怪騎士

「悪の組織、だって? つまり悪い組織ということか!?」

「自分から悪だと名乗るなんて、律儀な方ですわねえ」


 若干ズレた感心を抱きつつも、クリストフとルナスティアは緊迫した表情になる。

 一方、ヒャッケンは完全に小馬鹿にする態度で噴き出した。


「プッ。悪の組織? 世界征服? 仮装パーティーの会場かと思ったら、頭の残念なカルト集団の巣窟だったみたいだね」

「ちょっと、少しは空気を読んでくださる!? 彼ら、ただ者ではありませんわよ!」

「やれやれ。そっちこそ目だけに頼らず、もっと第六感を研ぎ澄ましてご覧よ。あいつら、魔力を全く感じないだろう? つまり格好だけの雑魚。もしくは邪神かなにかから力を授かったと思い込んでる、ただの妄想野郎さ」

「流石はヒャッケン様! 流石のご慧眼です!」


 魔力こそ騎士の強さの根幹。魔力なくして強さはあり得ない。

 従って魔力のない者など、地べたを這う虫けらに等しい最底辺の弱者だ。


 才能もなく、自分のように神から力を授かることもなかった。挙句怪しい邪教に縋った、憐れで救いようのないカスどもといったところだろう。

 全く選ばれなかった人間というのは、なんて惨めで滑稽なことか!


『愚か者め。我々の力を思い知りたいと見え……』

「ホイ、《業炎の剣》」


 言葉を最後まで待たず、炎の濁流が上階部分を呑み込む。

 グリフォンに使った火の魔剣の上位互換だ。あの無駄にしぶといスケルトンモドキも、これで焼き殺した。やはり自分のチートスキルは最強で無敵。当然のごとく、悪の組織(笑)とかいう道化も瞬殺だ。


 ヒャッケンはすっとぼけた口調で煽り散らす。


「あれれー? 我々の力が、なんだって? 思い知らせてくれるんじゃなかったかなあ? まさかこんな挨拶代わりだけで終わりとか――」

「言うわけないでしょ、バーカ」


 ヒロインでもルナスティアでもない女性の、呆れた声。

 上階部分を包む炎が払いのけられる。そこには、金属の糸が繭めいた半球を築いていた。糸が解けると、仮面をした三人は火傷一つなく健在だ。どうやら金属糸の繭が、あの炎から三人を守ったらしい。


 そして三人の他に、いつの間にか真っ黒な蜘蛛が壁に張りついていた。


「シュシュウウウウッ」

「アレは、蜘蛛の魔物? 金属の糸を吐いているということは、《スティールスパイダー》か? 確かに金属糸なら、炎に燃やされることもないが……あの火力をものともしないなんて。そこまで強力な魔物ではないはずだぞ」

「それに、なにか変ですわよ。あの蜘蛛からは、魔力も邪気も全く感じられませんわ。なによりあの、暗黒の塊のような姿――本当にアレは、わたくしたちが知る魔物の《スティールスパイダー》なの?」

「ありえません! スティールスパイダーなんて、ゴブリンと同レベルの下級魔物じゃないですか! そんな雑魚に、ヒャッケン様の攻撃を防げるはずが!」

「できるのよ。この、悪魔の鍵を使えばね」


 動揺するヒロインにそう返答したのは、蜘蛛の仮面をした女。先程の声の主も彼女のようだ。

 そして彼女の手には、奇怪な形状の鍵が握られていた。先端部分に宝玉が埋め込まれており、宝玉には蜘蛛の顔が刻まれている。


 まさか、あの鍵で蜘蛛を召喚したとでもいうのか?

 ヒャッケンたちの疑問を肯定するように、レリーフからの声が告げた。


『それこそ、我が組織が開発した《キッカイキー》。奇怪なる魔物の力と魂を封じ込めた鍵である。そして同時に、人間が内に秘めた《悪魔》を解き放つ鍵でもある。二つの魔がかけ合わさりて生まれる、新たな騎士の姿を見せてやるがいい!』

「仰せのままに、大首領」


 蜘蛛仮面の女が上階より飛び降り、台座を挟んでヒャッケンたちと向かい合う。

 肩にかかる長さの、黒のメッシュが入った銀髪。静かだが刃物めいて鋭い眼差し。

 まさに鋼鉄のごとく怜悧で無機質な美女だと、仮面の上からでもよくわかる。


 彼女がマントを広げると、黒衣に包んだ肢体も露わになった。スラリとした高身長と細い手足。それでいて出るところはしっかり出た、極上のスタイルだ。


 しかしそれらを差し置いて一同の目を引くのが、彼女の腰に巻かれたベルト。

 鍵と同様に、なんとも奇怪な形状だった。やけに大きなバックルは、中央にバイザー付きの鉄兜、両サイドに剣と盾が彫刻されている。騎士を象ったレリーフのようだが、交差するように鎖が巻き付き、宝箱にかけられた錠前のようにも見えた。


 女は鍵をバックルに横から差し込み、回す。

 すると鎖が弾け飛び、バックル部分が大きく展開!

 開いた兜の下には、差し込んだ鍵の宝玉部分が丁度良く収まっている。

 すなわち『』という、禍々しきレリーフに変貌したのだ!


 そして女は邪悪な呪文、あるいは厳かな祝詞めいて告げる。


「――変身」


『【スティールスパイダー】』『【ナイト】』『クロスアップ!』


 機械じみた声を発しながら、バックルが不気味な赤黒の輝きを放つ。

 バックルから暗黒色の粒子が噴出。全身を闇色に包み、黒地の革鎧を形成!

 次に暗黒粒子が鈍色の甲冑を形成。伸縮する鎖によって各部に装着していく!


「キシュアアアア!」


 最後は蜘蛛が暗黒の糸に解け、女の体を包み込む。

 そして――甲冑が異音を立て、蜘蛛糸を引き裂きながら異形へと変形!

 それはあたかも、蜘蛛が中から甲冑を食い破るかのようなおぞましい光景だ!


 手足の鋭い鉤爪。腰から生えた八本脚。スカート部分には蜘蛛の巣の紋様。

 兜に至っては、人の頭を蜘蛛にすげ替えたかのごとき冒涜的威容だ!


『ベルトの《カイキドライバー》に《キッカイキー》を差し込み、バックルを開錠することで、ドライバーの変身システムが解放される! ドライバーより供給される暗黒のエネルギーが、生体装甲《マノメタル》の鎧を形成! キーに宿る魔物の情報体プログラムに応じた形態に変異し、怪奇の騎士へと変身を遂げるのだ!』


「ご丁寧な解説をどうも!?」

「いや解説を聞いても全く意味がわからないんだが!?」

「というか、あの光って鳴って喋るベルトはなんなんですか!?」

「自らバケモノの姿に変わるなんて、正気かよ!?」


 慄けばいいのか、呆れればいいのか、一同は困惑するばかりだ。


 ……鎧に動植物の意匠を盛り込むというのなら、まだ理解できる。

 しかし目の前のコレは、まるで魔物そのものに――人ならざるモノへ成り果てようとするかのような狂気が垣間見えた。ヒャッケンたちの価値観、倫理観からすれば正気の沙汰ではない。

 単なる悪趣味では片付けられない異常さ、邪悪さが異形の姿に現われていた。


 蜘蛛頭の六眼を光らせ、魔物以上の怪物と化した女は、逆に怖気が走るほどなんでもない調子で笑う。


「シュシュシュッ。バケモノなのは否定しないわ。でもこの姿のことは、《アラクネナイト》――そう呼びなさいな」

「ナイト? これが、こんなものが、騎士だというのか?」


 ワナワナと声を震わすクリストフ。

 それに対しレリーフの声の主……大首領なる者は、高らかに宣言した。


『如何にも。これこそ、我々が支配する新しき世界の新しき騎士! 昏き心の闇を力に変え! 異形の鎧と、憎しみの剣で戦う者! 魔物の邪悪な力と、人の邪悪な心をかけ合わせた恐怖の化身! 怪奇の騎士――《怪騎士カイナイト》なのだ!』

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