第2話

「お兄様、私にお話とはなんですか?」


慣れ親しんだ兄妹の間で、ナタリーは普段と変わらぬ雰囲気のままにそう言葉を発した。

それに対してエーリッヒ伯爵は、やや普段とは異なる雰囲気を発しながらこう言葉を返した。


「あぁ、実は僕もそろそろ妻を持とうかと思っていてね。それで、相手を決めたんだ。ナタリーにも今度紹介しようと思って…」

「…お兄様」


伯爵がそこまで言葉を発した時、途端にナタリーはその雰囲気を変えた。

そして、それまでよりもやや低い口調で、こう言葉を返した。


「それはまさか、エレーナという人ではありませんか?」

「な、なんでそれを…?まだ言っていなかっただろう…?」


ナタリーがすでに自分の決めた相手の名前を知っていたことに、やや驚愕の表情を浮かべる伯爵。

ナタリーはそんな伯爵に構わず、そのまま言葉を続けていく。


「お兄様、どうして私がその名前を知っているか教えて差し上げます。エレーナは貴族令嬢ですよね?私、彼女に関する噂を聞いたことがあるのです」

「う、噂とは…?」

「エレーナは、これまでにも何度も婚約を繰り返していたというのです。にもかかわらず、今もまだ彼女はフリーであるまま。それがどういうことかお分かりですか?」

「そ、それは…」

「彼女は、貴族男性を誘惑して関係を築き、その度に一方的に相手の前から去って金品を盗んでいったのです」

「!?!?!?」


自信満々な表情のまま、ナタリーはそう言葉を発した。

それを受けて伯爵は、先ほど以上に驚きの表情を浮かべて見せる。

…しかし、結論から言えばこの話はナタリーのでっちあげた大嘘であった。

エレーナは伯爵以前に誰とも関係を築いたことなどない上に、そもそも貴族令嬢が相手貴族をだまして金品を盗むなど非合理的過ぎる。

普通に考えればそんなもの起こるはずがないと断言できる話なのだが、ナタリーの事を溺愛している伯爵にとって、彼女の言葉を疑う事はなによりも難易度の高い事だった。


「エ、エレーナにそんな過去が…」

「お兄様、エレーナとの関係をクレス第一王子に話されましたか?その時、王子様は二人の婚約を喜ぶような雰囲気を見せられませんでしたか?」

「あ、あぁ…。確かに見せてきたけど…」

「それは、クレス様はもうすでにすべてを知っておられるからです。エレーナがろくでもない貴族令嬢であることを知っているからこそ、彼女と婚約する道を選んだお兄様にそんな言葉をかけてきたのです。いわば、憐みの言葉を…」

「だ、第一王子様が…」


ナタリーの言葉のかけ方は巧妙だった。

というのも、実は彼女は事前にこれらの情報をつかんでいたのだ。

伯爵がエレーナと婚約する流れであるという事も、それを知らせに王宮まで行っていたという事も、そこでクレス第一王子と話をしたことも、すべて知っていたのだ。

その上で、彼女はそれらの情報をエレーナを追い出すための道具として使おうと考えたのだった。

何をどういえばエレーナが悪者になり、自分が正義になるのかを、彼女はよくよく理解していたのだった。

そして、そうとは知らない伯爵はまんまとナタリーの言葉の前にはまっていき、次第にエレーナとの関係を考え直すようになっていく…。


「はぁ…。ナタリーがそこまで気づいているというのに、どうして僕はなにも知らないままだったのか…。僕は自分が情けなくてたまらないとも…」

「大丈夫ですよ、お兄様。これはきっと、同性である女にしか見抜けない性格の悪さだったのです。私は本能的にエレーナに問題があるという事を見抜いたからこそ、これらの情報をそろえようと思ったのです。お兄様にはなんら罪などないのですよ」

「ナタリー…。君はどこまでできた妹なのか…。僕は本当にうれしくてたまらないよ…」


これまで以上にナタリーの事に夢中になってしまっている様子の伯爵。

しかし、その言葉のすべてが嘘であるという事を知った時、それでもなお彼はナタリーの事を愛したままでいられるのかどうか…。


「私はこれからもお兄様の事を守っていきます!女である私にしか分からないこともあるかと思いますから!だからお兄様、これからも私の事を一番そばに置き続けてくださいね!」

「あぁ、もちろんだとも!君以外に僕の隣に立つ人物の顔など、想像することもできないさ!」


互いにそう言葉を交わしあい、相思相愛といった雰囲気を見せる二人。

しかし、内心で思っていることは口にした言葉と必ずしも一致するというわけではなかった。


「(はぁ、ひとまずこれで安心かしら。もしもお兄様の気を引くような女が私の近くに現れてしまったら、私のいう事を何でも聞いてくれるお兄様がいなくなってしまうじゃない。それは絶対に嫌。相手がどうなろうと知った事じゃないけど、お兄様だけはこれからも私のそばで私の願いを叶え続けてもらわないといけないのだから)」

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