第三部 覇王伝〜あの歓喜の瞬間から一万年

第1話

 僕は道端で倒れていたらしい。勇者スーフェンがそう言っていた。僕は自分の名前がフレイアということと魔法使いであること以外は覚えていない。スーフェンによると僕の魔法は常人のそれと比べると段違いの威力であるらしい。ただ、スーフェンは僕の名前フレイアに心当たりがあり、それを危惧している。それは魔王軍幹部の一番弟子と同じ名前というだけなのだが。もっともスーフェンら勇者一行はこれから魔王城に行き魔王討伐をするのが、この旅の目的だという。そんなところに魔法が得意な魔王軍幹部の一番弟子と同じ名前の男がくれば当然警戒もするだろう。


 勇者スーフェン一行は全部で四人。

 スーフェンの故郷のジョーヨーのダンジョウ城が認定した勇者がスーフェン。スーフェン自身は何を基準に勇者と認定されたかわからないと言っていた。魔法や剣術も人並みくらいの腕前らしい。

 攻撃魔法を得意とするオルフェウス。このオルフェウスはダンジョウ城の城主の三女であり、みんなから王女と呼ばれている。なんでもスーフェンに一目惚れして城を出たとか。ちなみに王女とは呼ばれているが、ダンジョウ城主は王ではないらしい。

 守備魔法を得意とするリクライン。もともとオルフェウスの執事であり、オルフェウスの出奔で護衛についてきた。

 最後は剣士ハイン。勇者一行はもともと三人であったが、途中からこの一行とともに旅をしているらしい。そういう意味では僕と同じだ。

 魔王城はここから西方にエルブランという場所にあるらしい。僕たちは街道をひたすら西に向かって歩いていく。街道で行くと少し遠回りになるらしいが、街道のほうが魔物に遭遇する確率が少ないらしい。


僕はいつもハインと一緒に歩いている。僕と一緒で後から加わったということもあるがスーフェンから遠ざけたいという思惑もあるみたいだ。


「フレイア、もう旅には慣れたか。あまり無理しないほうがいいぞ」


ハインさんが僕を気遣ってくれる。


「ハインさんはどうして旅をしているんですか」


僕は何気ない会話のつもりでハインさんに尋ねた。するとハインさんは胸元から蒼い光を放つ綺麗な石を取り出して言った。


「これは流星の涙というんだが、俺の家に代々受け継がれているんだ」


流星の涙か。

言われてみれば、確かに涙の形をしているような気がする。



 ハインさんはさらに話を続ける。


「俺はこの流星の涙について悪い噂を耳にしたんだ。この流星の涙は覇王のもので覇王に返さないとその家は呪われるというね。俺もそんな噂は信じてはいなかったのだが、身内に不幸が続いてね。遂には天涯孤独の身になってしまってね。もう遅いかもしれないがこれを覇王に返しに行こうと思って旅をしているんだよ」


「そのはおうさんっていう人はどこにいるんですか?」


僕がそう言うと、ハインさんは笑いながらこう言った。


「わりい、わりい。覇王のことをさん付けにするやつ初めて見たよ。覇王は名前じゃねえよ。名前はわからないがみんな覇王って呼んでいるんだよ。それから覇王は昔ジョーヨーを根城にしていたと聞いてジョーヨーに行ったんだが、空振りになったんだよ。それで今はスーフェンたちと旅しているんだ」


はおうさんじゃないんだ。


 この一行の戦闘スタイルはハインが前衛、それを補佐するようにスーフェンがその後ろにつく、オルフェウスとリクラインが後方から援護するというものである。僕は前衛と後衛の間で主に攻撃をしている。


ある時、スーフェンが僕を呼び出して二人きりで話をすることになった。


「前から気になっていたことなんだけど、魔物と遭遇するとボクの後ろに魔物たちの視線が向くんだよ。最初は後衛の援護魔法を気にしているのかと思っていたんだが、さっきの魔物が死ぬ間際にふれいあさまと呟いていたんだ。君は魔王軍のスパイではないのかい」


僕は自信なさげに首を振ってこう言った。


「魔王軍のスパイでないことを願うけど、ごめん本当に覚えていないんだ」


「本当に名前と魔法のこと以外覚えていないの?」


スーフェンはさらに追及する。


「本当に覚えていないんだけど。ただ」


「ただ?」


「この間ハインさんがはおうの話をした時に何かを感じたんだ。はおうっていう言葉は僕にとって大事な言葉のようなかがするんだ」


「魔王ではなく覇王かあ」


スーフェンはため息をついた。



【オルフェウス視点】

 あのフレイアっていう男、絶対に怪しい。そんな都合よく記憶を失うことができるわけないじゃない。

スーフェン様も早く捨てていけばいいのに。

今だって二人きりになってコソコソするなんて、どうかしているわ。


「お二人で何をなさっているのですか? スーフェン様」


スーフェン様、そんなに嫌な顔をなされないで。私はあなたが心配なのです。


「いや、今日の戦闘の際の反省会みたいなもんだよ。なあ、フレイア、そうだろ」


スーフェンがそう言うとフレイアは静かに頷くだけである。



絶対に怪しい。



 スーフェンとの話しあいの後にハインさんに声をかけられた。


「フレイア、スーフェンとはまたあの話か? あまり気にするな」


「ハインさん、はおうのことを少し教えてもらえないでしょうか。何か僕にとって大事なことと関係しているような気がするんですよね」


「誰かにその話はしていないだうな」


「いえ、ハインさんが初めてです」


「それならいいが、魔王軍の関係者と疑われているのに覇王と関係があるような素振りをするのは危険だぞ。特にオルフェウスにはな」


ハインさんに嘘ついちゃった。



 ハインは覇王の話を語りはじめた。


「覇王というのはな。この間も言ったが俺も名前は知らないのだが、八千年前に魔力流入事件が起きた際に魔界まで行って魔界の裂け目を塞いできた英雄といわれている。不老不死の肉体を持ち、人間界を統一して魔王軍に対抗しているんだ。ジョーヨーも当然、覇王軍に属しているから、この勇者一行もある意味覇王軍の一角ということもいえるな」


「不老不死の肉体って既に人間ではないんじゃ」


「しいい。声がデカい。言ったろ。この勇者一行も覇王軍の一角だと」


【オルフェウス視点】

絶対、あいつ怪しいわ。

尾行して尻尾を掴んでやる。

全部スーフェン様のためよ。


あいつ、またハインと一緒だ。

ハインも怪しいのよね。

覇王様のことを嗅ぎ廻って。

二人ともどこかへ消えてほしい。

消えてほしい。

ほしい。

ほしい。


えっ、今のなんだろう。

疲れているだけよね。

一瞬、意識がとぶくらい誰にでもあるわよね。


えっ。

あいつ今。

覇王様が人間じゃないって言った?

言った?

言った?


オルフェウスを黒い影が包みこみはじめていることに誰も気づいていなかった。

 僕たちは今、ウルファイという街に滞在している。勇者一行の出発点と魔王城とのちょうど中間にあたる街である。この後は街道をまっすぐ西に行き、クインという街まで行くと魔王城が見えるという。


 このウルファイという街で事件が起きた。この日も僕はハインさんと一緒に街を散策していた。すると街角で占い師の老婆に声をかけられた。なんでも僕らに黒い影が迫ってきているらしいから気をつけろと言うのだ。気をつけろと言われても、相手は黒い影というだけでは気をつけようがないじゃないかとハインさんと話していた。翌日、黒い影が気になり二人で占い師の老婆と会った街角に行ったが、そこに老婆はいなかった。


 数日後、街はずれでその老婆の遺体が発見されたのだが、僕らはすでにウルファイの街を出発していた。

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