第5話
――婚約破棄の決定は、まもなく王宮にももたらされた――
「クレス第一王子様、エーリッヒ伯爵家でなにやら動きがあった模様で…」
「こ、これは……」
クレス第一王子にもたらされた通知書、それあ伯爵家から直々に彼にむけて差し出されたものであり、そこには伯爵が自分の意志でエレーナの事を婚約破棄した旨の事実が記載されていた。
「…いかがいたしますか、クレス様」
「無論、決まっているとも。早速動き始めようか」
それまではただの噂に過ぎなかった、伯爵とエレーナの婚約破棄。
それがここに来て伯爵本人が隠すこともなく認めているのだから、もはやこれは噂ではなく事実なのだろう。
そう思いいたった時、クレスの心の中にある思いは一つだけだった。
――伯爵家――
「お姉様は出ていったのですね。これからどうなるのでしょうか?」
「さぁね。僕の愛するナタリーをいじめていた女の行方なんて、どうでもいいことだとも」
「確かにそうですね。考えるだけ無駄というものでしょうか♪」
どこまでもうれしそうな表情を浮かべてみせるナタリー。
そんな彼女の表情が、この後大きくゆがむこととなる。
「た、大変です伯爵様!!王宮に通ずるものから、こんな知らせがもたらされました!!」
「な、なんだそんなに慌てて…」
あわただしい様子を見せながら、1人の使用人が伯爵のもとに知らせを持ち込む。
それはただただ一枚の紙に書かれた通知に過ぎないが、伯爵にとっては非常に大きな意味を持つ言葉が書かれていた…。
「ク、クレス第一王子様が、エレーナの事を婚約者として迎え入れる準備に入った…だと!?!?」
「はぁ!?!?!?」
大きな声を上げて驚いた伯爵と、それに次ぐ形で驚きを見せるナタリー。
その内容は、二人にとっては到底受け入れがたいものであった。
「ど、どういうことですかお兄様!?どうしてクレス様がお姉様の事なんかを婚約者にするとおっしゃっておられるのですか!?」
「ぼ、僕にもさっぱりわからない…。あまりに急の話過ぎて…」
「お兄様、なにかお心あたりなどはないのですか!?いきなりクレス様がなにも知らないお姉様にアプローチをかけたりなどはしないはずです!今までにその行動を思わせるなにかがあたのではありませんか!?」
「そ、そんなことを言われても…。なにかあっただろうか…」
ナタリーからの言葉を受け、頭の中を必死に回転させていく伯爵。
するとひとつ、その動機と思えるエピソードの発掘に成功した。
「ま、まさか…。最初に僕がエレーナとの婚約をクレス様に報告した時の、あのリアクション…。いやしかし、あれはただの社交辞令に過ぎない話で…」
「なんですか、やっぱりなにかあったのですか!?」
自身がクレスとの関係を親しくしたいと思っているためか、ナタリーはやや強い口調で伯爵に向かって突っかかる。
「さ、最初にクレス様が言っていたんだ…。僕とエレーナとの関係を祝っているけれど、うらやましくも思っていると…。自分も奥手でさえなかったら、エレーナと結ばれたく思っていたと…。あの時は、その言葉はただの社交辞令に過ぎないものだとばかり思っていたのだが、あれがまさか…。まさか、本当の思いであっただなんて…」
「……」
伯爵がエレーナとクレスの関係の答え合わせに必死になっていた裏で、ナタリーはもうすでに少し先の事を見据えていた。
というのも、このままエレーナとクレスが正式に婚約者として結ばれた場合、自分たちがエレーナに行ったこととまったく同じことをされる可能性があるのだ…。
「(可能性は低いかもしれないけれど…。もしもエレーナがクレス様に話ができるまでになってしまったら、それこそ私がやったことと同じことをやり返されてしまうかもしれない…。私はありもしない罪をお兄様に泣きついて本物の罪だということにしたけれど、エレーナがクレス様に泣きつくことで私たちは悪役にされてしまう…。そうなったら、その先に待っている未来なんて真っ暗であるに決まっている…。私がクレス様と結ばれるという未来を守るためにも、私がここでとるべき選択は…)」
ナタリーは自身とクレストの将来を全く諦めてはいなかった。
伯爵がエレーナの事を婚約破棄したように、クレスとてエレーナの事をいきなり婚約破棄する可能性はなくはないと考えていたからである。
そうなったときに自分がクレストの関係をいいものにするために、ナタリーにとってここでどう動くかが非常に重要なことに思われるのだった。
…しかし、彼女は大事な事を失念している。
そもそも伯爵がエレーナの事を婚約破棄するに至ったのはすべて自分がそうなるように誘導しただけのことであり、決して伯爵だけの意志で決まったことではないのだ。
ゆえに、かねてからエレーナの事が気になっていたクレスが同じような婚約破棄をする可能性は限りなくゼロに等しく、そこに期待を抱く方が無理な話なのだった…。
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