クロスアップ

 黒地の革鎧。深緑の甲冑。

 二本角を生やした兜。昆虫めいて大きな眼をした鬼面。

 総じてその姿は、《ゴブリン》のごとき異形の騎士だった。


 それを前にヒャッケンは――噴き出して爆笑する。


「ププー! アヒャヒャヒャヒャ! 大物ぶってなにに化けるかと思えば、ゴブリンって!? 雑魚の中の雑魚魔物じゃん! あの蜘蛛女といい、よくそんな馬鹿丸出しのキチガイ仮装を自信満々に披露できたもんだよねぇ!? ブヒャヒャ!」


 腹を抱え、オーバーな身振り手振りを交えた嘲笑。

 それに堪えた様子もなく、鬼面の騎士は冷静に解説を返す。


《グレムリン》は、風を操るゴブリンの亜種だからな。正しい形態名は《グレムリンナイト》だが、この外見的にも《ゴブリンナイト》の方がわかりやすくて良いだろう?」

「ああ、確かにわかりやすいね。――見かけ通りの口だけクソ雑魚だってさあ!」


 ヒャッケンは《勇騎士ユーナイト》に変幻へんげんし、一振りの魔剣を手にした。

 光の刀身は、百ある魔剣の中でも最上級の一品。ひとたび振るえば、この胡乱な地下施設ごと全てを消し飛ばす威力だ。


「やれやれ。主人公様の実力も見抜けないカスの分際で、僕をムカつかせた罰だ! お前らキチガイ仮装カルトどもも、あの勘違い主人公気取りクズ貴族も、全員まとめて瞬殺してやるよ! 《光芒の剣》……!」

「おっと」


 バシン! ――ピッカアアアアアアアア!


 剣を振り下ろそうとした手は、ゴブリンナイトの蹴り上げに止められた。

 結果、真上に放たれた光の柱が天井を穿つ。想像以上に大規模な施設だったらしい。複数の階層を大穴がぶち抜いた先に、夕暮れ前の空が覗いていた。


「頭の悪いヤツだな。地下を崩落させて、クリストフたちばかりか連れの女まで生き埋めにする気か? まあ、ちょうどいい。せっかくのファーストバトルに横槍を入れられては困るからな。俺たちは、外でやろうか」

「てめっ、放せ――わああああ!?」


 ヒャッケンの首根っこを掴み、ゴブリンナイトが跳んだ。

 上昇気流を纏った跳躍は三歩で地上までたどり着き、さらに上空高く昇っていく。


 ヒャッケンは空を飛べる魔剣も当然のように持っている。しかし森を越えて国境付近の山々まで見渡せる高度は、彼にも未体験の領域だった。

 そして唐突に手を放され、地へと引きずられる感覚に血の気が引く。


「ひ、《飛翔の剣》……「そら!」うわあ!?」


 ガン!


 体が浮き上がったのも束の間、足払いで視界の天地が逆転。

 胴鎧がひしゃげるほどの、強烈なボディブローが突き刺さる!


「【ゴブリンパンチ】! 【ゴブリンキック】!」

「うげぇ! がふ! この、ダサい技名のくせに痛い――ぎゃ!?」


 殴られ蹴られながら反撃を試みるも、剣を向けた先に相手の姿がない。

 今度は背後から後頭部に蹴りが入って、また視界が回る。


 ――ゴブリンナイトは身に纏う風により、己の体を空中で乱回転。あらゆる角度からヒャッケンに拳打を叩きつけていた。恐るべきは、それだけ無軌道な動きに振り回されず、一撃一撃に技を込める平衡感覚と身体能力!


 対してヒャッケンは風に弄ばれる木の葉のごとく、振り回されるがまま。

 魔剣を振ろうにも、天地も定まらず回り続ける視界の中では、ゴブリンナイトに狙いをつけることさえままならない!


 結果、ヒャッケンは一方的に叩きのめされた。


「からの、【ゴブリン、ヘッドクラッシャー】ァァァァ!」

「わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――ガボォ!?」


 挙句に頭を両足で挟まれ、回転しながら落下。そのままヒャッケンは頭から地面に叩きつけられた。

 生身であれば首の骨が折れている。戦闘体は魔力の塊なので致命傷にならなかった。


 それでも痛覚はあるし、精神的なショックも甚大だ。

 地面をひっかきながら、ヒャッケンはうわごとのようにブツブツ呟く。


「おかしい。僕は主人公だぞ? なんで僕がボコボコにやられてる? クソ雑魚ゴブリンの仮装したキチガイなんかに。そもそもこいつがおかしいんだ。ちょっと身軽なだけのグレムリンに、こんな動きができるはず……!」

「当然だろう。魔物の力が使えるなら、《怪騎士カイナイト》の意味がない」


 ゴブリンナイトがフワリと宙返りを決めて眼前に降り立つ。

 見下ろされる屈辱に血を沸騰させ、ヒャッケンは魔剣で斬りかかった。


「消し炭にしてやる! 《烈火の剣》――ぐえ!?」


 しかし懐に潜り込まれ、持ち手ごと魔剣を軽く打ち払われる。

 間合いより内側の相手に魔剣が届くはずもない。魔剣の火炎は的外れの方向に放たれ、木々を焼き尽くすだけに終わった。


 逆にゴブリンナイトの拳が、兜の顔面を痛烈に打ち据える。ヒャッケンは潰れたカエルの声で呻いた。


「《流水》……げふ! 《雷鳴》……おご! 《土豪》……ふぎぃ!」


 次から次へ魔剣を出すが、結果は同じ。

 なにを出しても払い落とされ、返す拳と蹴りで痛めつけられた。


 ヒャッケンの魔剣はその大半が、剣とは名ばかりになにかしらを「放つ」形で攻撃する。故に、密着しながらの殴打には対応できないのだ。


「ちょこまかと、纏わり付くなあ! 《七星の剣》!」


 それでも反撃しようと、ヒャッケンはやぶれかぶれに魔剣で斬り返す。

 蹴り飛ばされ、僅かに距離が開いた一瞬の反撃だ。期せずして最良のタイミング。


 ゴブリンナイトはハイキックを決めた直後で、防御や回避ができる体勢ではない。

 そこへ襲いかかるのは、七条の流星と化した斬撃だ。

 よしんば倒せずとも、距離さえ取れば魔剣の雨あられで消し飛ばしてやる!


 ……しかし、そんなヒャッケンの目論見はまたも崩される。


「ヴァハハハハ!」


 ゴブリンナイトは哄笑しながら、蹴りの勢いを殺さず、軸足を地から離しての宙返り。足下を狙う一つ目の斬撃を躱した。

 身の捻りで二つ目と三つ目の間をすり抜けるが、四つ目は顔に直撃コースだ。


 ――しかし。身に取り巻く風で、ゴブリンナイトは回転軸を変えつつの宙返り!

 これにより四つ目は鬼面の二本角をかすめ、火花を散らすだけに終わった。


 五つ目が着地を狙おうとするも、風に背を押されたゴブリンナイトはスライディング着地で斬撃の下を掻い潜る。地を這う六つ目は、またも風で身体を跳ね上げて飛び越した。最後の七つ目を、旋風纏う回し蹴りで弾き飛ばしてフィニッシュ!


 結果、距離を取る暇も与えられないまま、再びゴブリンナイトに肉薄される。


「――それで? 次はなんだ?」

「あ、あ、ああっ」


 もう、ヒャッケンはパニック状態だった。

 どうする。どうすればいい。どの魔剣を出せば勝てる!?


「《治癒》、いや《障壁》? えっとえっと――ゲボバァ!」

「遅い。むやみやたらに手札の数だけ多いから、咄嗟の判断で迷うんだよ」


 無防備に立ち尽くしたところを、滅多打ちにされる。

 回転しながらの間断ない拳打。吹き荒れる風がゴブリンナイトの体を支え、一見無理な体勢からも連撃を繋いでいく。距離を取ろうとしても、風に押されて地を滑りながら密着状態を維持し続けた。


 風に舞う身軽な動きをするのは、確かにグレムリンの特徴だ。

 しかしゴブリンナイトの身のこなしは、明らかにそれだけでは説明がつかない!


「クソがああ! なんだよ、その動き! 絶対にグレムリンの動きじゃないだろ、この嘘つき野郎が!」

「グレムリンの力だけじゃないと言っただろう。半分は自前、鍛えて磨いた俺自身の力。その両方が揃って初めて成せる技だ」


 どこか得意げな、癇にさわる声でゴブリンナイトは笑う。


「風を身に纏うグレムリンの特殊能力と、それを操る俺自身の格闘技術。魔物と騎士の、。だからこその怪騎士、だからこその『』なんだよ」

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