君の手を握れるよ
「怪騎士、だって?」
『そうだ。我々組織に選ばれた人間は、《キッカイキー》で魔物の能力を付与された《
「ふざけるな! 俺たちは国を、民を守る騎士だ! そんな話を聞かされて、貴様らなどの思い通りにさせるものか!」
『もう手遅れなのだよ、クリストフくん。君もまた組織に選ばれた人間……君の身体は、既に我々の仲間として改造されているのだ!』
「なっ!?」
改造……つまり体を作り替えたというのか。
目の前の、騎士とは名ばかりのバケモノと同じ体に?
俄には信じられないという顔で、クリストフは叫ぶ。
「う、嘘だ! そんな馬鹿なことが!」
『信じる他ないよう、直に証拠を見せてやろう。――やれ、戦闘員ども!』
「ギギー!」「ギギー!」
アラクネナイトの背後の扉が開き、スケルトンモドキが何人も現われた。
戦闘員と呼ばれた骸骨男たちは、手に鉄の棒を持っている。
それでクリストフの体を打ち据えると、棒から電撃が迸った!
「ぐわああああ!?」
「クリス様!」
ルナスティアが助けに入ろうとするも、戦闘員に阻まれて近づけない。
そして、電撃に苛まれたクリストフの様子が急変する。
「や、やめ――やめろオオオオ!」
「ギギャ!?」
グッシャア!
がむしゃらに繰り出した拳が、戦闘員の頭を柔い果実のごとく粉砕!
派手に血飛沫が四散し、壁や床を赤く汚した。
一撃。二撃。クリストフが拳を振るう度、生々しい破壊音と共に血の雨が降る!
「ヒィ!? す、素手で人を叩き潰して――はうっ」
ヒロインは顔を蒼白にした挙句、ショックのあまり卒倒した。
魔物と命懸けで戦う騎士といえど、人を素手で肉塊に変える光景はあまりに惨い。それが魔物でなく、同じ人の所業というのが恐怖に拍車をかけた。
我に返った様子のクリストフは、愕然とした顔で己が血塗れの手を見やる。
「なんだよ、これ。なにも、なにも感じない! 手応えも、感触も、人を殺したのになんの感情も湧き上がってこない……!」
「クリス様……っ」
「――おっと! 近寄らない方がいいよ、ルナスティアさん。見ての通り、こいつはもう人間じゃない。人の皮を被った醜いバケモノなんだ」
クリストフに駆け寄ろうとしたルナスティアを、ヒャッケンが手で制す。
そして魔剣を取り出し、その切っ先をクリストフに向けた。
「な、なんだよ? なんのつもりだ?」
「もう演技は結構だよ。本当はお前も、この頭がおかしい連中の仲間なんだろ?」
「はあ!?」
「いきなりなにを言い出すんですの!? クリス様はあいつらに捕まって、無理やり体をいじくられてしまったんですのよ!?」
「僕にはもう、全てがお見通しさ。僕に決闘で負けて学園を追放されたお前は、自分の無能を棚上げして僕に逆恨みした。だけどクズのお前じゃ、僕には逆立ちしたって敵わない。だから力欲しさに、悪魔に魂を売ってバケモノになったんだろ!」
主人公に逆恨みしたクズ貴族が、邪悪な力を得て復讐を図る。
ヒャッケンの愛読書、『無能の僕でも、神に選ばれれば無敵の英雄になれる!』――通称『なれる!』シリーズではお約束の展開だ。
つまりはこのクズを始末し、ルナスティアが自分のヒロインに加わる流れ!
一分の隙もない完璧な推理。主人公様は強いだけでなく聡明なのだ。
……だというのに、物わかりの悪いルナスティアが邪魔をしてくる。
「やめなさい! クリス様はそんな方ではありませんわ! 学園を退学になった後も、御義父様のように立派な騎士になるべく努力を続けてきましたのよ! 修行の道中は剣や魔法の腕を磨くだけでなく、領民の声にも耳を傾けて! たとえ体がどう変わってしまっても、その気高い心までは変わりません――キャ!?」
「ゴチャゴチャうっさいなあ。クズの同情アピールとかどうでもいいんだよ!」
主人公とそれ以外で意見が違えば、常に主人公の方が正しいに決まっている。
そんなこともわからない馬鹿女はヒロイン失格だ。邪魔なので突き飛ばす。
「き、貴様ぁぁぁぁ! ルナになにをしやがるぅぅぅぅ!」
「ハッ! 本性が出たなクズ野郎! 怪しい儀式で力をもらって調子に乗っちゃったか? でも残念! 悪魔に魂を売ろうがなにしようが、クズは所詮クズ! お前は僕の最強っぷりを引き立てる、ただの踏み台なんだよおおおお!」
たかが人を肉塊に変える怪力程度、《チート》の魔剣に勝る道理がない。
勝利の確信に口元を歪め、ヒャッケンは魔剣でクリストフに斬りかかった。
バキン! ……乾いた音を立てて、魔剣の刀身が地面に転がる。
「え、嘘、折れた――アバァ!?」
「ギャオオオオ!」
咆哮するクリストフの赤い拳が、横っ面に深々とめり込む。
殴り飛ばされたヒャッケンの体は、矢のごとき勢いで分厚い壁を数枚ぶち抜いた。
☆☆☆
「ハアッ。ハッ。ハァ……!」
まただ。まるで力の加減が利かない。自分の体はどうなってしまったのだ。
クリストフは自分が置かれた状況を、未だ半分も飲み込めずにいた。
悪の組織。改造。怪騎士。魔物の力。人間でない。バケモノ。自分が?
なにがどうなっている。どうしてこうなった。己が短慮が原因で退学になり、父から未熟を正すため修行の旅を命じられて。こんな自分に付き添ってくれた、愛しい婚約者と共に旅をして。奇怪なスケルトンモドキに襲われて、それで――。
非現実的な体験に、全く理解が追いつかない。
しかし……生臭い血の香り。体内をなにか、別の生き物が這いずり回る異常な感覚。それら全て、この悪夢が夢でないと突きつけてくる。
「う、うああああ!? 手が、俺の手が!?」
そしてクリストフの手が真っ赤なのは、返り血のためではなかった。
両手が、朱色の鱗に覆われた異形に変じているのだ!
クリストフは必死に手から鱗を剥がそうとした。しかし鱗はビクともしない。
これが防具でなく自分の肉体そのものだと、感触で理解させられるだけだった。
『もう十分に理解しただろう? 作り替えられたその肉体では、もう《
「う、うう! うああああ……!」
大首領の言葉に、クリストフの心はもう限界だった。
こんな体になって、父にどう申し立てすればいい。
いや――そもそも自分は本当に父の息子、クリストフなのか?
この体は、まさに人の皮を被った怪物だ。体が人間でなくなって、心が人間のままだと誰が信じてくれる? もう、自分でも自信が持てないというのに。
いよいよ絶望しかけたクリストフの手に、そっと優しく触れる細い手が。
ルナスティアが、彼の異形の手に触れていた。
「る、ルナスティア!? 放せ、放すんだ! 君の手を、握り潰してしまう!」
「クリス様、覚えていらっしゃいますか? わたくしが初めてのダンスに怖じ気づいていたとき、あなた様が優しく手を取ってリードしてくださったときのことを。わたくしは、今も昨日のことのように思い出せますわ。ほら、スロースロークイック。三歩進んで二歩さがる――」
若干ズレたステップも含めて、それはクリストフにも懐かしい記憶を蘇らせる。
そうとも。だって自分は、初めて会った瞬間から彼女に夢中で。少しでもいいところを見せたくて、見栄を張ってよく知りもしないステップで彼女の手を――。
ふと気づけば、クリストフは自然にルナスティアの手を取っていた。
彼女に傷一つ付けることなく、美しき思い出と同じように。
「君の手を、握れるよ、ルナ……!」
「当然ですわ。あなた様はクリストフ=ライドレーク。ライドレーク公爵の自慢の息子。そして、わたくしが愛する最高の騎士なのですから」
溢れる涙が、心まで蝕みかけた闇を洗い落とすかのように。
鱗が消えて元に戻った手で、クリストフはルナスティアの手をギュッと握り返した。
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