そんなに妹が好きなら家出してあげます
大舟
第1話
「いやぁ、エーリッヒ伯爵様が婚約されているエレーナ様、本当にいつみてもお美しいですねぇ…。叶うなら、私の方が婚約者として王宮に迎え入れたいくらいですよ」
「またまた、クレス第一王子様はお上手ですねぇ。しかしそのお言葉、エレーナ本人が聞いたら喜ぶと思いますよ」
「いえいえ、私は本気で彼女の事を魅力的に思っているのですよ?伯爵様、もしも彼女の事を幸せにできなかったなら、それこそ貴族としての立場を退いていただくことになるかもしれませんからね?」
「はっはっは、これは恐ろしい。クレス様のお目をがっかりさせないためにも、頑張るとしますかね」
王宮の中に用意されている客間において、二人の人物がそう会話を行っている。
一人はエーリッヒ伯爵であり、彼は今日自身がエレーナと婚約することが決まった旨をクレス第一王子に報告に訪れた。
伯爵はかねてからエレーナの容姿を気にいっており、彼女に対して続けていたアプローチがようやく受け入れられたのだ。
もう一人は、名前にも挙がっているクレス第一王子だ。
伯爵とは古くからの仲であり、ことあるごとに2人はこうして集まって話をしていた。
「エレーナはどうしているんだ?元気にしているのか?」
「もちろんですとも。彼女はこれから我が伯爵家の半分を担ってもらうことになるのですから、元気でいてもらわなければ困りますからね」
「あんなに可愛らしい存在なのだから、決して無理をさせるんじゃないぞ?」
「承知しております」
クレスからの言葉に、丁寧な雰囲気で返事を行う伯爵。
しかしその内心には、いろいろと違う思いが交錯していた。
「(やれやれ…。クレス様も社交辞令が過ぎるなぁ…。本当はエレーナの事などなんとも思っていないのだろうに、わざとらしい言葉ばかり…。これに付き合うのはなかなかに面倒だけれど、まぁ仕方ないか…)」
伯爵はクレスの言葉をそう分析していた。
第一王子である彼ほどの男が、エレーナのような小さな貴族家の令嬢など気に入るはずがない。
それゆえに、今彼が発した言葉はすべて社交辞令に過ぎないものである。
伯爵はそう考えた。
しかし、それは読み間違いであった…。
「(エレーナは伯爵と結ばれたか…。私が彼女へのアプローチに手をこまねていていた間に、先を越されてしまったと…。まったく、私は第一王子であるくせにどこまで奥手なのか…)」
伯爵の予想とは違い、クレスは本気でエレーナの事を想っていた。
しかしなかなか関係を発展させられなかった彼は、結局エレーナとの距離を縮めることが出来ず、こうして伯爵とエレーナの婚約を見届ける役となってしまったのだった。
「伯爵、今後の予定は決まっているのか?婚約を果たしたからには、結婚式なども段取りも行わなければならないだろう?」
「えぇ、ですがまだ何も決まってはおりません」
「そうか。二人の華々しい姿、ぜひとも私もこの目で見させてもらいたいところだが…」
「もちろん、僕もそのように考えております。ですが、まだまだ何も決まっておりませんので」
なんとなく、クレスの言葉をかわしている様子の伯爵。
…そこには、伯爵がこれから先に抱く一抹の不安感が現れていた。
「(エレーナには婚約すると言ってあるが…。だが、まだナタリーからの返事をもらっていない。それを聞かない事には、これ以上の話はできない)」
ナタリーと言うのは、伯爵がこの世で最も愛情を注ぐ人物の名である。
その正体は伯爵の実の妹であり、伯爵は自身が伯爵の座に就く以前から彼女の事を溺愛し、その願いをなんでもかなえてきた。
言ってみればナタリーの存在は、伯爵にとっての最優先事項であり、彼女の機嫌こそが伯爵の行動指針となるのだ。
「(もしもナタリーがエレーナの事を気に入らなければ、即刻エレーナは婚約破棄にしてやってもいいだろう。なぜなら、僕がもっとも優先しなければならないのはナタリーの方なのだから。クレス様はナタリーにぞっこんだから激怒するかもしれないが、クレス様の言葉はすべて社交辞令のものなのだから、結果的に婚約破棄をすることになったとて最後には僕の味方をしてくれるに決まっている。エレーナの方が僕に失礼な事を言ってきたなどと適当に理由を突ければ、いつでも婚約破棄は可能だろう)」
婚約関係を築いたばかりだというのに、もうすでに最悪のパターンまで想定している伯爵。
それは、彼の中においてエレーナに対する愛情が全くないものを証明しているのだが、伯爵自身はそれでもなんら問題などないと考えている様子。
…しかし、むしろ問題なのはそちらの方ではない。
伯爵は、クレスがエレーナの事を気に入っていると言ったのは本心からではなく、社交辞令であると分析したが、実際にはそうではない。
クレスは心からエレーナの事を想っているのだ。
そんなエレーナの事を無下に婚約破棄など行ったらどうなるか、ナタリーに夢中になってしまっている伯爵には想像するだけの余力が残されていなかったのだった…。
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