第十話 『治安維持のための冒険者雇用!?』 その47


 早朝からアオに二人乗り。数時間前に抱いたばかりの女が、また腕のなかにいるってのは、征服欲を満たしてくれるものだったよ。まとめた長い黒髪からはみ出る、白いうなじがセクシーだ。キスのあとをつけて、主張したい。


「ダーリン。鼻息が荒いぞ」


「おお。悪いな……誰よりも知っていると思うけど、スケベなんだ」


「う。うむ。スケベだよな、ほんとうに。戦女神ロカにしかられてしまいそうだ……」


 耳まで真っ赤にされると、嬉しくなるね。スケベなレスリングで、あますところなくオレのものにしてやった美女の純情さを感じながら。


 でも。


 恋人同士のレスリングは、レディーファーストが基本だ。やさしく腕を絡めて、抱きしめてみる。


「まだ朝は寒いからね」


「……うん。こういうおだやかなのがいい。そういう気分だ」


「だと思ったよ」


『ふふふ。なかよしで、なによりですね』


「ああ。仲良きことは美しい」


 アオの足音が、まだまだ寒い春の朝に響いた。のんびりとした歩行で十分だろう。すぐに、ドワーフの大工たちの会社が見えてきたから。朝もやのなかに混じり、大工道具を研ぐ音が聞こえてくる。


 労働歌/ワークソングもな。単調かつ力強い野太い声が、大工道具の研ぎ作業に用いられていた。棟梁のドワーフの動きに、ほかの大工ドワーフたちがリズムを合わせながらシャリシャリとカンナを研いだり、ノミを研いだり。


「いい音だよなあ」


「働き者の歌は、好ましい」


『しゃりしゃりと、はがねがいいおとをひびかせてきますね』


「朝一だからな。眠気覚ましに歌ってもいるんだろう。ドワーフが本気で研いだ大工道具の切れ味なんて、指が心配になっちまうから」


 彼らの硬くぶあつくなった職人の指先にだって、油断していたら大きな傷をあたえかねない。真の商売道具である指を守るためにも、彼らは早朝から労働歌を歌っているのさ。


 それに。


「棟梁の動きを真似ようと必死なのだ。若手には、いい鍛錬なると思う」


「一人前になるには、なかなか時間がかかるものだから」


『こうして、あさからしゅぎょうしておられるんですね。すばらしいしょくにんさんたちです!』


 歌を邪魔するのは、無粋なヤツのやることだから。歌と研ぎ作業が終わるまで、我々は足音を立てることもなく見守ったんだ。


 そのあとで。


 棟梁のもとへと向かう。


「棟梁、オレだ」


「おお。冒険者ギルドの、ギルド長か。また『木漏れ日亭』を、乱暴者の冒険者に壊されてしまったのか?」


「いや、幸いそうじゃないんだ。でも、誰か……困っているヤツがいるかもしれない」


「ふむ?」


「クレア」


「うむ」


 クレアはアオの背から降りると、ミスリルの釘を取り出した。もちろん棟梁に手渡す。


「棟梁、これを見てくれ」


「こいつは、ミスリスのお祓い釘だな」


「『木漏れ日亭』の天井から、落ちてきたんだ。あんたのところの大工が、忘れていったんじゃないのか?」


「……何人か、こういうのを持ち歩いていそうな信心深いのを知っている。ちょっと、待ってろ」


 棟梁は大きな声で数名を呼びよせた。どの大工たちも若く、しかも棟梁の指導法に何かのトラウマでもあるかのように、恐ろしく俊敏な動きをしていた。


 彼らの全員に、見覚えがある。


 全員、もともとは冒険者として王都の冒険者ギルドに所属していた者たちだ。オレやクレアをチラ見して、すぐさま偉大なる暴君、棟梁ドワーフに視線と敬意を集中させる。


 ドワーフの冒険者たちの多くが、建築業ギルドか鍛冶職人ギルドに所属していた。彼らの手先の器用さと、金属の冶金知識はそれらの門戸を開かせがちだから。


 魔王戦争時代が過ぎ去っても、すぐに新しい生活を選べた。王立冒険者【再就職】支援ギルドからすれば、めちゃくちゃ安心できる人種じゃある。オレたちが支援などしなくても、彼らはすぐさま就職を決めたわけだから。引く手数多さ。魔王戦争時代のせいで、あちこちに破壊された建造物がある。修復のために、仕事は多い。


「この釘、誰のだ!?」


 雷鳴のような棟梁の怒鳴り声が響いて、しばしの沈黙が訪れる。空振りかもしれない、とオレたちと棟梁が思い始めたとき、ようやくひとりのドワーフの腕が朝焼けの空へと伸びたんだ。


「そ、それ。マークのだと思います。あいつ、そういうの、いつも持ち歩いていたんで」


「冒険者上がりの悪癖か。ゲン担ぎは別に構わんが、自分の道具を落とすなんて間抜けさはアタマが痛くなるぜ」


「で、ですよねー」


「それで。マークは……どこだ?」


「あ、あの。あいつ。研ぎをさっさと済ませて、どっかに行っちまったんですよ。もしかして、し、仕事が始まる前に、その釘を回収しようとしに行ったのかも」


「不運なオレたちは、すれ違いになってしまったのか」


「だとすれば、ダーリンの不運モードのせいだな」


『でも、だいじょうぶですよ。おいかければ、いいだけですから』



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