疾風のストライクエンド

 ゴブリンナイトの手にした剣は、本当に奇怪な形状だった。

 鍔元には歪に出っ張った装飾。細かな刃の並ぶ刀身は、まるで鳥の翼のよう。

 そしてよくよく見ると、鍔元の装飾に《キッカイキー》が刺さっている。


 それらの特徴と先程の音声から、ヒャッケンは天啓的に気づいた。


「グリフォン、エンチャント……まさか、のか!?」

「そういうこと、だ!」


 接近してくるゴブリンナイトへ、ヒャッケンは再び無数の魔剣を放つ。

 対してゴブリンナイトが翼の剣を一閃。羽根の形を取って風刃が吹き荒れ、その一枚一枚が魔剣を一本残らず撃ち落とす!


「馬鹿な!? グリフォンごとき、僕の魔剣で瞬殺できたのに!?」

「グリフォンの力だけじゃない。グレムリンの器用さと、俺自身の剣術。三つをかけ合わせることで、初めて可能となる技だ!」


 風刃と舞うような剣捌きを前に、無数の魔剣は一本とて届かなかった。

 眼前までたどり着いたゴブリンナイトは自慢げに、剣の鍔元を指で叩く。


「この《エンチャンター》を使うことで、《キッカイキー》に宿る魔物の能力を、任意の武器や部位に付与できる。ベースとなっている《グレムリン》の力に、エンチャンターで様々な魔物の力を上乗せできるという寸法さ」


 よく見ると鍔元の歪な出っ張りは、その《エンチャンター》なる装置を取り付けているためのようだ。

 ゴブリンナイトの剣が閃き、ヒャッケンの手から《無尽の剣》を叩き落とす。


「うぐあ!?」

「その本体を持っていないと、無数に増やして飛ばせないんだろ?」


 図星だった。

 他の魔剣を出そうにも、この間合いでは先程の滅多打ちの焼き直し。取り出した先から叩き落とされるのは明白だ。


「さて、手品のタネはこれで全部か? 貰い物の力をただぶつけるだけでは、俺には通じないといい加減わかっただろ? ――さあ、ここからどうする? 貴様になにができる? 根性を出せ。知恵を絞れ。絶望に抗って立ち上がれ。今こそ、死力を尽くして本物になって見せろ! さあ、さあさあさあ!」


 それは挑発というより、まるで寝物語をせがむ子供の催促だった。

 剣を突きつけられたヒャッケンは俯く。そして、笑った。


「…………ふっ。うふふふ」

「絶望のあまり気が触れたか?」

「違うね。ああ、全く違う」


 これは、勝った気でいるゴブリンナイトが滑稽だから笑っているのだ。

 悪役の優勢など所詮はフリ。

 どれだけ劣勢に、追い詰められたように見えようと、最後には必ず主人公が勝つと決まっている。

 なぜなら――


「やれやれ。認めてあげようじゃないか。確かにお前は強かった。そこそこに手強い相手だったとも。僕以外じゃどんな英雄だって敵わなかっただろうね。その力に敬意を表して見せてあげよう。僕の切り札……一〇〇番目の魔剣をね!」


 まだ自分には、とっておきの《チート》が残っているから!

 ヒャッケンの周囲を光の障壁が囲う。『これ』を呼び出している間、ヒャッケンの身を守る無敵の結界だ。

 掲げた手に集まる光の粒子。顕現するは、主人公の勝利を確約する神の力!


「威力は無量大数倍。射程は次元も超えた彼方まで。どれだけ逃げようと必中。あらゆる盾や結界を貫通。命中すれば即死。存在を魂ごと消滅させる。これこそ僕だけが使える最強無敵の魔剣! 僕がこの世界の主人公である証! 僕の最強無敵をここに示せ、《絶対勝利の剣》――!」


 あまりに強力すぎて戦いがつまらなくなるので、あえて使用を禁じた最終兵器。

 これを手にしたとき、敵のあらゆる抵抗は無に帰す。

 そして神々しき光はついに…………


「あ、アレ? アレレレレ?」


 なぜ。なんで。確かに使えたのに。もう何度も使っているのに。

 これではまるで妄言を吐いただけではないか。


 慌てふためくヒャッケンは、ふと気づいた。

 ゴブリンナイトが纏っている、魔力とも邪気とも違う謎の暗黒。

 それが、ヒャッケンを守る光の結界を陰らせ、どんどん力を奪っている。

 切り札の魔剣も同じだ。暗黒の粒子が光を蝕み、魔剣として形を成すのを阻害していたのだ。


「な、なんだよ、その黒いのは!? 僕の力を無効化している? そ、そんなの反則だぞ! インチキだ、イカサマだ!」

「散々イカサマをしてきたのは貴様だろう。俺たち《怪騎士カイナイト》に、貴様らの《チート》は通用しないというだけだ。ただ『不自然に強い』程度の力は弱体化で済むが、今のような『度を超えたイカサマ』は、そもそも使うこと自体できない」


 説明になっていない。しかし、同時に一つ合点のいく部分もあった。

 スケルトンモドキと戦ったとき、なぜ自分の魔剣が効きづらかったのか。

 そのくせ自分より遙か格下のはずのルナスティアが、スケルトンモドキをトロールやオーガ程度の強さだと認識したのはなぜか。


 それは、彼奴らにチートが通用しなかったせいらしい。

 つまるところ、チートがなければ自分は――。


「ふざけんな! こんなの不正だ! 不当だ! 僕は主人公なのに!」

「……貰い物の力が通用しなければ、泣き言を喚く以外なにもできないか。つくづく予測通りに期待を裏切ってくれる。貴様はつまらない」


 地団駄を踏むヒャッケンに、ゴブリンナイトは落胆のため息を吐いた。

 冷ややかな眼差しに耐えられず、ヒャッケンは叫んだ。


「期待? 期待だと? 何様のつもりだよ! 世界征服とか頭のおかしいこと言い出す、やられ役の悪役のくせに!」

「――ヴフッ。ヴァハハハハ!」


 喜色に満ちた奇怪な笑い声。急な感情の乱高下にヒャッケンはギョッとなる。

 舞台役者めいた大仰な所作で、ゴブリンナイトが両腕を広げた。


「ああ、そうとも! 俺は悪役! 平和を脅かし、人々を恐怖に陥れる! そして正義の味方に、《英雄》に打ち倒される者! だからこそ――俺たちという悪を挫く者は、本物の《英雄》でなければならない」


 奇怪な格好のくせに、その語り口は無邪気で熱心だった。

 まるでどこにでもいる、英雄好きの子供のように。


「俺はヒーローが好きだ。人々の自由を守るため、愛と平和を胸に戦う姿は太陽よりも眩しく映る。そして――ヒーローの活躍する英雄譚が始まるには、世界を脅かす巨大な悪が必要だ。だから俺がなる。最高のヒーローにしか倒せない、最強の悪に! そのためには、世界征服くらいやらなきゃ劇的に盛り上がらないだろう!?」


 ……わけが、わからない。わかるが、わからない。

 自分も英雄譚は好きだ。平和な日々に退屈し、明日にも世界の危機が訪れないかと夢想した経験もある。しかし、だからといって、自分で世界の危機を起こそうなどと。

 ましてや口先だけでなく、本気で実行しようなど正気の沙汰ではない!


「そんな、馬鹿げた理由で? お前、マジでイカレてんじゃないのか?」

「否定はしない。ともかく、そういうわけでな――俺たちの舞台に、貴様みたいな偽物はお呼びじゃないんだよ」


 まるで一人二役をこなすように、声音がまた底冷えしたものに変わる。

 ヒャッケンは心底から悟った。こいつはまともではない。狂っている。

 あるいは、本物の悪魔なのだと。


 チートに支えられていた自信も脆く崩れた。恐怖に縮こまることしかできない、情けない素顔が露わになる。

 ヒャッケンにできることは、なおも夢想に縋りついて喚くことばかり。


「違う、僕は偽物なんかじゃない! 僕は選ばれたんだ! 僕はモブじゃない! 僕を誰だと思っている!? 僕は、僕は《百剣の英雄》の……!」

「貴様の名前など興味もない。貴様はただの、ハリボテの仮面でイキがる負け犬に過ぎない。だから貴様には、負け犬に相応しい最期を与えてやろう。――巨大な悪に踏み躙られる、名無しの犠牲者としての、劇的な死をな」


 薄紙と化した結界を蹴破り、ゴブリンナイトは宣告する。

 剣の鍔元から《エンチャンター》を外し、ベルトの横に付け直した。

 すると装置が再び音声を発する。


『【ストームグリフォン】』『エンチャント!』


 さらに、ゴブリンナイトはエンチャンターを操作。

 怪物の横顔を象ったフェイスパーツの顎を開き、打ち鳴らす。


 ――ヒャッケンには知り得ない話だが、これは映画撮影などに用いられる小道具「カチンコ」を模した装置だ。

 つまりは物語の大一番、「ここからが見せ場だ」と告げる開始の音!


『レディ――アクション!』


 ギュイイイイン!


 音声に合わせ、ゴブリンナイトの《カイキドライバー》が唸りを上げる。

 ベルトから両足に銀のラインが走り、暗黒のエネルギーが迸った。

 ドライバーの出力を限界突破で解放し、全エネルギーを足に集中させているのだ。


 その奇怪な機構を理解できないヒャッケンでも、なにが起きているかはわかった。

 すなわちこれは、必殺技の前兆!


「い、嫌だああああ! ……ああ!? 放せ、放せぇ!」


 恥も外聞もなく逃げ出したヒャッケンの足が、大地から遠ざかる。

 体に付与したグリフォンの力か、ゴブリンナイトが足に生えた鉤爪でヒャッケンを捕獲。背中から翼を広げて、空高く舞い上がったのだ。


 ゴブリンナイトは上昇しながら回転。たちまち起こった竜巻の中に、ヒャッケンを放り込む。自身はさらに高く飛翔した。


「あが、が。剣が、剣が持てないっ」


 ヒャッケンは魔剣を取り出すも、出した先から剣は手より滑り落ちる。

 竜巻に囚われ、凄まじい遠心力に剣を保持していられないのだ。


 抵抗の術を失い、為す術ないままにヒャッケンは見る。

 上空で風を巻き取るように回転した後、急降下してくる死の影を。

 黒き一条の矢めいて繰り出される飛び蹴りは、悪魔の必殺キック!


「【疾風のストライクエンド】――!」

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」


 ドッカアアアアアアアアッ!


 矢というより槍、いいや攻城兵器の鉄杭に貫かれたような衝撃。

 騎士鎧の胴体がひしゃげ、砕け、ついには大穴を穿たれた末に爆発した。


 咲き誇る爆炎。その中から、生身の姿でヒャッケンが地面に転がり落ちた。

 爆発したのは魔力で構成された戦闘体。だから生身の本体は無事なのだ。


「ぐぐ。嘘だ。認めない。主人公の僕が負けるはず……あ、ああっ!?」


 しかし――その体も、手足の末端から黒ずんだ灰と化して崩れていく。

 戦闘体を意のままに操るための『同調』が、本体にも一定以上ダメージをフィードバックさせる。

 必殺キックのダメージが戦闘体の許容量を超え、本体にまで致命傷を与えたのだ。


「嫌だ。死にたくない。こんな結末、なにかの間違いだ。僕の正当な評価、正当な人生、無敵の主人公として永遠に崇められる、僕の英雄譚がぁぁぁぁっ」

「妄想の続きは、地獄で楽しむんだな」


 親指で地を指すサムズダウンが、無情に死を宣告する。

 細胞単位で死滅した肉体が灰と化し、風に流されて跡形も残さず消えていく。


 こうして《百剣の英雄》――便宜上、その肩書きから『ヒャッケン』と記された、本名を記す価値もない『■■■■■名無し』は、この舞台より永久に退場した。

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