悪の大首領の異世界征服

夜宮鋭次朗

最終回:悪の組織壊滅! 大首領の最期

前編:悪の大首領オリジン

 どこにでもいる子供のように、『彼』はヒーローが大好きだった。

 世界征服を企む悪の組織。それに敢然と立ち向かう正義の戦士。

 平和を脅かす怪奇事件。恐ろしい怪物たちとの死闘。

 手に汗握る劇的な物語の数々に、毎週心を躍らせたものだ。


 ――こうしている今も、どこかで平和のため、ヒーローが悪と戦っている!

 そう無邪気に信じながら、変身ベルトを身につけて駆け回った幼年期。

 しかし、


『バッカじゃねーの? あんなの、ぜーんぶ嘘っぱちの作り話なんだぜ!』


 近所のガキ大将の、馬鹿にした笑い声。

 夢が音を立てて砕け散る。輝かしい幼年期は、あっけなく終わりを迎えた。





 それから中学二年生になるまでに、彼も多少は現実というものを学んだ。

 テレビや映画に出てくるような、巨大な悪なんてどこにもいない。

 当然、それに立ち向かうヒーローも。


 世界の存亡をかけた壮大な戦いはおろか、戦士と怪物の死闘さえフィクションで。

 現実にあるのは、いじめ・虐待・汚職・わいせつ・通り魔……果実がグジュグジュに腐っていくような、なんの面白みもない退屈な悪事と悲劇ばかりだ。


 つまらない。つまらない。宇宙から侵略者でもやって来ないだろうか。

 現実のヒーローとして挙げられる消防士も、火事が起こらなければ出番がない。

 火事なんて、そうそう都合良く身の回りで起こるものでもなし。


 ――そしてある日、ふと思い立った少年は。

 使


『ぎゃああああ!』

『助けて! 助けて!』

『大丈夫! 必ず助けます!』


 あちこちへ仕掛けたガソリンに引火し、火の海となる住宅街。

 響き渡る住人の悲鳴。ある者は逃げ惑い、ある者は焼け死んでいく。

 まさに地獄絵図。実に悲惨で壮観な光景だ。

 そして、そこへ人々を救わんと飛び込む消防士の勇姿といったら!


『……アハッ。そっか。こうすればよかったんだ』


 手に汗握る救出劇をカメラに収めながら、少年は悟った。

 消防士の活躍が観たいなら、火事を起こせばいい。

 テレビだけに出てくるヒーローの活躍が、現実で観たいなら……

 砕けた夢が、形を歪めて蘇る思春期。ここから野望は始まった。





 十数年後。大人になった彼は、科学者となる。

 人類の外宇宙進出を百年早めた天才――世間は彼をそう称えた。

 愚かな大衆は知らない。その功績の裏で、どれだけの人間が犠牲になったかを。


 何十万という人間を切り刻み、倫理も道徳も顧みぬ非道な実験を繰り返し。

 築き上げた富と名声を大いに悪用。人知れず科学を二百年先まで発展。

 ついには荒唐無稽な「悪の組織」を現実のモノとし、彼は世界征服を開始した。


 全てはそう、己が『夢』のために…………。



☆☆☆



 地上より高度二〇〇キロメートル。

 巨大な建造物が、地球の重力に引っ張られてゆっくりと落ちていく。

 宇宙要塞《テュポーン》――気象掌握兵器《ケラウノス》によって、地上に天災を振りまいた悪魔の居城だ。

 その最上層、玉座の間に当たる場所で対峙する者が二人。


 どちらも昆虫めいた装甲に身を包む、異形の仮面を被った戦士だ。

 片や黒と金、魔王のごとき禍々しい威風を放ち。

 片や白と銀、異形の中に騎士のような清廉さを宿す。

 悪の《大首領》と正義の《ヒーロー》が、今まさに最終決戦を繰り広げていた!


「ヴァハハハハ!」

「う、ああああ!」


 哄笑と絶叫。殴り合いとは思えない破壊音が交差する。


 グシャア! ――大首領の拳が、ヒーローの腹部を粉砕!

 ザン! ――ヒーローの手刀が、大首領の左腕を切断!

 ベキャア! ――大首領の蹴りが、ヒーローの膝関節を破壊!

 ゴキン! ――ヒーローの掌底が、大首領の首関節を捻転!

 バゴン! ――互いの拳が正面衝突し、共に爆発四散する!


 飛び散る血飛沫と肉片。いずれも明らかな致命傷だ。

 そして次の瞬間には、全ての損傷が再生。何事もなかったかのように、猛然と殴打の応酬を続けていく。


 互いの超能力を封じ合っての、原始的な殴り合い。

 しかし共に、人はおろか生物の枠を逸脱した超存在同士。ただの拳と蹴りが互いの肉体を一撃で砕き、瞬時に再生しては殴り合うの繰り返しだ。

 文字通り血を血で洗う凄絶な戦いは、まるで果てが見えなかった。


「楽しいなあ、ブレイブ!」

「なにが、なにが面白いと言うんだ!? フィアー!」


 恐怖を冠する大首領は楽しげに笑う。

 勇気を冠するヒーローが悲痛に叫ぶ。


「地球が、世界が滅びようとしているんだぞ!? 自然も、国も、そこに生きる人間も動物も……全てが跡形もなく消えてしまうんだ!」


 両者の戦いに終わりは見えない。しかし、地球の終わりは目前に迫っていた。

 要塞は大気との摩擦で赤熱しながら、しかし形を殆ど保ったまま落下している。


 このまま地上に激突すれば、動力源である《ブラックホールエンジン》が爆発。

 解放された疑似ブラックホールは、地球上のあらゆるものを吸収して成長。

 本物のブラックホールと化し、最後は地球そのものを丸ごと呑み込むことだろう。


「なぜだ!? なぜ世界征服の野望が潰えてなお、戦いをやめようとしない! 大勢の人々の命を奪った果てに、支配すると言った世界まで消し去ろうとする! 一体なんのために、こんなことを!」

「なんのため、か。全てはそう――今、この瞬間のためだ」


 互いの顔面を砕くクロスカウンター。距離が開いたところで一時手を止める。

 フィアーの体は小刻みに震えていた。苦痛からではない。恐怖からでもない。

 溢れ出す感動と興奮。万感の思いを表現するように、両腕を広げて叫んだ。


「見ろ! 地球が滅ぶかどうかの瀬戸際! 世界の運命を左右するバトル! まるで映画のクライマックスだ! 子供の頃に憧れた夢の舞台そのもの! なんて心が躍る、劇的なシチュエーションだろう! 貴様はワクワクしてこないか? 俺は凄くワクワクしている! 今、俺たちのいるここが世界の、いや宇宙の中心なんだ!」


 テレビで、映画で、ヒーローショーで。

 近くて遠い観客席から眺めるだけだった、現実にはない物語の世界。

 その真っ只中に今、自分たちは立っている。ラスボスとして、主役として。

 フィクションではないリアルで! 芝居ではない本物として!


 …………ここまでたどり着いた彼となら、あるいはこの感動を分かち合えるかとも思ったが。

 そこはやはり真のヒーロー。ブレイブの拳を震わせるのは、義憤と使命感だ。


「ふざ、けるな! これが映画だっていうなら、ここでもう幕引きだ! お前を倒して、ハッピーエンドで終わらせてやる!」

「ヴァハハハハ! やれるものなら、やってみるがいい!」


 再び肉薄し、打撃の応酬が開始される。


 ――ブレイブに勝ち目はない。

 フィアーは大首領にして、組織の最強怪人だ。

 これまでの作戦、実験、ブレイブとの戦いで集めたデータ。

 そして研鑽された技術の全てを集約した最高傑作が、この身体。


 確かにブレイブも長きに渡る死闘を通じ、組織の計算を超える独自の成長と進化を果たしてきた。それを考慮してなお、フィアーの身体性能は全てにおいてブレイブを凌駕している。


 パワー、スピード、敵の破壊・殺害に躊躇しない冷酷さ。

 ブレイブが勝るとこは何一つない。計算上、負ける要素は完全にゼロだ。


 ――それなのに。

 なぜ、こちらの方が、打ち負けているのか!?


「負けない。負けられない! 守り切れなかった生命のために。まだ守ることができる未来のために。皆が信じている、俺自身が信じる希望のために! こんな戦いは、ここで終わらせなくちゃいけないんだ!」

「なんだ。全てが我に劣る貴様の身体に、どこからこんな力が……!?」


 打ち合いのダメージはブレイブの方が大きい。

 再生力も落ち、白銀の装甲は見窄らしくボロボロになっていた。

 しかし、徐々に後退りしているのはフィアーの方だ。


 肉体の損傷は都度完璧に修復している。一方で、目に見えない違和感があった。

 完璧な肉体の歯車が、少しずつ狂わされていくような「歪み」の蓄積。


「砕け散れええええ!」


 なにが起こる。なにを見せてくれる。困惑と焦燥と、期待感を抱きながら。

 ブレイブの頭をひと思いに砕く力を込めて、フィアーは致命の拳を繰り出す。


 グッシャア!


「ッ――ダアアアアアアアア!」

「グ、ガアアアアアアアアッ!?」


 紙一重で避けたブレイブの、カウンターの一撃が逆に突き刺さった!

 身体性能では説明の付かない拳の「重み」が、フィアーの体を彼方へ弾き飛ばす。


 ヒュウウウウ…………ドッガアアアア!


 玉座を飛び越え、ガラス張りの天井を破り、低重力低酸素の宙空を一直線に突き抜けて。バックスタンドに叩き込まれるホームランボールめいて、要塞中央部の建造物にフィアーは激突した。


 ややあって、外壁に埋まった体を引き剥がす。全身に走る傷から火花が散った。

 損傷が再生しない。先の一撃で、完璧なはずの肉体に狂いが生じたようだ。


 なぜ打ち負けた。なぜ追い詰められている。計算がまるで合わない。

 その不合理が、理不尽が…………フィアーは、楽しくて仕方がなかった。


「グゥ、フフッ。――ああ、そうだ。世界征服なぞ、ただの口実。俺が本当に欲しかったものは今、目の前にある」


 地球の裏側から太陽が顔を出す。日本よりやや先んじて届く朝日。その光が、こちらへ迫るブレイブの姿を照らしていた。

 ああ。なんて、眩しいのだろう。この輝きこそ、自分が待ち焦がれていたものだ。


 日々量産される怪人の中で、ちょっとしたバグのように生まれた脱走者。

 組織に離反し、人知れず人々を守ろうと立ち上がった裏切り者。


 彼のあまりにちっぽけな反逆は、しかし次第に多くの協力者を集め、ついには世界中の人々を一つに団結させた。その結果、世界中で暴れた怪人軍団は壊滅。この宇宙要塞も沈黙した。


 ブレイブ。勇気を冠し、悪の脅威にさらされた人々へ勇気を与える戦士よ。

 彼こそが、このつまらない世界に現れた、本物のヒーロー!

 悪の組織も。怪人軍団も。世界征服も。全てはただ、彼と戦う遊ぶために。


「さあ――劇的に楽しもうか。この、最期のショータイムを!」


 狂おしいほどに名残惜しいが、最高の盛り上がりを最高の形で締め括ろう。

 全ての幕を引くべく、大首領は最後の一手を切った。

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