028 サリサ
――「じゃあ、ヴェレド……その……結婚って……どういうことかな?」――
「あ、ああ……」
僅かな沈黙が部屋の中に流れる。俺もばあちゃんもヴィヴィも「ごくり……」とヴェレドが何を語りだすのか息をのんでいる。しかし、改めてみると……なんて整った顔立ちだ。
窓から射す朝日に照らされ、赤く美しい髪が炎の様に輝いている。顔の横の髪は、はらりと頬にかかる程度に残し、全体はうなじの上辺りでお団子にまとめられている。朝日に反射してゴールドのピアスがキラリと光る。
フードをかぶっていた時は気付かなかったが、まるで薄絹のように透き通る白い肌……あれ? よく見ると薄っすらだが、お化粧している? え? 普段からしていたのか? フードをかぶる生活でなぜ……いや、王女……王女としての身だしなみ?
そう気づいた瞬間、目の前に座っているのは、凄腕ハンターヴェレドではなく、明らかに高貴な身分を持った……王女サリサの姿だった。
「さっきの続きだが……私たちトトゾリアの王女には、『婿比べ』という儀式がある。各王女が見つけてきた婿を互いに競わせ、その中で最も優れた婿を連れてきた者が、次の女王となるんだ」
「……じゃあヴェレドが最初に言っていた探し求めている人って……その婿候補だったのか」
「ああ、私はトトゾリア第三王女、サリサ・ヴェレドフォザリ。今までは身分を隠して冒険していたが、これからはその必要はない。サリサと呼んでくれ」
「ああ……分かったよ、ヴェレ……サリサ」
「……! ん……」
サリサは急に顔をうつ伏せ、肩を震わせている。俺たちはどうしたのかとサリサの様子を伺う。
「おい……大丈夫か?」
サリサは耳まで真っ赤にした顔をあげ、恥ずかしそうにこう続けた。
「も、もう一度……呼んでくれないか……名前……」
「はい?」
「その……初めて異性からこんな風に名前を呼ばれたから……まだ慣れてない……ちょっと鼓動が速くて、落ち着かない……だから……早く慣れたいんだ……」
サリサは胸に手をあて、俺をまっすぐに見つめ――
「だ……だめか?」
――ばきゅーーーん!!!
その場にいた全員、多分、チエちゃんも同じ心の音を聞いたはずだ。マントをとったヴェレドが……いや、サリサが……可愛すぎる!
「ずるいぞーーー!!! こんちくしょーーー!!!」と表に出た心の声と共にヴィヴィの頭が再び伸び、ばあちゃんは「ヴェレ、サリサちゃん、あんたは! ギャップが! もう! あんたはぁ! 萌えーーー!」と大粒の涙を流した。
確かに、凄腕ハンターヴェレドと王女サリサのギャップの破壊力が凄まじい。ヴィヴィがずるいと言うのもうなずける……
「……わ、わかった……もう一度呼ぶぞ?……ごくり…………サ、サリサ……」
「!!!……ん~~~…………すぅ~~……はぁ~~~……」
サリサは身悶えながら、大きく深呼吸した。
「……ふう…………うん…………よし。慣れた」
「……え? 慣れた? え?! うそでしょ?! あんなに身悶えてたのに?!」
「慣れた」
「………………サリサ」
「なんだ?」
「…………いや……うん。本当に慣れたのね。うん……それはそれで……うん。わかった」
流石ヴェレド……順応性が高すぎる。もう少し、あの姿を見ていたかった気もするが……
「じゃ、じゃあ……改めてよろしく。サリサ」
「ああ、よろしく頼む。では早速だが、結婚の件について返事をもらえるだろうか?」
「いや……その……いきなり結婚てのは……ちょっと……」
「……え?……でもお前言ったじゃないか……私にぞっこんだって……」
「は?! なんだそれ?!」
「……ぞっこん……あ! 言いよった! 蓮ちゃん言いよったよ! ほら! あん時! チエちゃん!」
《はい!》
――♪ほわんほわんほわんほわわわ~ん♪――
『――ヴェレド……お前、本当に凄いな……あの一瞬でここまで読んでいたのか。俺が女だったら、確実に惚れてるよ――』(惚れてるよ……れてるよ……てるよ……)
『――……本当きゃ?――』
『――ああ、ぞっこんだね――』(ぞっこんだね……こんだね……んだね……)
――♪チャンチャン♪――
げ! なんだこれ?! 音楽と共に俺の頭の中にイメージが浮かんできた!
「ね? 言いよったろ?」
「れ、蓮さま……なんてことを……私というものがありながら……」
「こ、これは違う! チ、チエちゃん?! なんだ今の?!」
《ふふふ……先ほどの戦いで蓮さまに深く干渉したことで、人体と魔力の関係についてより深い理解を得ました。その結果、記憶へのアクセスや映像の共有が可能となったのです!》
「まじか……」
《進化しているのは、蓮さま伊織さまだけではないのですよ……ふふふ》
「チエちゃん、すごかばい~」
「シャーーー!!!」
チエちゃんがアップデートするのはいい事だが、これはこれで色々ルールを設けないとまずいぞ。完全にプライバシーの侵害だ! この件に関してはまた町内会議を開かないと。
「蓮、なにをブツブツいっている。言ったよな? 私にぞっこんだと……あれは嘘なのか?」
「いや! 嘘って言うか、あれは俺が女だったらって話で……ん? あれ? サリサは女か……」
「そうだ。私は女で、お前は男だ。それともなにか? お前は男が好きなのか?」
「いや、女好きだよ! あう! 女好きって言ったらやばいやつみたいに聞こえるけど……」
「ならば何も問題はない。男と女、立場が逆転しているだけだ。さあ……返事を」
サリサが真剣な眼差しで俺を見つめている。その瞳には、冗談や軽い気持ちは一切含まれていない。
「蓮さま……」「蓮ちゃん……」
ヴィヴィとばあちゃんも真っすぐに俺を見つめる……え? これ、俺、人生の転機なの? こんないきなり?!
結婚……いや……正直、今の俺には無理だ。大狸商店街や、日々の生活を守るだけでも大変なのに……だが、彼女の真剣さに対して軽々しく返事をするわけには……うぐぐ……どうしよう……どうすんの俺?!
その時、江藤書店の前からバルトの声がした。
「蓮さぁ~ん! 起きたかねぇ~? ちょっとお話があるんだけどぉ~」
バ、バルトぉ~~~! ナイスタイミング! 俺はサリサの圧から逃げるように窓をあけ、下にいるバルトに声をかけた。
「バルトさん! 良いところに……げふんげふん! あー……け、怪我はもう大丈夫なの?!」
「うん~! 伊織さんのあのくっせえ汁? のおかげでみるみる治ったよぅ! 死ぬほど不味いねぇあれ! 蓮さんこそ大丈夫ぅ?」
「ああ! もう何ともないよ! は、話ってなに?」
「えっとねぇ、大事な話なんだぁ。ここじゃあ何だから、上にあがってもいーい?」
「大事な……あ! いや! そういう事なら……俺が降りていくよ!」
俺は何としてもこの場から逃げ出したかった。それを察した女子会三人組の目線が、追跡レーザーの様に俺の背中に刺さる。サリサはより低いトーンで問い詰めてきた。
「蓮……返事は……?」
「いや! あの、なんかバルトさんが大事な話があるみたいだから……その件はちょっと待ってくれないかな……? だ、だめ?」
くっ……さすがにここまでくると無理があるか……
サリサは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、上目遣いに答えた。
「……わかった。蓮がそう言うなら…………待つ」
おいーーー! みなさん見てますかーーー!!! あのヴェレドがサリサになった途端これですよーーー!
俺は顔赤くしているのを悟られないよう、階段を駆け下りた。
「おいおいおいおい……まじで何なんだ……ギャップ萌えが半端ねぇ……バ、バルトさぁ~ん!」
はぁ……今日は長い一日になりそうだ……
――――――――――――――
【獲得スキル】
伊織
くさ手:マンイーターの触手ができることが大体できる。
くさ足:マンイーターの木の根で、蜘蛛のように動ける。
くさ汁:解毒効果と回復効果がある緑色のドロっとした液体。不味い。
チエ
魔力演算:魔力を精密に計算し、複雑な魔法を即座に処理する能力。
記憶再生:対象の記憶にアクセスし、視覚的・感覚的に再生できる。
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