第5夢 滅亡の引き金を引く夜 戦略ロケット基地当直士官エフゲニーの悪夢
警報が鳴り響く戦略ロケット基地の地下司令室。矛盾するAIの報告。
「時間がありません!」アレクサンドルが叫んだ。「もし本当に敵のICBMだったらどうするんですか?やられる前に撃たなければ我が国は全滅だ!」
だが、もし誤報なら――その先の破壊を考えると、エフゲニーは体が硬直した。「だが……」
「先任!決断を!」アレクサンドルが彼を揺さぶるように叫ぶ。「やられる前にやりましょう!」
最終的に、二人は同時に発射キーを回し、発射ボタンを押した。その瞬間、エフゲニーの胸に深い罪悪感が突き刺さった。
空を駆け上がる味方のICBMの光跡。地下の司令室から見えるわけもないが、ああ、これは夢なのだと思う。
そのとき敵のICBMの着弾を予測していた防空AIのカウントダウンが途切れた。
「防空AIシステム再起動中。」
そして、着弾予測時間になっても、衝撃は訪れない。「……何も起きない。」
アレクサンドルが肩を落とし、安堵のため息をついた。「誤報だったんだ。助かった。」
「いや、私たちが……やってしまった。世界の終わりの引き金を引いてしまった。」エフゲニーは呟き、膝をついた。
その時、通信AIの警報が再び鳴り響いた。「通信回復。味方ICBM約100基の発射通報あり。」
愚か者は俺だけではなかったらしい。
再起動した防空AIも報告する。
「敵ICBM、敵潜水艦ミサイル、きわめて多数を感知。全AIシステムが一致を確認。本情報の確度は極めて高い。」
敵の報復攻撃だな。
「今度は本物だ。」エフゲニーの頭の中が真っ白になる。
通信AIが続ける。
「傾注!偉大なる同志最高司令官は敵の悪辣なる世界滅亡の企みに対して自動報復プログラムの発動を宣言。」
敵の企み?馬鹿馬鹿しい。敵は我が軍のポンコツAIと俺の中の恐怖心だったんだよ。
「各司令部より、味方残存ICBM全基、ヨーロッパ方面中距離ミサイル全基、アジア方面中距離ミサイル全基、潜水艦ミサイル全基の発射の通報あり。」
「最高司令部特殊状況情報。全世界の核保有国が自動報復プログラムの発動を宣言。」
長い絶望の時間のあと、やがて轟音と激震が司令室を襲った。
アレクサンドルが隣で呻いている。「……終わりだ……俺たちのせいで。」
外では世界が終わっていたが、二人の終わりはすぐには来なかった。二人は地下の司令室の中に閉じ込められ、通信も途絶。非常食を食べながら、生き残った時間は後悔に苛まれる日々だった。
エフゲニーの意識は朦朧としていた。最後の非常食も尽き、餓えが体を蝕む中、彼はまた夢を見た。
夢の中で彼は再び矛盾するAIたちの声を聞いていた。防空AIの冷たい警告、通信AIの冷静な分析――それぞれの声が交錯し、彼を苛立たせる。
「なぜ、あの時判断を間違えた?」虚無のような声が問いかける。
「……恐れだ。」エフゲニーは夢の中で震える声を出す。「恐れが俺たちを急がせた。そして俺たちの過ちは……」
言葉が途切れる。目の前の風景が崩れ、次に見えたのは誤射によって破壊された異国の街の瓦礫。さまよう人々、炎に包まれる命。
そして報復攻撃で燃え上がるふるさとの街と妻と娘。ああこれも夢だ。今や知る方法もないが現実でも妻や娘はこうして燃えていったのだろうか。
エフゲニーは立ち尽くし、やがて膝をついた。夢の中ですら、彼の罪の重さは軽くならなかった。
いつの間にか緑豊かな草原が目の前に広がる。笑顔の少女が彼に手を振りながら走り去る。「お父さん、次は間違えないでね。」
「……次は、か。」彼は涙を流しながらその声に応えた。
その瞬間、光が草原を覆い、全てが消え去った。現実のエフゲニーの命もまた、その光の中で静かに消えたのだった。
失われつつある命が最期に見た夢は、ミヤザワケンジ2.0の精神を深く揺さぶった。
しかしその一方で、彼の心は冷静に考え始めていた。
「そうか、核戦争……核兵器の『核』とは、原子核のことなのか。」
ミヤザワケンジ2.0の脳裏には、1933年当時に触れた科学の知識が次々と蘇ってきた。
「太陽が水素の核融合で光を放っているという仮説は、あの頃すでに存在していた。それに、夢中になって読んだアインシュタインの相対性理論……E=mc²。質量がエネルギーに変換できるだなんて、どんなバラ色の未来が訪れるのだろうと、希望に胸を膨らませていたのに……。」
その思い出に微笑みすら浮かべそうになった瞬間、現実の冷酷さが再び心を打ちのめす。
「それが、こんな愚かなことに使われるとは……。」
ミヤザワケンジ2.0の心には、無数の感情が渦巻いていた。かつての自分が夢見た科学の可能性。それを手にした人類が辿った歪んだ道。期待と失望。
虚空蔵菩薩はミヤザワケンジ2.0の苦悩にそっと寄り添っていた。
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