後編:悪の大首領フィナーレ

「さあ――劇的に楽しもうか。この、最期のショータイムを!」

「っ。これで終わらせる!」


 次の一撃で決着がつく――ブレイブはそう直感した。

 玉座の間から飛び出し、大首領フィアーを追って降り立った先。要塞中央部の建造物になにがあるか、彼は既に知っている。


 バララララッ!


 建造物の外壁が、ツギハギの継ぎ目をほどくようにして分解を始めた。

 中から姿を現すのは、回転する二重の金属環に囲われた黒い天球だ。

《ブラックホールエンジン》! 百年以上、一足飛びに進んだ現人類の科学力でも手に余る、オーバーテクノロジーの産物。地球を消し飛ばす特大の火薬庫!


「ヴァハハハハ!」


 その黒い天球から闇色の粒子が溢れ、それがフィアーの体に吸い込まれていく。

 疑似ブラックホールの中、ホーキング放射と共に「次元の向こう側」から流れ込む、暗黒のエネルギーを吸収しているのだ。


 莫大な力をチャージし、フィアーが狙うは最大最強の必殺技。

 それを迎え撃つべく、ブレイブも必殺技の構えを取る。


 ――同時にブレイブは、地球を救う唯一の活路を見出していた。

 ――ブラックホールエンジンを、大首領ごと吹っ飛ばして爆発させるのだ。


 二重の金属環は、疑似ブラックホールを極小サイズに留めるための重力制御装置。

 これを破壊すれば疑似ブラックホールが暴走。要塞を呑み込んだ後、成長を上回る急激なホーキング放射を起こして蒸発する。


 巻き起こる重力の渦は地球にこそ届かないが、この要塞にいる何者も逃すまい。

 大首領は勿論、ブレイブのことも。


「…………」


 ブレイブは後方の地球を振り返った。

 母なる青い星。その輝きの価値を、真剣に考えたことなんてなかった。

 こんな体になる以前は勿論、なった後もただひたすら、必死に戦い続けてきた。


 でも、そこには友がいる。頑固な育ての親父がいる。生意気な弟分がいる。

 守るべきたくさんの人々がいる。そして一番守りたい、大切な人がいる。

 十分だ。命を懸ける理由なんて、それで十分過ぎた。


「勝負だ! 大首領ォォォォ!」

「来い! ヒィィロォォォォ!」


 鉄と血に塗れた戦いの記憶。愛しい人たちとの思い出。胸を駆け巡る感傷。

 その全てを振り切るように、ブレイブは走った。

 フルパワーのエネルギーで全身が光り輝き、一条の白い流星となって跳ぶ。


 対するフィアーも、暗黒の流星となって跳躍。

 二つの流星が宙を駆け抜けて――互いの必殺キックが、激突する!


 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!


 せめぎ合う光と闇が、銀河の誕生めいて渦を巻いた。

 ガッチリと噛み合う両者の蹴り足。

 その一方…………ブレイブの足に、見る見る亀裂が広がっていく!


「ぐ、うううう!」

「ヴァハハハハ! どうした!? 貴様の力は、貴様の勇気はこの程度なのかあ!?」


 そも、エネルギーの差が違い過ぎる。

 フィアーはブラックホールエンジンから、莫大なエネルギー供給を受けているのだ。仮に身体性能が互角だったとしても、勝てる道理がない。


 やがて亀裂がブレイブの全身に広がっていき、仮面も割れた。

 これまでか。露わになった素顔に、諦めと絶望が浮かぶ。


 ――そのとき、不可思議なことが起こる。


 光の粒が、ブレイブの視界を横切った。自身が発したモノではない。蛍火のような、儚くもどこか温かい光。それが一つだけでなく、いくつもいくつも。

 それらは、遙か地球から降り注いできていた。


『頑張って!』

『負けないで!』

『どうか、この星を守って!』

『あなたの勝利を信じている!』


「これは、皆の想い……!」


《ウィル・オー・ウィスプ》――脳波の電気信号に含まれる、意志を司る光の情報体。近年、ある天才科学者が発見した粒子だ。


 地球にいる全ての人々の想い。その声が《ウィスプ》に乗り、なんらかの奇蹟……あるいは地球の科学者たちの手で、ブレイブの元まで送り届けられているのだ。

 これは単なる光波通信。力なき弱者の無責任な応援に過ぎないと、目の前の大首領ならば嗤うだろう。


 しかし! 声援を力に変えることこそ、ヒーローの条件ならば!


『――約束だよ。きっと、きっと私たちの下に帰ってきて!』


「ウオオオオオオオオ!」

「なんだ、これは? 一体、貴様になにが起きている!?」


 皆の声が、魂を震わせる。

 魂の震えが、肉体を突き動かす。

 そして……崩壊寸前だったブレイブの体が、光を取り込んで再生していく!


「これは、俺一人だけの力じゃない! 皆の勇気が、希望が、絆が、俺に力を与えてくれている! 皆が支えてくれたから、ここまで来られた! 皆がくれた力で、皆を守る! これが本当の、ヒーローの力なんだ!」

「馬鹿な。そんなもので私が、我が究極の肉体が……!」


 カアアアアッ!


 極限まで高まる光。白銀でなく、大首領の黄金とも似て非なる輝き。

 それは温かくも力強い山吹色。昇りゆく太陽の輝きだ!


「ダアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!」

「ガ、ハッ――!」


 ドッガアアアア!


 太陽の輝きを込めた必殺キックが、大首領のキックを打ち破って炸裂する。

 くの字に体を折って吹き飛んだフィアー。

 ブラックホールエンジンの金属環に衝突し、なお勢いは止まらなかった。


 台座部分ごとエンジンが引き剥がされ、黒い天球は地球から遠ざかっていく。

 回転を無理やり止められた金属環が次第にひしゃげ、ついには砕け散った!


「ヴフ。ヴァハハッ。ヴァハハハハ――アアアアアアアアッ!」


 この期に及んでの高笑いは、敗北を受け入れられないがための狂乱か。

 フィアーの断末魔の叫び声は、無音の爆発にかき消された。

 疑似ブラックホールのメルトダウンだ。解放された重力の渦が要塞を、ホーキング放射の熱波で端より溶かし崩しながら呑み込み始める。


「くうううう!」


 ブレイブは床にしがみつき、重力の吸引にかろうじて抗っていた。

 しかし、堪えるので精一杯。ブラックホールから逃れるだけの余力はない。

 要塞もろとも引きずり込まれるのも、もう時間の問題だった。


「ごめん、ミドリさん。やっぱり、帰れそうにないや……」


《ヒーロー》の仮面が外れ、一人の青年の弱々しい声で、ブレイブ――五郷勇いさと ゆうは独りごちる。

 地球は救えた。皆を守れた。唯一の心残りは、約束を守れなかったこと。

 いや、唯一なんて嘘だ。死にたくない。生きたい。皆のところへ帰りたい。


 ――あたかも、その願いに応えたかのごとく。

 一筋の「黒い閃光」が走り、ブレイブを拾い上げた。


「これはまさか、大首領のマシン!? なんで――」


 ブレイブ自身のバイクは要塞突入時に大破している。厳つい黒金のバイクは、大首領フィアーが愛用していたマシンに相違なかった。

 このマシンを遠隔操作できるのは、フィアー本人以外にあり得ないが――


「…………クソッ」


 わけがわからないが、九死に一生を得る助け船なのは確かだ。

 ブレイブはバイクのハンドルを握る。詳細は不明だが、このマシンは重力の影響を受けずに飛行できるらしい。

 愛する人々の下へ帰還するべく、ブレイブは要塞より飛び立った。


 …………その姿を、バラバラに砕け散った死に体のフィアーは、瞳を輝かせていつまでも見送る。



「そうだ。行け。颯爽と凱旋するといい」

「バイクで風を切り、マフラーをなびかせながら、最高にかっこよくな」

「これでいい。悪は倒されて、めでたしめでたし。物語はそうでないと」

「誰も信じやしないだろうが、俺はハッピーエンドが好きなんだ」

「ヒーローもハッピーエンドも、苦難を乗り越えた先でこそ輝く。そうだろう?」

「愛も勇気も絆も正義も、結局最期まで理解できないままだったが」

「それを胸に戦うヒーローの輝きは、心ゆくまで堪能できた」

「ああ、楽しかった! 大満足だ! ヴァハハハハ!」

「でも…………本当は、まだまだ、遊び足りないなぁ」



 二〇七三年二月一〇日。地球存亡を賭けた最終決戦が終わった。

 人々は遙か空の彼方に見た。悪の居城が、暗黒の爆発に呑まれて消えるのを。

 そして……闇を突き抜ける、白銀に輝く一条の流星を。


 朝日に照らされた日本の青空を、バイクが走る。

 平和を取り戻したヒーローが、皆の下へ帰ってくる。

 こうして、一つの物語が幕を閉じたのであった。









 …………。

 ……………………。

 …………………………………………?


 ふと、大首領フィアーは意識を取り戻す。

 自分はヒーローとの最終決戦に敗れ、ブラックホールに呑まれて消滅したはず。

 なぜ、生きている? あるいは、ここがあの世とやらか?

 目を開くと、こちらを覗き込むいくつもの影が。


「グギ? グギャギャ」

「ギチギチギチギチッ」

「コポポポポ」

「グオオオオン」


 緑色の醜い小鬼。大型犬ほどもある巨大昆虫。動き回る不定形の粘液。

 果てはその背後で、巨大な竜が悠然と歩いていた。

 見たことのない植生の森。フィクションでしか見たことのない異形の怪物。


 どう見ても地球ではない。というか、あからさまに異世界的なアレの光景だ。

 あまりに非現実的な状況に、フィアーはしばし考えた後……笑う。


「こいつは――劇的におもしろいことになったなあ。ヴァハハハハ!」

「グギャー!?」


 半壊した体を起こす。手始めのサンプルとして、間近にいた小鬼の首根っこをふん捕まえた。キラキラと輝くフィアーの目は、新しい玩具を見つけた子供そのものだ。


 原因だの真相だのは、これから「楽しみながら」追求していけばいい。

 終わらなかったということは、まだまだ遊べるということ。

 次の物語のため、この異世界(仮)ではどんな「悪」を始めようか。


 一度死んだはずの身とは思えない、実に生き生きとした顔で、悪魔は高笑いした。

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