第3話
「いくらきみの家だからって、そういうことは」
「だが、事実だろう。ノイマン家が資金繰りに困っているという話も、爵位欲しさにここぞと飛びついた豪商の話も、どちらも聞いた覚えがあるが」
「……そもそもの話なんだけど、魔術師殿の見解を伺ってもいいかな」
「いくらでも?」
「『眠り姫の毒』という名前は、流しの魔術師が若い女の子が飛びつきやすいものをつけただけだろうし、王都に出回っていた『眠り姫の毒』のいくつかは薬草部が回収済みで、軽い眠り薬だったと実証してるんだ」
あくまでも軽い眠り薬。一定時間が経てば自然と目が覚めるはずのもので、「真に思い合う者からの口づけで目を覚ます」という原理は無理がある。
たまたまタイミングが良かったか、はたまた眠った者の演技か。どちらにせよ、噂はかなりの尾ひれがついたものだろう。
それが薬草部の見解だった。
「その上で、きみは、ノイマン家のご令嬢は『眠り姫の毒』を飲んだのだと思う?」
「見てもいないのに答えることはできない」
「あぁ、まぁ、……それはそうだよね。ごめん」
道理である。アルドリックは素直に謝罪を示した。次いで、薬草部の魔術師も似たようなことを言っていたと思い出す。
エミール・クラウゼ。所属は違うものの、宮廷に勤め始めた時期は同じ。大きな括りで言えば、アルドリックの同期である。年は向こうがひとつ上であるし、自分と違い、見た目も中身も華やかな男なのだが、不思議と馬が合うのだ。
今回もアルドリックが貧乏くじを引いたと知るやいなや、当たり障りのない範囲で薬草部の見解を明かしてくれたくらいだ。
実際に見たわけではないから、断言できることは少ないが、と前置いて。
「薬草部の友達も言ってたよ。『眠り姫の毒』とされるサンプルは手に入ったけど、流通しているものすべてが同じ流しの魔術師が売ったとも限らないし、仮にそうだったとしても、すべてが同一成分である保証はないって」
つまり、ノイマン家のご令嬢が飲んだ「眠り姫の毒」がサンプルより遥かにきつい成分である可能性もあるということだ。
もっとも、まったく別の薬を飲んだ可能性もあるわけだが。つくづく瓶の紛失が惜しかったと考えていると、エリアスがぽつりと呟いた。
「友達」
「ああ、まぁ、友達というか、同僚なんだけど。いや、やっぱり友達かな。なんだか馬が合うんだよね」
へへ、と照れ笑いを浮かべたアルドリックに、エリアスはゴミを見るような視線を向けた。なにが職場で友達と呆れたのかもしれない。
アルドリックは慌てて話題を切り替えた。こんなことで、へそを曲げられてはたまらない。
「見ないとわからないということは、一緒にノイマン家に向かってくれるということでいいのかな。ご当主はできるだけ早いうちにと仰っていて――まぁ、それはあたりまえだと思うんだけど」
「……こちらもそもそもの話だが」
「うん? なに?」
「なぜ、俺にわざわざ話を持ってきた。おまえたちのところの――おまえの言うお友達が在籍する薬草部の魔術師で対処できるだろう」
「それは、まぁ、そうなんだけど」
痛いところを突かれ、アルドリックはもう一度曖昧にほほえんだ。
「ぜひともきみを指名したいというお話だったんだよ。それに、ほら、きみも国の一級魔術師なわけだし、国の依頼はこなさないといけない立場じゃないか」
「一級魔術師がすることでもないと思うが」
そのとおりでもあったので、説得を取ってつける。
「でも、きみも、引き受けないわけにもいかないと思ったから、僕を指名してくれたんだろう?」
指名に関しては、半ばやけくそだった気もするが。さておいておくことにする。
――なんていうか、適当に知ってる名前を出しただけで、僕が来なかったら「なら引き受けない」で逃げるつもりだった気がするんだよなぁ。
幼かった時分の彼であればやりかねないという想像は簡単だった。今は違うかもしれないが、そういった偏屈というべきか、頑固な部分が強い子どもだったので。
とは言え、だ。指名された以上はプライベートの悶々に目を瞑り、精いっぱいやるつもりでいる。ただ。
――あいかわらず、よくわからない子だよなぁ。
話すこと自体がひさしぶりなのだ。わからないことも当然であるのかもしれないけれど。
何年ぶりになるんだっけ。記憶を辿ったアルドリックは、時の流れに内心で驚いた。もう、六年だ。
六年前。高等学院を卒業し、宮廷で働き始めたばかりだったころ。祖母の訃報を聞いて村に戻ったアルドリックを迎えたのは、魔術学院の寮に入ったはずの彼だった。祖母の葬儀のために、わざわざ帰省してくれていたのだ。
けれど、自分はろくなことを言わなかったのではないだろうか。
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