長き戦いの幕開け

「クリス様! これは…………う、馬? 一体なんですの、これ?」

「それが、俺にもなにがなにやら。あの地下施設、火薬庫かなにかに引火したのか爆発して。巻き込まれそうになったところに、これが駆けつけてきたんだ。おかげで脱出できたんだが……本当になんなんだ、これ?」


 変幻を解いたクリストフは、自分が跨がってきた「馬らしき鉄の塊」に首を捻る。

 疑問に対する回答は、思わぬ方向から返ってきた。


「そいつは《怪鉄騎かいてっきマシンプニル》――言わば怪騎士カイナイトの専用騎馬だ。自らの意思を持たない鉄騎だが、怪騎士が念じれば自動で走らせることもできる。仮面を被り名を変えようと、貴様も同じ怪騎士。乗りこなせるのは道理だろう?」


 クリストフとルナスティアは声のした方向、頭上の木々に視線を向けた。

 そこには、枝の上に立つ異形の騎士が二騎。鬼面の騎士と、蝙蝠の騎士だ。

 加えて鬼面の騎士は、重傷を負った蜘蛛の仮面の女……アラクネナイトを脇に抱えていた。気絶しているが、息はある様子だ。


「カイテッキだと? 確かに意外と快適な乗り心地だったが!」

「いえ、別にそういう意味ではないかと……そもそも話がズレていましてよ」

「そ、そうだな。コホン。貴様らも、あの爆発から生き延びていたのか!」


 つい変なところが気になってしまったが、咳払いして言い直す。

 おそらく地下施設で邂逅した、仮面の二人が変身した姿に違いあるまい。

 その推測を肯定するように、二人の怪騎士は名乗りを上げた。


「改めて自己紹介といこうか。俺は《フィアーズ・ノックダウン》の大幹部、《悪鬼元帥》のマクスウェル! そしてまたの名を――《ゴブリンナイト》だ!」

「同じく大幹部、《悪夢参謀》のメフィスト。偉大なる大首領の、忠実な下僕です。我が字は――《ヴァンプナイト》。以後、お見知りおきを」

「ちなみに貴様が倒したこいつも大幹部、《悪党団長》のファウストこと《アラクネナイト》だ」

「しかしこの不甲斐ない女は、我ら大幹部の中でも改造されて日が浅い新参者。彼女を倒した程度で図に乗らないことですね」

「あ、ハイ」

「ご丁寧な自己紹介、痛み入りますわ……ではなく!」


 二人して思わず会釈を返してしまう。

 変に律儀というか、いちいち妙な愛嬌めいたものを感じさせる連中だ。

 まるで、ちょっとした舞台の演目を見ている気分になるというか。

 しかし――そんな洒落で済む相手ではないと、すぐに改めて思い知らされることになる。


「気をつけてくださいまし、クリス様! あの《ゴブリンナイト》なる騎士は、《百剣》を倒していますわ! 森の上空でやられるのを確かに見ました! ……おそらく、既に殺害されたものかと」

「なんだって――!?」


《百剣》は力に似つかわしくない、軽薄愚劣な少年だったが、その力だけは異常なほど強大だった。それを倒したとなると、ゴブリンナイトの力もまた尋常ではない。


「ああ、あのイカサマ野郎か? 確かに俺が始末したよ。ま、あんな《チート》頼りのつまらないヤツなんてどうでもいいだろ」


 そう切って捨てた後、ゴブリンナイトは芝居がかった仕草で口調を改めた。


「まずは初陣をよく乗り越えたと褒めてやろう。だが! 貴様一人が刃向かったところで、我々《フィアーズ・ノックダウン》はビクともしない! 既に世界征服の第一歩、『王都全滅作戦』の準備が着々と進行しているのだ!」

「『王都全滅作戦』だって!?」


 戯言としか思えない馬鹿げた宣言だが、彼奴らの力は本物だ。

 自分たちの常識が通用しない、まさに未知の脅威。

 如何に、王国の騎士が勇猛果敢といえども。この得体が知れない敵に、果たして太刀打ちできるだろうか?


「王都を救いたければ、我々を追ってくるがいい! ヴァハハハハ!」

「ま、待てえ! ――くう!?」


 森の奥へ下がった三人を追いかけようとするも、突風に阻まれた。


『【ケツァルコアトルス】』『エンチャント!』


 グオオオオン!


 木々の向こうから、巨大な影が浮上する。

 空を覆うような翼を広げたソレは、鉄の怪鳥だった!

 大幹部を名乗る三人は、怪鳥の背に立って悠々と飛び去っていく。


「ヴァハハハハ!」


 奇怪な高笑いを残して、怪鳥はあっという間に見えなくなった。


 静寂が訪れる。まるで全てが夢だったかのような心地。それだけ現実離れした体験だった。しかし、現実だ。変わり果てたクリストフの身体がなによりの証拠。

 クリストフとルナスティアは身を寄せ合い、互いに顔を見合わせる。


「クリストフ様……これは、本当に現実なんですの? わたくし、悪い夢でも見ているようですわ」

「俺も同じ気持ちだ。だが――あの組織の脅威を知っているのは、きっと王国でも俺たちだけだ。少なくとも、王都にこの危機を知らせなくては……」


 日が完全に落ち、夜の闇が森を覆い尽くす。

 万人にとっては一日の終わり。しかし二人は、これが始まりだと直感していた。

 そう。闇に蠢く巨大な悪との、長き戦いの幕開けに過ぎないことを――

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