フィアーズ・ノックダウン

 スケルトンモドキに散々袋叩きにされ、ヤケクソ魔剣ブッパでなんとか撃退した数十分後。

 ヒャッケンたちは、森の奥に隠された怪しい地下施設に潜入していた。


「やれやれ。まさかこの辺鄙な森にこんな、秘密基地みたいな場所が作られていたなんてね。いかにも悪者の隠れ家って感じじゃないか」

「まあ、入り口をあのスケルトンモドキが警備していたので、逆に物凄く目立ってましたけどね……。それにしても――コークスさんってば、こんな田舎にいたなんて。学園を退学になったばかりか、お家からも追い出されちゃったんですか? それで無能な婚約者と一緒に変質者退治で返り討ちとか! プークスクス」

「あなた、色々と失礼ですわよ! 家を追い出されたのではなく、御義父様からのお達しで、クリス様と共に修行中でしたの! 領内各地を巡りながら、魔物退治で村の方々をお助けしていましたのよ!」


 ヒロインの嘲笑に整った眉をつり上げて反論するのは、先程のスケルトンモドキから助けた美女。彼女は、ヒャッケンたちの顔見知りであった。


 ルナスティア=コークス。《勇騎士ユーナイト》を育成する学園の元同級生だ。

 伯爵令嬢であり、公爵家の嫡子……ヒャッケンとの決闘に負けて退学した、クズ貴族の婚約者でもある。婚約者に付き従う形で、彼女も一緒に退学していたのだ。


「ハッ。修行なんて口実で、事実上の追放じゃないですか。なにせ調子に乗ってヒャッケン様に決闘を挑んで、家宝の宝剣とやらまで持ち出した挙句、ヒャッケン様の魔剣に手も足も出ずボロ負け。家名に泥を塗った無能ですもんねえ?」

「売り言葉に買い言葉で、『負けた方が退学』などという無茶苦茶な条件の決闘に乗った短慮を咎められただけですわ! だからこそ退学を受け入れ、領内で謹慎しつつ心身を鍛え直すために修行中なのです!」


 そもそも! とルナスティアはヒロインに人差し指を突きつける。


「クリス様は、学園のルールを知らないあなたに注意をしただけでしょう! それを『身分差別』だの『僕がお前より強ければ問題ないだろ』だの、的外れな言いがかりで決闘をふっかけたのは、そちらの頭がおかしい男ではありませんか!?」


 ――やれやれ。出たよ、クズ貴族の婚約者が、主人公様に逆恨みする展開。

 全く主人公はつらいぜ、とヒャッケンは薄ら笑いで肩を竦めた。


 クリストフ=ライドレーク。ルナスティアの婚約者で公爵家の嫡子。

 家柄だけはご立派だが、所詮は血筋だけが取り柄のクズ貴族だ。


『馬鹿め! 平民と貴族では、勉強の進みに大きな差があるのだ! 我々貴族にはメイドや家庭教師を雇う金銭の余裕があるが、平民は家の手伝いで忙しかっただろ!』

『この訓練設備は、勉強が追いついていない貴様ら平民にはまだ早い! ちゃんと知識を身につけてから利用しないと危ないからね!』


 などと、主人公様の実力も測れない無知無能。

 主人公に口答えするクズ貴族など、惨めに負けて落ちぶれるのが当然の報いだ。

 クズを擁護する婚約者も同罪、と言うべきところだが――。


「ヒャッケン様! こんな反省も感謝も知らないクズども、やはり助ける必要なんてないですよ!」

「まあまあ。僕との決闘が退学の原因という意味じゃ、僕もあながち無関係とは言えないし? 変質者集団くらい、かるーく片付けてあげようじゃないか」


 それに……と、ヒャッケンはルナスティアの肢体を舐めるように一瞥する。


 縦ロールに巻かれた長髪は、薄紅がかった銀色。髪よりも赤味が濃い銀の瞳は、大粒の宝石のよう。外套の下は、動きやすい丈ながらも小洒落た深紅のドレスだ。そして重要なことだが、ドレスを押し上げる起伏はヒロイン以上に豊満だった。


 うん。思えば、親の都合でクズ貴族と婚約させられた彼女も被害者と言えるし? 自分の華麗な活躍を見て、ルナスティアが己の不明を認めるなら? 彼女もヒロインの一人に加えてやるのが、器も広い主人公の務めというものだろう。


 内心下品に舌なめずりするヒャッケンに、ルナスティアはフンと鼻を鳴らした。


「よくおっしゃいますわね。その変質者にボコボコにやられたのをもうお忘れ?」

「あんなのは、ちょっとグリフォンとの戦いに疲れたところで不意を突かれただけです! それか、あのスケルトンモドキの強さが異常だったんですよ!」

「なにをおっしゃってますの? 確かに見かけに反して、《トロール》や《オーガ》並みのパワーとタフネスでしたが……そのくせいくら倒しても、どこからともなく湧いてくるので手こずりましたけど。仮にもクリス様に勝った方が、あんな醜態を晒すほどの相手ではなかったはずです。あなた、怠けて腕が鈍ったのではなくって?」


 そっちこそなにを言ってるんだ、とヒャッケンは胸中で舌打ちする。

 トロールもオーガも、グリフォンより格下の《町村級》の魔物だ。スケルトンモドキが本当にトロールかオーガ程度の強さなら、自分がボコボコ――否、苦戦する道理がない。魔剣だって、グリフォンのときよりも全然効いていなかったのだ。


 ……しかし。裏を返せば、主人公の自分が苦戦するほどの相手に、ルナスティアごときが善戦していたのはおかしい。まるっきり話が矛盾してしまう。

 首を傾げて唸るヒャッケンに、ルナスティアは冷たい視線の温度を一層下げた。


「本当にアテにして大丈夫ですの? そのおかしな魔剣の案内もそうですが」

「助けてもらっている立場で厚かましいですよ! それにここまでたどり着けたのも、ヒャッケン様が操る《探知の剣》のおかげでしょう!」


 ヒャッケンの掲げた手には、矢印のような形の短剣がフヨフヨと浮遊していた。

 この魔剣は名前の通り、ヒャッケンが指定した対象を探知。その場所を剣の切っ先で指し示す機能があるのだ。刀身には詳しい距離や位置関係も文字で記されている。


 それに従って迷いなく、入り組んだ通路を進んでいくこと、さらに数分。

 やがて、一同は一つの部屋に行き着いた。


 扉に取っ手が見当たらないものの、近づくだけで扉は勝手に開く。

中は見たこともない機械と器具ばかりだが、なにかの実験室のように見えた。

 そして中央の丸い台座に、祭壇に捧げる生贄めいて横たわる青年が。


「クリス様! ご無事ですか!?」

「う……。ルナスティア、か? 俺は一体……」


 燃えるような赤い眼を開き、クリストフ=ライドレークは目を覚ます。

 暑苦しいくらいに真っ赤っかの紅髪。精悍な顔立ち。

 色白だが逞しい体つきは、貴族の坊ちゃんらしい恵まれた育ちが窺える。


 少なくとも外見上、学園にいた頃から服装以外は変わりない様子だ。もっと見窄らしくなった姿を期待していたヒャッケンとしては面白くない。

 四肢を鉄の鎖に拘束されているというのに、血色は良好なくらいだった。


「えっと、おはようございます? いや、暗いからこんばんは?」

「っ、うふふ。今は午後で、暗いのは地下室だからですわ。とにかく、ご無事のようでなにより。お待ちになって。今、拘束を――」


 バキン!


 クリストフが身体を起こした拍子に、両手の鎖はあっけなく引きちぎれた。

 これにはルナスティアも、大きな目をパチクリと瞬かせる。


「く、クリス様? 少し見ない間にその、とっても力持ちになられました?」

「なんだ、これ? 鉄の鎖、だよな? まるで、枯れ枝のように」


『ハッハッハッハ。生まれ変わった気分は如何かな? 力が漲るようだろう? クリストフ=ライドレークくん』

「だっ、誰だ!? 俺を拉致した連中か!? 気分は大変元気だぞ!?」

『――ヴァハハハハ!』


 まさか、天然ボケめいた返答がウケたわけでもあるまいが。

 頭上から、やたら邪悪そうな響きの高笑いが降ってくる。


 部屋は吹き抜けになっており、上階の通路部分に三人の人影があった。

 それぞれ鬼、蜘蛛、蝙蝠の仮面を付け、マントを羽織った奇怪な格好をしている。


 彼らの背後には、壁に異様なシンボルマーク。鷲を象った『F』と多頭の蛇を象った『K』、文字の間に一つ目が刻まれた、なんとも不気味なレリーフだ。

 そのレリーフから、妙に悪そうで威厳に満ちた声は発せられている。


『我々は《フィアーズ・ノックダウン》――世界が震撼する恐怖の軍団。陳腐な言い方をするなら、そう――世界征服を企む、悪の組織である』

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