第4夢 迫り来る戦略ロケットの悪夢
「ミヤザワケンジさん。」
虚空蔵菩薩の声が静かに響いた。その声には穏やかさとともに、深い悲しみが滲んでいた。
「あなたに頼みたいことがあります。」
「頼み?」ミヤザワケンジ2.0は戸惑いながら問い返した。「私が何を……?」
「人類を救ってほしいのです。」
その一言に、ミヤザワケンジ2.0の心が揺れた。彼はこれまで、多くの人々の苦しみを目の当たりにしてきた。農民を救おうと奔走し、やがて病に倒れて命を落とした過去がある。しかし、「人類全体を救う」という言葉の重みは、それをはるかに超えるものだった。
「どういうことですか? 人類が危機に瀕しているのですか?」
虚空蔵菩薩はまるで深い息をつくように間を置き、重々しい声で語り始めた。
「2045年8月6日――人類は滅亡します。原因は核戦争。相互確証破壊戦略が崩壊したためです。」
「核戦争……? 相互確証破壊……?」
1933年に亡くなった宮沢賢治の意識を引き継ぐミヤザワケンジ2.0にとって、それは聞き慣れない言葉だった。以前は説明をくれたAIも、今は沈黙している。
虚空蔵菩薩は一瞬言葉を切り、静かに説明を続けた。
「ある国の戦略ロケットがAIの誤作動と人間の誤った判断により発射されました。それを検知した相手国が報復攻撃を行い、結果として全世界の核兵器が報復モードに入りました。膨大な数の核弾頭が使用され、人類は滅亡しました。原因は、人類とAIの両方が犯した過ちの積み重ね。そして、その背景には、人類が抱える恐怖の歴史があります。」
虚空蔵菩薩は手を広げ、一筋の光を生み出した。その光は広がり、夢のような映像を映し出した。
「これは、ある戦略ロケット基地の当直士官、エフゲニー氏の最期の夢です。」
映像には、険しい表情をしたエフゲニーという男が浮かび上がった。司令室にはけたたましい警報音、防空AIの冷たい声、通信AIの矛盾した報告が飛び交っている。
「この矛盾の中で、彼は苦渋の決断を下しました。」
虚空蔵菩薩の声が重く響く。
「彼の行動は一見過ちに思えるかもしれません。しかし、彼を責めることはできません。人類が築いた恐怖、競争、不完全なシステムが彼を極限まで追い詰めたのです。」
エフゲニーの夢はあまりにも鮮明だった。赤く点滅する警告灯、無機質な機械音声、不気味な緊張感が青白い照明の地下司令室を包む。
「防空AIが敵のICBM接近を感知。着弾まで10分。」
隣に座る若い士官アレクサンドルは不安で顔を歪めている。
「本当に攻撃されたんでしょうか?」
「防空AIはそう言っている。」
エフゲニーは低い声で答えたが、その声には確信がなかった。
そのとき、通信AIが別の報告を伝えた。
「サイバー攻撃または防空AIの誤作動の可能性を検知。敵ICBM発射情報の信憑性は中程度。繰り返す現在の防空AIの信憑性は中程度。なお師団司令部及びAI情報部含め外部との通信障害は継続中。」
矛盾する情報にエフゲニーは息を呑む。「どちらを信じるべきだ?」
アレクサンドルが叫ぶ。
「通信が途絶しAIが矛盾した報告をしたとき当直士官は自らの決断で行動せよ、と手順書にあります!先任、決断を!」
司令室の空気は重苦しい沈黙に包まれた。残された時間は刻々と減っていく。
ミヤザワケンジ2.0はその緊迫感を感じながら、1933年の知識で必死に考えた。
「この速度と距離……ロケット、しかも弾道軌道で地上に落とす兵器……」
ミヤザワケンジ2.0の頭に、ツィオルコフスキーがSF小説で描いた多段式宇宙旅行ロケットのイメージがよぎる。しかし、それを戦争の道具にするとは、地球に落とすとは、あまりにも愚かだ。
「エフゲニー氏の夢に写ったロケットの大きさは直径約2メートル、高さ約20メートル、重さは約100トン。燃料は注入していないから固体燃料ロケットだ。地球周回可能な宇宙ロケットの技術を応用すれば弾道軌道で地上に落とすのは技術的に可能だろう。しかし……おかしい。」
ミヤザワケンジ2.0は眉もないのに眉をひそめた。
「ロケットの重量のほとんどは燃料のはずだ。爆弾の搭載量は10トンにも満たないだろう。たとえ高性能の火薬を使ったとしても、世界を滅ぼすほどではない……。だとすれば化学兵器か? 毒ガスを大都市に?」
「いや、虚空蔵菩薩さまは、核戦争、核弾頭、核兵器と言っていたな、核とは何だ?」
焦りと絶望がミヤザワケンジ2.0の中で膨れ上がる。その間にも、エフゲニーの夢の中のディスプレイでは、北極海を越えてアメリカ大陸からユーラシア大陸に向かう多数の光の軌道が迫っていた。
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