第4話
「エレーナ、今日は君に大事な話がある」
ある日の事、伯爵様はなんの前触れもなく私に向かってそう言葉をかけてきた。
こういった雰囲気で言葉をかけられる時というのは、得てしてポジティブな話題ではない時の方が多い気がする…。
心の中でそう察していた私は、どこか胸騒ぎを覚えながらもその後に続く伯爵様の言葉を聞くべく、彼の部屋まで足を進めることとした…。
――――
「エレーナ、君との婚約はもう終わりにすることに決めたよ」
「……」
終わりの時は、突然だった。
伯爵様は冗談でも何でもないような雰囲気で、私に向かってそう言葉を発してきた。
…もう、すべては決まっていることだと言わんばかりの雰囲気で…。
「エレーナ、この僕に何か言わなければならないことがあるんじゃないのか?」
「……」
その雰囲気は、普段の伯爵様の雰囲気とはかなり違っていた。
それこそ、私の事を罪人か何かだとでも思っているような目つきを浮かべていた…。
「すべて、ナタリーから聞いたよ。エレーナ、君は彼女に対して嫉妬の思いを抱いているからか、僕の気づかないところでひそかに彼女の事を攻撃し続けていたらしいじゃないか。…伯爵であるこの僕の婚約者ともあろうものが、なんと情けないことを…」
「そ、そんなこと私はしていません!」
「言い訳は聞きたくない!ナタリーの鳴き声を聞いてからというもの、僕は自分の感情を抑えることで必死なんだ!それ以上余計な言葉を重ねるんじゃない!」
「……」
かなり興奮した様子でそう言葉を発する伯爵様の姿を見て、私はただただ驚いていた。
…私の言葉はまったく聞き入れられないといった雰囲気なのに、一方でナタリーの言葉はそのすべてが受け入れられている様子…。
向こうの言っていることはすべて嘘であるというのに、そこに対しては何の感情も抱きはしないのか、と…。
「…エレーナ、君がどこまでも卑怯な女だということはよくわかった。もっとはやく僕が気づくべきだっただけの話なんだよ…。そもそもナタリーにはなんの罪もありはしないんだ…。僕がただただ彼女の事を守れなかっただけの事…」
勝手に反省を始めている伯爵様だけれど、その反省はまったく必要のない無意味なものですよと言ってみたい。
もちろんこの状態の伯爵様に何を言ったって信用されないのだろうけれど、だからこそ今の伯爵様が真実を知った時にどんな表情を見せてくれるのか、今から気になって仕方がない。
「エレーナ、もう君にここにいる資格はない。とっとと荷物をまとめて出ていってくれたまえ」
それが、伯爵様から私に直接告げられた最後の言葉だった。
――――
「恨まないでくださいね、お姉様。こうするしかなかったのですから」
私が家出の準備を進めている横で、うれしそうな表情を浮かべながらナタリーがそう言葉をかけてくる。
すべては彼女の立てた計画通りに事が運んで、心のそこからこの状況に満足しているのだろう。
「でも、そもそもお姉様が悪いのですよ?私とお兄様の間に割って入ろうだなんて、それこそ身の程知らずであるとしか思えませんからね。もしもお姉様の方にお兄様の気がいってしまったら、私は放っておかれてしまうじゃありませんか」
そうならないための家族関係だと思うのだけれど、ナタリーの中ではそんな事は関係ないらしい。
結局は最初から私の事を追い出すことしか考えていなかったのでしょうから。
「お兄様は私の言葉を絶対に疑ったりされませんからね。こうなることは決まっていたわけです」
彼女はその後も聞いてもいないのに、いかに自分が伯爵様から特別扱いを受けているかということを熱弁してくる。
一切誰も興味なんてないのに。
「昔から、私の言うことをお兄様はなんでもかなえてくれましたからね。今回ももしかしたら、と思ったのです。私がお姉様にいじめられたと言って泣きついたら、絶対に私のことをかばってくれると信じていました。結果その読みは大当たりで、お兄様は私の言葉を完全に信じてお姉様の事を婚約破棄してくださると約束してくださいましたわ。まさかそれがこんなにも早く決行されるとは思ってもいませんでしたけど…♪」
「なら、よかったじゃない。あなたはこれからも愛しい伯爵様といっしょにいられるのでしょう?」
「まぁ、勘違いされないでください。私、別にお兄様の事が特別好きなわけではありませんから。私はただただ私の事を甘やかしてくれるお兄様が大好きなだけで、そこに特別な思いはなにもありません」
「へー」
「この際だから、お姉様だけに特別にお話して差し上げます。私はいずれ、第一王子様と結ばれることを考えているのです。こんなこと、まだ誰にも言っていないのですよ?」
「そう」
「でも、お姉様なら問題ないでしょう。だってもう伯爵家から追い出されることになったわけですし、追い出される人の話なんて誰も真剣に聞いてはくれないでしょうからね♪」
どこまでも挑発的な口調を変えないナタリーに、私はこれ以上付き合いきれない思いを抱き、そのまま彼女の前から姿を消すこととした。
最後の別れ際、彼女は私に向かってこう言葉をかけてきた。
「私が第一王子様と結ばれることになったら、その時はお姉様にも結婚式の招待状を送って差し上げます。自分が不幸せだからって逃げないでくださいね♪」
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