第3話
――それから1か月後の事――
「お兄様…。やっぱり私、もう我慢することができません…」
「ナタリー、まさかまたエレーナが君の事をいじめてきたのかい?」
ナタリーはその両目に涙を浮かべながら、兄であるエーリッヒ伯爵の元を訪れる。
どこまでも悲壮感を放つその雰囲気は、彼女の事を溺愛する伯爵にしてみればとても放っておけるものではなかった。
「お兄様…。もう私限界です…。お姉様の事を本当の家族だと思おう思おうとはしているのですが、お姉様はその度に私にひどい言葉をかけてくるのです…。もうお姉様は、私の事を何とも思っていないのです…」
ナタリーが伯爵に泣きつく1時間ほど前の事、ナタリーとエレーナの間でこのようなやり取りが行われていた…。
――――
「いつまで家族面をしてここにいるんですか、お姉様?」
「家族面?どういう意味…?」
「だってそうでしょう。お姉様は決してお兄様から愛されているわけではないじゃないですか。この間も、お兄様から激しく叱責されているところを見ましたよ?」
「それはあなたがありもしない私の嫌がらせを伯爵様に言ったからでしょう…?」
「私は事実しかいいません。人のせいにしないでくださーい」
相手を挑発することしか考えていない口調で、ナタリーはそう言葉を発する。
その雰囲気は明らかにエレーナの事を攻撃しており、実の家族となるつもりなど欠片も感じられない様子だった。
「ナタリー、伯爵様からはお互い仲良くするように言われているのだけれど…」
「それを実現しようとしていないのはお姉様の方でしょう?私はずっとずっとお姉様と仲良くなろうとしているのに、私の思いを全部踏みにじってくるんじゃありませんか」
その言葉は決して事実を言ったものではない。
ナタリーはエレーナの事を自分の元から追い出すことしか考えていないのだから。
「はぁ…。私はお姉様のためを思って言って差し上げているのに、どうしてそれを分かってくださらないのでしょう」
「私のため?」
「そうですよ。お兄様とお姉様が婚約するだなんて、誰の目にもお似合いではないでしょう?だから私はあえて、その関係を終わらせようとしてあげているんです。その優しさにどうして気づいてくださらないのですか?」
「……」
ナタリーの言い分は、それはそれは強引なものだった。
それは誰の目にも明らかな事ではあるのだが、彼女の事を最も注意しなければならない存在であるはずの伯爵があんな体たらくであるため、ナタリーは誰からも注意を受けることなくここまで来てしまったのだ。
「とにかく、これ以上私のお願いを聞いてくださらないのなら、またお兄様のところに行ってきますから。今度は前よりも強めの言葉をかけてきますから、覚悟しておいてくださいね」
「……」
ナタリーはそう吐き捨てると、そのまま伯爵のもとに向かって行った。
その上で、先ほどの会話が繰り広げられることとなったのである。
――――
「私の気持ちなんて、お姉様は全く理解してくれないのです…。だからもう私には、味方をしてくれる人がお兄様しかいないのです…。お兄様、どうか私の事を助けていただけないでしょうか…?」
「ナタリー…」
「本当なら私だって、こんなことは言いたくないのです…。お兄様とお姉様の婚約を、心からお祝いしたいのです…。お二人の関係が幸せなものであることを、心から願っているのです…。でも、どうしてももう耐えられないのです…。お姉様はそれほどに私にひどいことを…」
「ナタリー、僕は本当にダメな兄だよ…」
連続的に発せられるナタリーからの言葉を聞いた後、伯爵は重い雰囲気で自身の口を開き、言葉を発し始める。
「君がそれほどまでに僕の事を思ってくれていたというのに、僕は全く君への思いにかけていた…。君のやさしさに甘えて、なにもできないでいた…。今のままでいいと思ってしまっていたんだ…。だが、君の言葉で目が覚めた。僕は今まで、エレーナがナタリーに冷たいのは嫉妬からくるものだと思っていて、時間とともにそれは消えていくものだと思っていた。しかし、もうこれ以上待つことはできない。ナタリーが自分の心をここまで痛めているというのに、エレーナにばかり優しさをかけるのは本末転倒だ。僕にとって最も大事な存在であるのは、エレーナではなくナタリーなのだからね」
その言葉は自信に満ち溢れており、自分が間違ったことを言っている様子など微塵もなかった。
伯爵の中においてナタリーの存在はそれほどまでに大きなものであり、何にも代えがたいほどの存在感を放つものであったのだ。
「ナタリー、もう決めたよ。安心してくれ、すぐにでもエレーナはここから追い出してしまおう。婚約破棄だ」
「まぁ!ありがとうございますお兄様!これでもういじめられなくて済みます!」
分かりやすくうれしそうな表情を浮かべてみせるナタリーと、そんな彼女の雰囲気に温かみを感じる伯爵。
それは二人の意志のような形で決定された婚約破棄であり、どちらが一方的というものでもない。
…しかしこの後、二人はどちらが婚約破棄の原因を作ったのかという点において係争することとなるのだった…。
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