第7話

おばちゃんが自己紹介してきた。


「魏礼こと李月麗だよ。なんだよ。忘れちゃったの? ひどいな」


「ひどい? え〜〜と、あれは人としてやっちゃダメだろ」


「台本書いたのは李老師だよ。文句言うなら李老師に言ってよ」


オレは黙り込んでいたが、意を決して李月麗に聞く。


「李老師も生きているの?」


「えっ? 何言ってんの。周君」


「加檀の洞窟の話だよ」


「加檀って、まさか。覇王の封印を解いたの?」


「らしいぞ」


「で、覇王は今どこにいるの?」


「あんたの目の前だよ」


李月麗は黙り込むが、ふたたび口を開く。


「そう、ということは周父娘も一緒にってこと?」


「そういうことになるね。なんで君がこんな重要なことを知らされていないの?」


「そんなに責めてやるなよ」


宋麗の顔をした張女史が口を挟んできた。


「おい、お前は香亮へ行っているはずだろ。どうしてここにいるんだ」


「特別作戦三八六号を発令させるためだよ」


三八六号?


「特別作戦三八六号? なんだそりゃ?」


オレは疑問をストレートに張女史に投げかける。


「とその前に特別作戦三八五号って知っている?」


「わからん」


オレは素直に答える。


「特別作戦三八五号、通称『民主派掃討作戦』って言うんだけど、あんたが関わった作戦だよ」


「オレが? そもそもオレが関わったのは革命だろ。なんで民主派掃討作戦なんだ。そんなのおかしいだろ」


「この作戦は張白と周恩楽が共同発案したものなんだよ。この作戦の成功で張白と周恩楽は幹部候補に任命されたんだよ」


「周恩楽って生きているのか?」


「あんただよ」


はあ?


オレは黙り込む。


「でな。あたしは政府軍のスパイとしてここに潜入しているんだよ。わかった?」


「まったくわからん」


「あたしは革命の象徴の宋麗としてここにいる。だから、本物の宋麗は邪魔だったので周恩楽は宋麗を殺そうとしていたんだ。わかった?」


「それと同じ論法で宋清も殺したと」


「御名答。でね。特別作戦三八六号、通称『祖国統一作戦』の発案者はあたしとあんた。具体的に言うとね。反撃の機会をうかがっていたこの国の軍部を暴走させ、大陸に進行させる。そこに全軍を集結させた政府軍が迎撃しその勢いでこの島を占拠する」


「そううまくいくかな?」


「うまくいくように工作するのがあたしらスパイの役目さ」


「敵に情報漏らしている時点でスパイじゃねえし」


「当たり前だろ。最初から二重スパイなんだから」


二重スパイ?


「そろそろ魏礼総統をお返ししていただけませんか」


そう、お付きの男が言う。


「月ちゃんとはこの後一緒だから、とりあえず帰っていいよ」


あ、李月麗だから月ちゃんか。


「周君。また後でね。愛してるよ。フフ」


おばちゃんの顔で言われてもね。

とりあえず聞きたいことは山ほどあるけど、頭がパンクしそう。


「で、特別作戦の発案はどうやって?」


オレが張女史に聞くと張女史はすかさず答える。


「ああ、もう済ましてるよ。今ごろ対岸は政府軍がひしめき合ってるよ」


「それじゃ、本当に全滅するぞ」


「政府軍がね。あんた一人で十分だろ」


「そりゃそうだ」


あの後、張女史も退室してオレは一人部屋に残されている。


う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

よくわからん。

李月麗とは短期間だが、一緒に生活している。だけど、あのニセ魏礼総統は絶対李月麗ではない。血縁者でもないことも間違いない。だとしたら、誰だ? ん~~。オレが知っている人間の血縁者? そうでもない。


部屋のドアがノックされる。

オレがドアを開けると、魏礼総統がいた。オレは彼女を部屋の中に招き入れる。


「お休みのところごめんね。どうしてもあなたに伝えておかないといけないことが」


オレは彼女の言葉が終わる前に話しはじめる。


「あんた本人だろ」


彼女は驚いたような顔をしている。オレはそのまま続けた。


「オレは李月麗と短期間だが共同生活している。明らかにあんたと違う。また、オレが知り合った人間の血縁者とも違う。じゃあ、こんなリスクを取ろうという奇特な人間がいるか。答えはいない。だとしたら、もう本人という選択肢しか残っていない。違うかい。魏礼総統?」


「さすが、李老師が見込んだ男ね。隠しきれないのね」



魏礼総統はさらに話を続ける。


「実はね。李老師は私の大学時代の恩師なのよ。昔は李老師の家によく泊まってねえ。そうそう、月ちゃんも李老師の家によく遊びに来てたからねえ」


彼女が涙ぐんで話が止まる。オレは間が保たないので口を開く。


「そうかい。李月麗の子供の頃ってどんな子だった?」


そう言うと彼女はふたたび話しはじめた。


「とっても聡明な子よ。そう、とっても」


すると、また泣きはじめる。


「あなた、月ちゃんの第一発見者だったんだって。どんな状況だったの?」


オレは李月麗が亡くなった日のことをすべて彼女に話した。


「で、どう思った?」


「ハハ、オレはクズなのでどうも思わねえよ」


「嘘ね。どうも思わないで流星の涙が覚醒なんてしないわ」


「あんた、流星の涙に詳しいのか?」


「流星の涙どころか覇王伝説もね。もう時間がないわ。続きは次の機会ね」


オレたちは総司令室に歩いていった。総司令室に入ると張女史がオレたちに手を振ってこう言ってきた。


「おい、おっせえぞ。早く座れや」


宋麗の顔で下品な口調で下品な格好はやめてほしい。というか。

ほれ、下着が見えてるぞ。


「それでは、全員おそろいのとこ」


進行役の例の男の話を張女史が口を挟む。


「話は簡単だ。シューティングスターがドカンとやって。ドカン。ドカン。三回くらいドカンとやれば全滅だよ」


結局オレ頼みか。


「わかったよ。オレが先陣切るからお前らついてこい」


「よっ、男だね。シューティングスター!!」


張女史は調子に乗ってる。


ダメなら、やり直せばいいんだろ。


 オレは島を出て対岸の大陸を目指す。完全にオレが先行する形だ。


おっ、特別作戦は順調のようだ。

これ、百万どころの話じゃねえぞ。

ん~~。ざっと三百万といったところか。こんなの全滅したら残存兵力ではどうにもならねえだろ。


 オレは政府軍の眼前に現れる。政府軍はオレを狙って発砲してくる。


はあ、オレ弱いものイジメ嫌いなんだよね。でも、相手が撃ってきてんだから。いいよね?


一応オレみたいなクズにも罪悪感っていうものもある。


よし、大流星群!!


気の塊が十分ほど降り注ぐオレの新ワザ。くらいやがれ。外道ども!!


十分後、全滅した政府軍を横目に友軍三万が上陸していった。


 オレたちは予定通り海秋基地の攻略に入った。そもそも、海秋基地なんて既に陥落しているようなもんだ。三ヶ月前にめちゃくちゃにされて、今回の特別作戦で補強した戦力をほとんど持っていかれては、もはや三万の軍でも大軍となる。こりゃ楽勝だと高みの見物をしていたところ急報が入ってきた。どうやら、香亮攻略軍が大苦戦しているようだ。オレは香亮に急行することになった。


香亮に到着したオレは頭を抱えた。どうやら完全に香亮での挙兵が読まれていたようだ。


 状況としてはこうだ。香亮の民主派を結集した軍団は散り散りになっており、細く曲がりくねた路地に追い込まれて散々な状況だった。オレは作戦会議を思い出し後悔した。孟将軍という男がやけに自信満々だったのにオレはなにも言わずに作戦を承認してしまった。だいたい作戦会議で自信満々な奴は負け組決定っていうのがオレの信念なのだが。

はあ、こんな状況では流星群すら使えねえし、戻るったってどこまで戻ればよいのかもわからん。


そう悩んでいると敵軍の中に見覚えのある男を見つけた。孟将軍だ。いや、孟将軍だった男だ。こいつが寝返ったのかい。


オレは悪役になる覚悟を決めた。

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