第二章 反撃

第6話

 城陽の惨劇から一ヶ月ほど経過している。オレと宋麗はオレの故郷の港街のトーマスのところに身を寄せている。いくつか気づいたことがある。


 まず、宋麗のオレに対する態度だ。どこへ行くにもオレの後に周兄、周兄と言ってついてくる。この港街は歓楽街もあるから一人にしてくれと言うとむくれて口をきいてくれない。そのくせ、歓楽街までついてくる。意味がわからん。宋清はあの日以来気を感じない。オレは楽観的に考えて李月麗と一緒に成仏したんだと思い込む。


 次にオレ自身だ。覇王の封印を解いたことでオレ自身に変化があることは承知していた。その変化は思った以上だった。なんと治癒魔術が使える。魔術かどうかわからんが結果が治癒魔術なんだからそう呼んでる。じゃあと思って攻撃魔術も使おうとしたが使えん。まあ、気の攻撃ができるので必要ないのだが。その気もなんだか総量が圧倒的に増加している気がする。


 あの大国だが、最近戒厳令が解除されて平穏が戻ってきているという。


 オレも反撃を考えている。このまま黙って済ませてやるほどオレも心は広くねえ。

 この島国はその昔大陸から逃げてきた人達が建てた国らしい。この国はあの大国と緊張状態にあってあの大国を敵視して軍事大国化している。オレはここに目をつけているが、どうにもそれ以上に考えが進まん。こんなとき宋清がいればね。宋麗に相談ってことも考えたけど、彼女に相談するくらいならと悩んでいたところ、トーマスの隠れ家にある女が訪ねてきた。


 その日、宋麗はトーマスと一緒に買い物に行っていた。なんでもトーマスの好きな女にプレゼントするものを一緒に選んでほしいということだ。宋麗も積極的に行くと言って出ていった。それから十分ほど経過した頃にその女はやってきた。


「あいにく家主はいないんだがね」


「ただいま」


「どちらさん」


「見てわからない。宋麗よ」


「冗談やめろよ。全然違う気じゃねえか。張白の姉ってとこかい」


「あら、誰から聞いた」


「いや、張白には一回会っているからね」


オレは顔を上げてその女を見る。


「宋麗に似せるなら外見だけじゃダメだな」


「どこがダメ?」


「宋麗はもっと幼い」


「あたしがババアって言いたいの。まあいいわ。さすが、月ちゃんが選んだ男ってところね。気に入ったわ」


「そりゃ、どうも」


月ちゃんって誰?


 その女はオレの顔を対面から凝視している。


「そんなに似てるかい。あんたの元カレに」


「フフ、周恩楽に似せるなら外見だけじゃダメ。周恩楽はもっと幼い」


その女がからかってくるので、こちらも一言。


「五十歳ならこんなもんだろ」


言うんじゃなかった。

やれ、どこのエステだ。やれ、なんの化粧水だ。食いつきが凄すぎる。ドン引きするレベルだ。

いや、そんなんじゃねえんだが。

そんなことをやっていると宋麗とトーマスが帰ってきた。


「むむむ、あれ、なんで私がもう一人?」


宋麗もグルだったようだ。どうりでトーマスの買い物に付き合うっていうわけだ。


「フフ、全然ダメ。張白の姉ってことも一目で見破られたよ。凄すぎるよ。あんたの彼氏」


「へへへ、まあね」


おい、否定ぐらいしろよ。



「シューティングスター、あたしは張白の姉の張涼青。よろしくね。みんなには張女史って呼ばれることが多いのよ」


「ああ、よろしく。で、オレになんのようだ」


「あんた困っていない?」


「何に?」


「国盗りの取っ掛かりにだよ」


この女にはお見通しだった。


張女史の国盗り構想はこうだ。

まず、この島国を乗っ取る。その上で大国との開戦に持ち込む。革命ではなく祖国奪還の闘いに持ち込んで国際社会の介入を待つ。


「この島国を使うことはオレも考えていた。ただね、どうやって乗っ取る?」


オレの話しに張女史はニヤリと笑って話し始めようとするのをオレが待ったをかける。


「それにね。張白の姉ちゃんの提案じゃ説得力がねえんじゃねえか」


「そうね。あたしが言ったって説得できないのは十分承知の上の話なんだけどね」


「それでもオレを口説ける自信があるのかい」


「実はある人物をこの国に既に仕込んでいるの。誰か聞きたい?」


「もったいぶるなよ。最悪オレが恐怖の大王になってあの大国を陥落させればいいだけなんだからな。オレは搦手はあまり得意じゃねえんだ」


「おおこわ。でも、それじゃその後統治できないわよ」


「そうなんだよ。だから悩んでいるんだよ」


「仕込んであるのは、魏礼総統よ」


オレは頭を抱えた。

張女史から出た名前にオレは衝撃を受けた。


「お前、それはねえだろ。魏礼総統が表舞台に出てきたのは二十年近く前だぞ。お前らがどうやって仕込むんだよ」


「あら、あんただったら思いつくと思うんだけどさあ」


失礼な女だ。オレを詐欺師かなんかと思っているのか。

ん、詐欺師?


オレは張女史の顔をまじまじと見る。おいおい、冗談だろと思いながら、口を開く。


「お前ら姉弟と同じってことかい」


「御名答。やっぱりあんた筋金入りのクズね。ふふふ、面白くなってきた」


「オレは面白くねえよ。で、ニセ魏礼総統は誰が演じているんだい。もったいぶるなよ」


「月ちゃんよ」


だから、月ちゃんって誰?


 今、オレたちの同士は三部隊いる。

一つはあの大国の南に位置する港街の香亮の民主派勢力。この民主派勢力は宋清の呼びかけには一切応じなかったと周恩楽が愚痴っていたが、こちらとつながっていたってことか。二つ目は大国西部のさらに向こうにある少数民族の集団。最後は首都城陽に潜伏している集団だ。まあ、この部隊は最終局面にでもならない限り投入することはねえだろうが。


各代表者がこの港街の隠れ家に結集している。香亮部隊の代表者は孟将軍と名乗る男。西部の少数民族の代表者はクニホシという女。で、首都に潜伏している部隊の代表者が張女史だ。


開戦直後の段取りはこうだ。

オレがニセ魏礼総統と一緒にこの国の軍隊を動員し、例の海秋基地を陥落させ、永昌基地そして首都城陽へ向かう例の経路で首都を陥落させる。残った軍は香亮に合流し南からも政府軍を圧力をかける。折を見て西からも一気に圧力をかけていく。

う〜〜ん。オレとしてはこんな搦手なんか使いたくないんだが。

もう一つ重要な決定事項があった。

今回の開戦前後の戦いには宋麗は動員せず、張女史が宋麗の影武者を演じる。


なんで?


 Xデーは一週間後の六月十八日午前零時として作戦会議が終わった。各代表者が帰って行く中に宋麗がむくれ顔で部屋に入ってきた。


「むむむ、どうして私を仲間ハズレにしたかなあ。周兄」


なんでオレに絡んでくるかな〜〜。


「えっ、麗ちゃんいたよね? あれ、いなかった?」


オレはすっとぼける。


「ふ〜〜〜〜〜〜〜ん。そういう態度にでるわけ。じゃ、今日から出発の日まで周兄の添い寝決定ということで」


オレも一応オスなんだが。

宋清、カンバッーーク!!


 出発の日までのことはあえて書くまい。そんなこんなで出発当日を迎えた。泣きじゃくる宋麗。なだめるオレ。あれ、オレなんでこんなにこの娘に好かれてんのかが分からん。一応、宋麗には流星の涙とお留守番という仕事を与えてこの国の首都に飛んでいくオレ。行けば分かるということだけど、もう不安しかない。


 そして、やってきたこの国の首都。魏礼総統に会いたいって言ったって、そうそう会えるもんじゃない。オレは恐怖の大王作戦を覚悟して、ホテルのスイートルームでお昼寝タイム。突然ドアを強くノックする音。オレは当然シカト。ガチャと開けられるドア。オレはやり直すことを考慮に入れてふたたびシカト。すると、耳元で男の声。


「周恩君さん、周恩君さん。お時間ですよ。起きてください」


この呼びかけ。絶対おかしい。偽名でチェックインしたのに。オレはなおもとぼける。


「もうくえん」


「ハイハイ、シューティングスター。さっさと起きろよ」


今度はババアの声。

一体こいつら何者?


とりあえず、やり直すつもりで目を開ける。


あれ?


テレビで見たことがあるおばちゃんがオレの目の前にいた。


 オレの目の前にいたのはまぎれもない魏礼総統であった。おい、明らかにおかしいだろ、この展開。このおばちゃんとこんな風に出会うなんて。


「周恩君様。総統はお忙しい身なので悪ふざけはおやめください」


こっちの男は知らんのでシカト。だいたい、勝手に人の寝室に入ってきて、何が悪ふざけだ。


「久しぶりだね。周君」


あれ、その呼び方。その喋り方。

ん。


オレはそのおばちゃんの顔を凝視する。


あれ?


李月麗のような気がするが?


「あれ、忘れちゃった?」


う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

オレの頭じゃ、よくわからん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る