な名前を有しているくせに、隣国からほぼ出禁の扱いを食らっているやつだぞ?」
「……できれば、あまり知りたくなかったな」
又聞きの又聞きで、国を離れることができないという噂を聞いたことはあったけれど。国防に専念されていることが理由と思っていたかった。
引きつった愛想笑いを浮かべたアルドリックに、エリアスは淡々と言い募った。
「魔術師だから、五大魔術師だからと言って、盲目的に憧れないほうがいい」
「…………そうだね」
幼かった自分が嬉々として語った魔術師談義を指していると察したために、苦笑いにしかならない。
自分も努力をすれば、一流の魔術師になることができると夢を見ていたころ。魔術師も、五大魔術師も、アルドリックにとって遠い煌めきの憧れだった。
――その憧れにこの子はなったんだなぁ。
エリアス・ヴォルフ。十年に一人の天才と謳われる王国最年少の一級魔術師。ひさしぶりに会ったせいか、子どもたちの憧れを煮詰めた結晶そのものに見える。
疼いたなにかをしまい直し、アルドリックは三度話を切り替えた。冷めてしまった紅茶を飲み切り、にこりと笑いかける。
「とにかく、僕は宮廷の使者としてここに来たわけで。できれば、きみに任務を引き受けてもらいたいのだけど、構わなかったかな」
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