力を授かった者が英雄となる条件

「クロスアップだあ? ふざけんな! 雑魚とカスをかけたって、ただの雑魚カスだろ! 僕の力は、神から授かった最強無敵の《チート》なんだぞ! 神に選ばれた主人公である僕が、そんな小細工でいいようにやられていいわけないだろ!」


 悪役がどんな手を使おうが、最強無敵の主人公には無意味。

 それが自然の摂理、英雄譚の鉄則だ。よってこんな劣勢は間違っている。

 ヒャッケンがそう反論すれば、ゴブリンナイトは深いため息をついた。


「馬鹿なヤツだ。貰い物の力を振りかざして、力のない者を踏みつけて。いくら『自分は特別だ』と喚いたところで、本物の《英雄ヒーロー》にはなれない。……ごっこ遊びは、どこまでいってもごっこ遊びでしかないんだよ」


 どこか独りごちるような声音には、憐れみの響きが込められていた。

 なんという恥辱、屈辱! 生身であれば目を血走らせ、唾をまき散らしていただろう剣幕でヒャッケンは叫んだ。


「貰い物だからなんだっていうんだ!? あのクズ貴族だって、たまたま金持ちの家に生まれただけで全てに恵まれてきたんじゃないか! 今まで散々不当な扱いを受けてきた僕が、ちょっと神様から力を授かってなにが悪いんだよ!?」

「いいや? 力を授かること自体は、別になにも悪くない。英雄譚にはよくある話さ。しかしな――力を授かった者が英雄となるには条件がある。


 奇怪な格好には到底似合わぬ、教師めいた調子でゴブリンナイトは熱弁する。


「努力・根性・知恵・工夫……なんだっていい。豪華な装飾で着飾るだけでなく、自分自身を劇的に輝かせた者だけが本物になれるんだ。貴様はどうだ? その魔剣を見せびらかす以外に、自分自身の力でなにかをしたことが一度でもあるのか?」

「う、うるさいうるさい! そんなの、僕のせいじゃない! どいつもこいつも、魔剣を適当に振っているだけで呆気なく死ぬ雑魚なのが悪いんだ!」

「なら、喜べ。今まさに、その力だけではどうにもならない劇的な強敵が、貴様の前に立ちはだかっているんだからな。貴様自身が劇的に輝く機会は、今をおいて他にない。――さあ、さあ! 楽しいショータイムはこれからだ!」


 ギシ。ギチ。ミキ。


 あくまで兜に過ぎないはずの鬼面が、牙めいた口元を軋ませ、笑みに歪める。

 まさしく悪鬼の形相! ヒャッケンは狼を前にした兎の気持ちを味わった。


「て、《転移の剣》!」


 咄嗟に出した魔剣の力で、ヒャッケンの姿がその場から消える。


「逃げたか……っ?」


 当然、主人公が逃走などありえない。

 主人公の圧倒的な力に、敵の方が情けなく逃げ惑うのだ!


「《無尽の剣》――!」


 ヒャッケンが転移した先、木々の向こう側よりゴブリンナイトへ降りかかる光。

 それこそ一〇〇や二〇〇では利かない、無数の剣の雨だ!


「ちぃ!」


 ゴブリンナイトは走り、跳び、風を纏っての宙返りで逃げ回る。

 絶えることなく雨あられと降り注ぐ剣は、小癪な小鬼の接近を許さない。


 先程までは、卑怯にも剣が振るえない密着状態で滅多打ちにされたのだ。

 こうして近づけさえしなければ、ゴブリンなど手も足も出まい。

 これで形成逆転だと、ヒャッケンは哄笑する。


「アハハハハ! 馬鹿め! 僕の力を甘く見たな! 無限に増殖して放たれる無尽蔵の魔剣! その姑息な小細工で、いつまで避け切れるかなあ!?」

「結局、やることはチート頼りの物量押しか……はいつもソレだな。しかし実際問題、確かにこれは避け切れないし、素手で捌き切るのは厳しいか」


  涼しい顔をしても、ゴブリンナイトの左手はズタズタに斬り裂かれていた。


 避け切れなかった剣を左手で受けた結果だ。やはり当たりさえすれば、魔剣の切れ味は彼奴を細切れにできる。剣は突き刺さった先から消滅するため、奪った魔剣で魔剣を防ぐ、などという真似も不可能だ。

 勝利を確信し、ヒャッケンは魔剣の数をさらに倍増!


 ドカカカカカカカカ!


 剣の雨が降り積もり、巨大な墓標めいた剣の山が出来上がった!


「ざっまああああ! 主人公様に対して生意気に説法垂れやがって! なーにが『困難に立ち向かう』だ馬鹿馬鹿しい! 主人公はいつだって余裕綽々の無傷で無双、無敵の力で圧倒して圧勝するんだよ――え?」


『【ストームグリフォン】』『エンチャント!』


 あの奇怪なベルトが発していたのと同じ、奇怪な音声が響く。

 すると竜巻が起こり、剣の山を吹き飛ばした!


 土煙が晴れると、そこにはピンピンした姿のゴブリンナイト。

 見得を切るその手には、これまた奇怪な形をした剣が握られていた!


「け、剣だって!? なんでゴブリンごときが!」

「《怪騎剣かいきけんナイトソード》……そりゃあ、ゴブリンの『ナイト』なんだ。剣ぐらい使えて当然だろう?」

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