灼熱のストライクエンド

『ハイ、カーット』

「ふいー」


《エンチャンター》のフェイスパーツを閉じると、音声通りに限界突破したベルトの出力がカットされる。銀のラインが消え、余剰エネルギーの排出で蒸気が上がった。


 必殺技は負荷が大きく、決め手以外で気安く使えない。無論、欠陥でなく仕様だ。

 趣味と実用を兼ねた出来映えに、ゴブリンナイトは満足げに頷く。


「さて。クロスナイトの方はどうなったか――お?」


 ゴゴゴゴ…………ドカーン!


 地鳴りの後、地下からいくつも火柱が噴き出す。

 そして一帯に大爆発が起こり、ゴブリンナイトもそれに巻き込まれた。



☆☆☆



 時間は五分ほど遡り、地下施設こと《フィアーズ》の秘密基地にて。

 クリストフ――十字騎士《クロスナイト》と、蜘蛛怪騎士《アラクネナイト》の戦いも佳境に入っていた。


「シュシュシュッ。ドラゴンと蜘蛛なんて、普通は勝負にならないはずだけど……どうやらその様子じゃ、改造された肉体はおろか、キーに宿るドラゴンの力もまるで引き出せていないみたいね」

「ぐうううう!」


 金属糸に体を縛り付けられ、クロスナイトは窮地にある。


 接近戦では決して引けを取らず、むしろ優勢でさえあった。

 幼少より厳しい訓練を受けた剣術。悪ガキ時代の喧嘩で覚えたステゴロ殺法。

 八本脚の手数を物ともせずに、アラクネナイトに奮戦したのだ。


 しかし、アラクネナイトが金属糸を活用し始めると形勢は逆転。糸と八本脚で壁へ天井へと飛び回る、立体的機動に翻弄された。それに金属糸の強度も異常で、腕力で引きちぎることはおろか、剣で斬ることも不可能。


 結果はこの有様だ。簀巻きにされて剣を振るうこともできない。


「《スティールスパイダー》の金属糸に、これほどの強度はないはず……っ」

「当然よ。《怪騎士カイナイト》は、ただ魔物の能力が使えるだけじゃない。付与された能力を強化・拡張する『機構』が、あたしたちの改造された肉体に組み込まれているのよ。この金属糸も、スパイダー本来の糸に複数の素材を加えた合金製。その程度の火力じゃ焼き切れないわよ」

「ご親切に解説をどうも! ……いや本当に親切か!」

「こっちも好きでわざわざ解説なんてしてないわよ。うちのリーダー曰く、『悪役の様式美』だそうよ。全く、あいつの趣味に付き合わされるのも楽じゃないわ」


 アラクネナイトは軽く肩を竦め、金属糸であやとりなど始めている。

一方で八本脚が糸を束ねて、槍めいた大きく鋭い針を作りつつあった。


 いくらドラゴンの力を宿すという触れ込みの体とはいえ、今の自分がアレを喰らってただでは済むまい。

 クロスナイトは、なんとか拘束から脱しなければともがく。


「くそっ。こっちは改造された肉体の使い方なんて――いや、なんかわかるぞ!?」


 これも改造の影響なのか。クロスナイトは自然と、鳥が本能的に翼の扱いを知るように、自分の力の使い方を理解していた。


 ベルトの右側を探れば、吊り下げられた一本の《キッカイキー》が。どうにか手を動かし、これを同じくベルトの右側にある《エンチャンター》へ差し込む!


「んぎぎぎぎ! こいつで、なんとか、なれえ!」


『【ファイアーバード】』『エンチャント!』


 キーに宿るのは、不死鳥の眷属とも言われる火の鳥。

 その力が付与され、クロスナイトの全身が炎に包まれた。

 しかし、アラクネナイトの余裕は崩れない。


「馬鹿ね。全身を火だるまにしたところで同じこと……ん?」

「ウオオオオオオオオ!」


 雄叫びと共に、徐々に炎がクロスナイトの体内に吸い込まれていく。

 それに比例して、赤い甲冑が眩いほどの高熱を発し始めた!


「炎を体内で圧縮して、熱量を上げている? なるほどね。炎の騎士の名門、元々炎を操る技量は高いってわけ? だけど!」


 確かに高熱で金属糸が溶け出すが、遅い。

 アラクネナイトは追加の金属糸を巻き付けて対応。

 クロスナイトも対抗して、さらに熱量を上げようとする……が。


「おおおお――あ」


 そのとき、


 クロスナイトは、圧縮した炎を体内で留め続けることに失敗。

 結果――両足から炎が一気に噴き出し、その勢いで体が垂直に撃ち出される。

 砲弾のごとき勢いのまま、天井をぶち抜いた!


「わああああ!?」

「ちょっ!? まず……ガッ!?」


 当然、金属糸で繋がっていたアラクネナイトも引っ張り上げられる。

 崩れた天井の瓦礫をまともに浴び、打ち所が悪く失神。

 ぐったりしたアラクネナイトをぶら下げながら、クロスナイトは地上に飛び出した。


 木々も飛び越え、あっという間に森を見渡せるほどの高度まで上昇。

 飛行の経験などないクロスナイトは、驚愕と感嘆に一瞬状況も忘れた。


「うわ、たかっ!? 眺めが凄い! ではなくて、しめた!」


 アラクネナイトが失神した影響か、金属糸の拘束が緩んだ。

 溶けた金属糸を引き千切り、拘束から脱出。糸を掴んで、まだ失神中のアラクネナイトを思い切り引き寄せる。

 同時に腰のエンチャンターを操作。フェイスパーツの顎を開いて、打ち鳴らす。


『レディ――アクション!』


 ギュイイイイン!


《カイキドライバー》が唸り、エネルギー出力を限界突破で解放。

 足に銀のラインが走り、迸る暗黒のエネルギーが、蹴り足に火を点けた。

 さらに背中から炎の翼が広がり、火を噴いてクロスナイトの背を押す。


「う、お、お……!」


 体が振り回されるも、錐揉み回転を交えた身の捻りで姿勢調整。

 燃える蹴り足を突き出しながら、アラクネナイトへ急降下する。


 ――このタイミングで、アラクネナイトは意識を取り戻した。

 しかし彼女にはもうどうしようもない。なぜならば。


「っ、しまった! 空中でこの高さじゃ、立体的機動で回避も、無理……っ!」


 四方に糸を結びつけられる物はなく、地面も糸の射程外。

 空中の蜘蛛に、迫る火竜の牙から逃れる術はなかった。

 そして火竜の牙、十字騎士の必殺キックが突き刺さる!


「【灼熱のストライクエンド】――!」

「ギ、シャアアアアアアアアッ!」


 ドッカアアアアアアアア!


 直撃の寸前、アラクネナイトは全身を金属糸に包んで防御した。

 クロスナイトは構うことなく、諸共に火の玉と化して地面に落下する。

 火の玉は地面を貫き、沈黙が下りて数秒後。


 ゴゴゴゴ…………ドカーン!


 地鳴りと共に大地が火柱を噴き、大爆発が一帯を吹き飛ばした。



☆☆☆



「クリストフ――キット様ぁぁぁぁっ」


 立ちのぼる炎と黒煙を前に、ルナスティアが悲痛な声で叫ぶ。

 彼女は地上に脱出した後、《百剣の英雄》の連れを安全な場所まで運んだ。

 それで爆発の圏外にいて、巻き込まれるのを回避できたのだ。


 しかし、おそらく爆発の中心にいるであろうクリストフの安否は?

 最悪の想像に背筋が凍る、そのときだ。


 ブオオオオン!


 重低音の唸りと共に、黒煙を引き裂いて騎兵めいた影が飛び出す。

 鉄の体、足の代わりに車輪で走る、生物かどうかも定かでない異形の騎馬。

 それに跨がるのはクリストフ――クロスナイトだった。


 異形。異様。異質。しかし爆炎に照らされながら駆ける姿は、ルナスティアも不思議と見惚れるほど様になっていて。

 まるで、英雄譚の一幕がごとき光景だった。

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