クロスナイト/ゴブリンナイト

『いいセリフだな。感動的なことだ。だが、それになんの意味がある? その女も《怪騎士カイナイト》となって、共に我が配下になるか?』

「ルナスティアまでバケモノに、だと? そんなことはさせないぞ! 彼女だけじゃない。これ以上、こんな非道を繰り返させてなるものか!」


 せせら笑うような大首領の声に、クリストフは決然とした表情で向き直る。

 その目に迷いはない。自分が何者であるかを思い出したから。


『ほう? 我々に逆らおうと? 逆らってどうするというのだ? 最早、貴様は人間ではないというのに!』

「俺はクリストフ=ライドレーク! 火竜から王国を守った英雄の末裔! たとえその血が肉体から失われていようと、受け継いだ誇りと志は変わらない! 貴様らが人々を脅かす恐怖なら、この俺が魂の炎で焼き尽くす!」


 その、熱き宣言に応えるかのように。

 クリストフの体内で熱が猛る。それは、アラクネナイトと同じ『ベルト』と『鍵』……《カイキドライバー》と《キッカイキー》になって手元に現われた。

 唯一の違いは、鍵の宝玉に刻まれた紋章が蜘蛛でなく『火竜』であること。


 クリストフは一瞬迷い、ルナスティアの方を見やる。

 なんの心配もしていない笑顔が返ってきて、思わずクリストフも破顔した。


「それにな。恋人の前で見栄の一つも張れないようでは、騎士だの貴族だの以前に男が廃るんだよ!」


 意を決し、クリストフはドライバーを腰に装着する。

 キーをドライバーに差し込み、そして構えた。


 右手は腰の右側に引きつつ、左手を正面に突き出す。

 左手を横薙ぎに払い、同時に右手を腰の左側に。

 そして剣を抜き放つ動作から、右手で空を斬り上げる!


 ――左手の盾、あるいは魔法で敵の先手を迎撃。即座に返す右の抜剣で、敵を斬り捨てる。あくまで相手からの攻撃を迎え撃ち、自分からは決して手を出さない。

 これは父の指揮する騎士団の伝統、ライドレーク騎士団正眼の構えだ!


 己が何者であるかの誓いを胸に、クリストフは叫ぶ!


変幻へんげん――!」


『【ブレイズドラゴン】』『【ナイト】』『クロスアップ!』

「ギャオオオオン!」


 キーを回し、バックルを開錠。

 バックルが展開して現われるのは、『騎士の兜を被った火竜』のレリーフ!


 ドライバーから黒炎が燃え上がり、炎を纏う黒竜が飛び出した。

 黒炎に包まれて闇に染まる体。黒い革鎧に、騎士の甲冑が装着されていく。

 そして竜が一体となることで、甲冑は赤き異形の鎧へと変貌した!


 ――そのとき、不可思議なことが起こった。


 クリストフの右腕、《勇騎士ユーナイト》へ変幻するための魔道具である腕輪が、突如として輝きだしたのだ。


『なんだと?』


 それは、大首領にとっても想定外の現象だった。

 腕輪から溢れた光が、異形の騎士を包み込む。そしてあたかも異形を覆い隠すように、上から赤の甲冑が装着された!


「……そうだ。たとえ同じ異形の力だとしても、俺は貴様ら《怪騎士》とは違う! 違って見せる! この鎧、この仮面に誓って!」


 クリストフは自らの顔――竜の兜に手をあてがう。

 すると集まった光が、『炎の十字架』を象る仮面となって、異形の顔を隠した。


 二重の鎧に二重の兜。それはまるで、怪物が必死で騎士になりすまそうとするような有様。見ようによっては怪騎士以上に道化じみた姿だ。

 その滑稽さを大首領は嗤う。


『ハッハッハッハ! 無駄なことを! そんな仮面で異形の顔を隠そうが、貴様が我々と同じ怪騎士である事実は変わらないのだ! 《ドラゴンナイト》よ!』

「違う! 俺の名は、名は……えっとえーと、そう! 俺は十字の騎士! 《十字騎士クロスナイト》と名乗らせてもらう!」


 己が異形に怖じることなく、高らかに赤き騎士は名乗りを上げる。

 大首領の、息を呑む気配。


『ハ――ああ――ハハハハ! ヴァハハハハハハハハッッッッ!』


 感傷。感嘆。感動。どこかそれは、無邪気の子供の笑い声にさえ聞こえた。

 しかしそれを否定するように、一喝が返ってくる。


『ほざくな! アラクネナイトよ! その愚かな反逆者を始末するのだ!』

「仰せのままに、大首領」


 ギチギチと腰の八本脚を蠢かせながら、アラクネナイトが身構えた。

 同じ体のせいか直感的にわかる。……強い!


「ルナスティアは、そこで失神したままのレディを連れて脱出しろ。この力でぶつかり合ったらどうなるか、俺にもわからないんだ!」

「っ、わかりましたわ。ご武運を!」


 一緒に戦えないことを悔しがりながら、ルナスティアはヒャッケンの連れを抱えて退散する。

 上階に視線を向けるが、いつの間にか鬼と蝙蝠の二人は姿を消していた。

 気にかかるものの、今は目の前の敵に集中するしかない。


「キシュアアアア!」

「オリャアアアア!」


 異形の鳴き声と騎士の雄叫び、金属糸と火炎が交錯した!



☆☆☆



 十字の騎士と異形の騎士が激突する。まるで、英雄譚の一幕がごとき光景。

 ……それを、ヒャッケンは壁の向こう側で歯軋りしながら見つめている。


「なんだよ、これ。ふざけんなよ。ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな! これじゃあまるで、あいつが主人公で僕が脇役みたいじゃないか……!」


 自分で空けた穴から、呆然と二騎の戦いを眺めているだけ。

 まるっきりモブのポジションだ。これは自分が脚光を浴びるための物語で、主人公は自分のはずなのに。クリストフは引き立て役で踏み台に過ぎないはずなのに。

 それなのに、立場があべこべになっているではないか!


「クズのくせにクズのくせに! 貴族で金持ちで偉そうで美人の婚約者までいて! 主人公の僕に、全てを奪われることだけが存在意義のモブのくせに! なに主人公の僕を差し置いて、主人公っぽいムーブしていやがるんだよ! こんなのなにかの間違いだ、絶対におかしい!」

「――いいや。なにもおかしくないぞ? だってこの舞台の主人公はあいつで、貴様は主人公でもなんでもないんだからな」


 突然背後から声をかけられ、ヒャッケンはギョッとなって振り返る。

 一体いつ回り込んだのか。上階部分にいたはずの、鬼面の男が立っていた。

 歳はこちらと大差なさそうで、せいぜい十代後半といったところか。

 男は、如何にも『つまらないヤツだな』と言いたげに冷めた声で続ける。


「そして貴様は端役モブですらない。呼ばれてもいない舞台に土足で上がり込んだ部外者。勝手に自分を主人公だと言い張る酔っ払い。挙句に猿以下のつまらない芝居で話を台無しにする、ただの『迷惑な邪魔者』だ」

「僕がモブ以下? 酔っ払い? ましてや邪魔だって!? ふざけんな! 僕は神から無敵の《チート》を授かったんだぞ! 百の魔剣を操る最強・無敵・万能! この僕以外に主人公はありえないんだよ!」

「真っ先に口から出るのがチート自慢という時点で論外なんだが……まあ、いい。そこまで言うなら、貴様にもチャンスを与えてやろう」


 そう笑って、男は《カイキドライバー》を腰に装着。

 ドライバーに《キッカイキー》を差し込む。鳴り響く不吉な機械音。


 そして――眼前で両腕を交差させ、左右に大きく広げる。悪戯っ子がする「いないいないばあ」にも似た、奇怪極まりない謎のポーズを決めながら叫ぶ!


「変身――!」


 キーを回し、バックルを開錠する。

 バックルが展開し、『騎士兜を被った小鬼』のレリーフが完成!


『【グレムリン】』『【ナイト】』『クロスアップ!』

「グギャギャ!」


 ベルトから闇が噴き出し、黒い小鬼が飛び出した。

 闇が革鎧と甲冑を形成し、黒鬼が吹き荒ぶ暗黒の風となって騎士を覆う。


「俺は《フィアーズ・ノックダウン》の大幹部が一人! 《悪鬼元帥》のマクスウェル! そしてまたの名を――《ゴブリンナイト》!」


 そして黒風を裂いて現われたのは、鬼面の騎士!


「さあ、劇的に楽しもうぜ! 悪魔のショータイムを!」

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