第1話:怪奇! アラクネナイト

主人公なのに冷遇されてきた俺、【百剣】の力に目覚めて英雄になる

 ――英雄とは、主人公とは、『特別な力を授かった者』だ。

 他の誰にもない特別な力と共に、重要な使命や役割を授かる。

 誰も敵わないような強敵を打ち倒し、誰にもできないような偉業を成す。

 誰よりも強くて偉大で特別。それが英雄であり主人公というもの。


 つまり……この《百剣の英雄》こそが、この世界の主人公なのだ!


「燃え上がれ、《烈火の剣》!」

「グエエエエ!」


 ボオオオオ!


 鋼の鎧騎士が振るう剣から、灼熱の炎が噴いて憐れな敵に襲いかかる。


 鷲の頭に獅子の体。翼で羽ばたけば嵐を巻き起こすという巨獣。

《ストームグリフォン》……《ゴブリン》や《トロール》のような雑魚とは比較にならない。『どれだけの規模を破壊できるか』で大別される脅威度で言えば《都市級》――村はおろか、小さな町の一つや二つは軽く更地にできる強大な怪物だ。


 しかし、この《魔物》も運がない。

 主人公様の前ではゴブリンと等しく、引き立て役の雑魚に過ぎないのだから!


「舞い踊れ、《流水の剣》!」


 ザパーン!


 炎の剣が煙のように消え、手をかざせば虚空より新たな剣が出現する。

 今度は剣から水が溢れ出し、激流となって鷲獅子を打ち据えた。

 さらに次々と、手品のように現れては消える魔法の剣。

 百の魔剣を自在に操る。これこそが我が力だ!


 自分は他のモブどもとは違う。本当は誰よりも特別で優れた人間だ。

 それなのに、誰もそれを理解しない。自分を正当に評価しない馬鹿ばかり。

 馬鹿どものせいで常に不当な評価を受け、不遇に甘んじてきた。


 そんな可哀想な自分が、《神様》に正当な評価を受けて授かった、自分こそ世界の主人公だという証が、この力。

 すなわち、最強無敵の《主人公特権チートスキル》なのだ!


「轟け、《雷鳴の剣》! 《疾風の剣》! 《土豪の剣》! 《弓矢の剣》! 《猛毒の剣》! 《麻痺の剣》! 《投擲の剣》! 《治癒の剣》! 《鑑定の剣》! 《建築の剣》! 《無尽の剣》! それからそれから――!」


 バリバリ! ビュビューン! ドゴーン! ドガガガガガガガガ!


■■■■■ヒャッケン様! もうグリフォンは息していません!」


 興が乗ってきたところに制止をかけるのは、我がヒロインだ。


 清楚可憐自分以外の経験ナシお淑やかで謙虚なんでも言うことを聞いて逆らわない気品ある貴族令嬢親の金と権力

 なにより、自分のことをわかってくれる良き理解者やることなすこと全肯定

 正当な主人公のパートナーとして申し分ない、素晴らしい女性だと言えよう。


 手を止めればなるほど、グリフォンは息がないどころか、原形を留めていないほぼ挽肉の有様。ちょっとばかしやり過ぎたようだ。

 ここは最強でも謙虚な主人公らしく、頭を掻いてとぼけて見せる。


「あっれー? 僕ってばまーたやっちゃったかー。ちょーっと実力のほんの一端を見せたばかりだったんだけどなー。散々強敵だって念押しされたけど、意外と大したことなかったなー」

「流石はヒャッケン様! あれだけ多種多様な魔剣を使いこなして、まだ全力ではないだなんて! あなたの強さはまさに天井知らずですね!」


《鎧》を解いて制服姿に戻ったヒャッケンに、ヒロインが抱きついてくる。

 押しつけられる胸の感触に、思わず顔がにやけそうになるのをこらえた。

 ――これこれ! これこそが、正当に評価された僕の正当な人生!


 一年生の頃は不当にも、《学園》で落ちこぼれのレッテルを張られてきた。

 しかしチートを与えられ……否、取り戻した二年生からは違う。


 昇級試験では、手加減しても会場を破壊するほどの圧倒的な力を誇示。

 課外授業でも、突如乱入したドラゴンを二秒で瞬殺。

 偉そうな態度のクズ貴族は決闘でボロ雑巾にしてやり、因果応報の退学だ。


 どんな敵にも余裕で圧勝し、誰も彼も(特に美女)が自分を称賛する。

 長年の不遇が報われたバラ色の勝ち組人生は、これから先も永遠に続くのだ!


「それに貴重な休暇を、恵まれない村人たちを救済するために使うだなんて! ヒャッケン様は強いだけでなく、正義感と博愛精神の持ち主なんですね! 素敵!」

「いや~。騎士として当然の務めだよ。戦う力のない人々に代わって魔物と戦い、国と民を守護する。それが僕たち《勇騎士ユーナイト》の使命、だろ?」


 主人公らしいセリフと共に白い歯を光らせつつ、ヒャッケンは右手の腕輪……あの鎧騎士の姿へ変わるための魔道具を掲げた。


 ――太古より《魔物》は人間の天敵だが、ここ近年は急激に凶暴化している。

 特に問題なのは、魔物が発する邪気の増大だった。並の人間では対峙しただけで邪気に体を蝕まれ、最悪命を落としてしまう。


 これに対抗するべく、魔法の叡智と錬金術の技術で誕生したのが《勇騎士》だ。

 邪気を一切受け付けない、聖なる魔力で構成された戦闘体に姿を変換。生身の人間の限界を超えた、まさに超戦士へと《変幻へんげん》する。


 ――尤も。自分の『これ』は、他のモブ騎士どもとは格が違う『別物』だが……。


 ともかくその性質上、勇騎士になるには高い魔力精製量が必須だ。つまり貴族を中心に素養の優れた、一握りの人間しか適性がない。そのため王国騎士団は常に人手不足で悩まされている。ましてや、地方の寂れた村々まで助ける人員の余裕など。


 故に。主人公様がこうして、憐れな村人たちを救済して回っているのだ。

 なにせ我が【百剣】は無敵にして万能。遠距離転移、仮拠点建築、料理に裁縫に治療とできないことはない。


 どこの村人も噎び泣いて感謝し、ヒャッケンが神であるかのごとく平伏した。

 当然のこととはいえ、正当に評価されるというのは全く気分が良い。


「それに引き換え、領主が派遣したという騎士の不甲斐ないこと! 村を脅かすグリフォンを討伐できていないばかりか、盗賊を追いかけたきり行方不明だなんて!」

「まあまあ。正確には『なんだかとにかく怪しい人影』だし、なにか重大な事件に巻き込まれたのかもだ」


 思ってもいない言葉で、ヒャッケンはヒロインを宥めすかす。

 自分たちがこうして森にいるのは、村の近くに居座るグリフォンの退治だけが目的ではなかった。


 なんでもヒャッケンたちが来るより前に、領主から派遣されたという男女二人の騎士が訪れたらしい。彼らによってグリフォンは一度撃退されたのだが、今度は村の子供たちが『怪しい人影』を森で見た。


 まず男の騎士が調査で森の奥に入り、一向に戻らないまま一週間。

 焦れた連れの女騎士も森に向かった矢先、グリフォンが村の近くに戻ってきたのがつい先日とのこと。

 そこでヒャッケンたちは、二人の捜索も請け負ったのだ。


「役立たず騎士の無事まで案じるなんて、ヒャッケン様は本当に優しいです!」

「やれやれ、大袈裟だよ。ちょっとした人助けじゃないか」


 そうとも。これは純粋な人助け。英雄として、主人公としての善行だ。

 だから――この地方が、退学したクズ貴族の家の領地なのも単なる偶然。


 もしも行方不明の騎士が、情けなくも盗賊に捕まったクズ貴族で。

 思わず指を指して笑ってしまうような、無様に落ちぶれた姿をさらしたとしても。


 これは作為でなく、言わば物語のお約束。主人公様に刃向かったやられ役の自業自得。せいぜいざまあと笑ってやるのも主人公の義務というものだ。


 ニチャニチャと粘つくような笑みを内心だけに留めながら――少なくとも当人は隠せているつもりで、ヒャッケンは森の奥へと進んだ。


「それにしても……子供たちの説明は、どうも要領を得ませんでしたね。賊なのか、魔物なのか、はたまた不審者なのか。とにかく一目で『怪しい!』『悪者っぽい!』とわかる、なんとも奇怪極まりない格好だったそうですが――」



☆☆☆



「なんっだぁ、アレ?」

「確かに、一目でわかる怪しさですね……」

「ギギー!」「ギ?」「ギギ!」「ギー!」


 森に入って十分前後。ヒャッケンとヒロインは、なるほど説明に困る、なんとも奇怪な見目の不審者たちを発見した。


 一見して《スケルトン》――人骨が邪気で魔物化したアンデッドに見える。

 しかしよくよく見れば、どうやら生きた人間らしい。黒地の革鎧に、上から骸骨を模した装甲が貼り付けてあるようだ。頭にもこれまた髑髏の兜を被っているのだが、妙に丸っこくて奇妙な愛嬌というか、間抜けっぽい印象を受ける。


 なんたる悪趣味か! ただでさえアンデッドなど、死者を冒涜する忌むべき怪物。そのおぞましき姿に扮し、ヨタヨタと道化のごとく振る舞うなど、神や聖職者に喧嘩を売っているとしか思えない!


 ヒロインもあまりの奇態に、怒りを通り越して困惑が隠せない様子だ。


「え? なんです、アレ? 魔物の仮装? 新手の邪教信者? ああも不審な格好で、あんなに白昼堂々動き回るなんて正気ですか? というかさっきから奇声しか上げていませんけど、まさか鳴き声? やはり新種の魔物とか?」

「ま、まあ、なんにせよ悪党には間違いなさそうだよ。……拉致誘拐の真っ最中みたいだし、ね」


「ギギー!」

「この! いい加減、しつこいですわよ!」


 奇怪なスケルトンモドキたちは、一人の女性を取り囲んでいた。

 外套のフードで顔はよく見えないが、声からして美女に違いない。

 女性は慣れた剣捌きで、スケルトンモドキに立ち向かっている。が、なかなかに手こずっているようだ。


『【炎よ/熱く激しく燃え上がる/紅蓮の矛となりて/敵を焼き穿て】』

「【フレイム・ジャベリン】!」

「ギギー!?」


 女性の紡ぐ言霊が、光の幾何学模様を宙に描き、そこから炎の槍が放たれる。


『詠唱』と『魔法陣』を用いた攻撃魔法――それも『発火』『成長』『形成』『射出』と、たった四つの術式で構成された中級魔法。火力もかろうじて一人を仕留める程度。まさにモブ・オブ・モブ。騎士としては凡庸も凡庸な力量。


 無詠唱無動作が当たり前の主人公様に比べれば、憐れな犬猫レベルだ。

 逆に言えば敵は、犬猫が手こずる程度の虫けら同然ということ。

 それに邪気はおろか魔力も全く感じられないし、見かけからして雑魚だ。


 やれやれ。また一人、麗しい女性の心をかっさらってしまうか。

 魔剣を手にしたヒャッケンの体は、羽根のように軽くなって加速。たちまち、次々とスケルトンモドキの首を切り飛ばして瞬殺する! ……


「《閃光の剣》――あだっ!?」


 ガキン!


 嫌な手応えが返ってきて、思わず剣を取り落とす。捻った手首が痛い。

 切り飛ばすどころか、一人目の首に刃が弾かれたのだ。

 当のスケルトンモドキは蚊に刺された程度の反応で、首を傾げて見せる。


「ギギ?」

「え? は? ちょ、たんま「ギギー!」ぶべらぁ!?」


 骨の装甲で角張った拳が、ヒャッケンの顔面にめり込む。

 久しく忘れていた殴られる痛みと恐怖に、ヒャッケンは汚い悲鳴を上げた。





 ――その光景を、『蝙蝠の姿をしたメカ』の目を介して見つめる者が。


「どうするのよ? なんだか、『ハズレ』まで網にかかったみたいだけど」

「なに、ハズレと決めつけるのは早計さ。《ヒーロー》も、初めのうちは力に溺れたクソガキ、ということは稀によくある。肝心なのはこれから……我々という悪を前にして、《英雄》と成り得る資格を証明できるかどうかだ。ヴフ、ヴァハハハハ!」

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