029 蓮くん、はじめての交渉~しょげないでよばあちゃん~

 ――――「で、大事な話って? バルトさん」――――



 俺たちは場所を変え、大狸中央公園にいた。


 大狸中央公園は名前の通り、大狸商店街の中心に位置するテニスコート一面分ほどの小さな公園だ。もともと子供たちの憩いの場であったが、それも昔の話。出生率の下がったK市では、公園で遊ぶ子供自体がいない為、老人のたまり場となっていた。


 そしてそれもまた昔の話。異世界に転生した今、この公園を使うものは居ない……錆びついた遊具や、雑草が生い茂る砂場が、再び活躍できる日を待っている。いつの日か大狸商店街を復興させ、俺が子供の頃の様に、賑やかな公園にしたいものだ。


 遊具は、シーソー・ブランコ・滑り台・鉄棒という、ザ・遊具四天王のみで構成されている。


 俺とバルトは、公園の端にある藤棚の下のテーブル付きベンチで話をする事にした。


 結局、女子会三人組もついてきてしまった。



「彼女ら、なんでついてきてんのぅ? 何かめちゃくちゃこっちみてるんだけどぅ……」


「え?! ああ……き、気にしないで……ひ、暇なんだとおもう……」



 ヴィヴィとサリサは、シーソーにまたがりこちらの様子をじっと見ている。ベンチの対面にあるものだから、二人とも首だけこちらを向けてるので、すごく気持ち悪い。


 ばあちゃんはひとりブランコで遊んでいる。キィキィと音を立てるブランコが、どこか懐かしさと寂しさを感じさせる。あまりにも久しぶりにブランコに乗ったので、どうやら酔っているようだ。その気持ち、すんごく分かる。大人になってからのブランコは異常にこわい。


 時々「おえぇ……」とえずきながら、ひとりブランコに揺られるばあちゃんの姿をみて、なんだか切ない気持ちになった。



「蓮さん……この度は、本当にありがとうねぇ。みんなから話を聞いたよぅ。僕が助けを呼びに行った後、マンイーターが現れて、みんな毒花粉にやられてたんだねぇ。フレイムリザードの火属性だけなら、何とかしのげたんだろうけど、土属性は木属性に弱いからねぇ。僕たちとマンイーターは最悪の組み合わせなんだよぅ」


「ああ、相克そうこくの関係か……あいつ、岩盤バキバキに掘ってたもんなぁ」


「あの時、クマロク王国に何日もかけて救助を求めていたらと思うと、ぞっとするよぅ……蓮さんたちがすぐに助けに行ってくれたから、みんな死なずに済んだんだよぅ。本当に、本当にありがとう……」


「いや…………うん……犠牲者がひとりもでなくて本当に良かった。あ、そうそう。これ、返しとくね。大事なものなんだろう?」



 俺は、バルトから預かっていたクマロク王国の紋章が入った首飾りを返した。「ああ、これねぇ。実はこれねぇ……」バルトはそういうと首飾りを身に着け、こう続けた。



「改めて自己紹介するねぇ。僕は、バルト・ゴールドマイン。クマロク王国の外務大臣をやってるよぅ」


「え?! 外務大臣……そうだったのか……なるほどな……」


「おやぁ? あんまり驚かないねぇ」


「まぁね……今日は衝撃的な事実のオンパレードだったから、なんだか慣れたよ。それに最初に滞在許可を取りに来た時から、バルトさんが重要な役職についてるんだろうなって、何となく思ってたし」


「そうかいそうかい。それでねぇ、今日は、大狸商店街とクマロク王国とでね、友好協定を結ばないか提案しに来たんだぁ」


「友好協定?」


「そう。以前からその計画はあったんだぁ。僕たちクマロク王国は、蓮さんたち大狸商店街と、今以上に友好関係を築きたいと考えてるんだよぅ」



 そういって、バルトは協定内容が書かれた書簡をテーブルの上に広げた。バルトの提案してきた友好協定は以下のようなものだった。



 ――――――――――――――――


 1、ツクシャナの森の採掘権

 ツクシャナの森の採掘権は大狸商店街にあるとし、クマロク王国が採掘活動を行う際、取れ高分の税を大狸商店街に納める。


 2、安全保障の支援

 クマロク王国は大狸商店街に対して、緊急時に軍事的・防衛的支援を提供する。特に外部からの侵略や脅威に対して、クマロク王国が防衛協力を行うことを約束する。


 3、技術・文化交流の推進

 クマロク王国は大狸商店街と技術や文化の交流を進め、大狸商店街の発展に貢献する。また、商店街に新しい技術や知識を共有し、両国間の協力関係を深める。


 ――――――――――――――――



 という、大狸商店街にとって全くデメリットのない申し出だった。



「どうかなぁ。友好協定、結んでくれるかなぁ」


「……これ、うちにとって何のデメリットもないんですが……逆にクマロク王国にとってのメリットは?」


「もちろん、良質な鉱石が採れるってことが第一だなぁ。理由は分からないけど、森の中心部、大狸商店街の付近の洞窟は今まで見たことないくらい、良質な鉱石があるんだぁ。それに、新種の鉱石もたくさん見つかった。クマロクの学者たちは大喜びだよぅ。うちの王様は鉱石学者でもあるんだけど、絶対に蓮さんたちとは仲良くするようにって、釘をさされたよぅ」


「新種の鉱石か。何か使い道があるの?」


「それを今、王様を含め、学者たちは寝ずに研究してるよぅ。新種の鉱石の研究なんて、僕たちクマロクのドワーフにとっては、最高の栄誉さぁ。いいなぁ。僕も研究に加わりたいよぅ」


「そうか……喜んでもらえてよかった。って、俺たちは別に何もしてないけどね」


「……んーん。そんなことないよぅ。第二に……いや、本当はこれが一番の理由なんだけど……単純に僕たちが、蓮さんたちの事、好きになったからかなぁ」


「え?」


「蓮さん最初にいったよねぇ。ツクシャナの森は元々自分たちの場所じゃないって。でもよく見てよぅ。蓮さんたちが来てから、森は綺麗に手入れされてるし、旅人たちもここがあるから、とても助かってる。もう蓮さんたちは、この森になくてはならない存在なんだよぅ。だからね、僕たちクマロク王国としては、もっと正式に協力関係を築きたいんだぁ。君たちの力になれるよう……どうかなぁ」



 ……本来なら願ってもない申し出だ。一国がこんな小さな商店街と友好協定を結んでくれるんだ。しかもこちらに有利な条件ばかり……ただ気になるのが、他の近隣諸国だ。今、このツクシャナの森はどこにも属さない不可侵領域。今、俺たちがクマロク王国と友好協定を結ぶということは、ツクシャナの森の自治を認めることになる。それを他の国が黙ってみているだろうか……



《蓮さま……よろしいですか?》


(うん? どうした? チエちゃん)


《蓮さまのお考えの通り、このツクシャナの森は不可侵であればこそ、近隣諸国のパワーバランスが取れています。今、自治を認めれば、それこそ戦争の火種になりかねません》


(だよな……)


《この友好協定……慎重に進めた方が得策かと。ただ……》


(ん? ただ?)


《どうバルトさまに説明したものか……外交というのは国の面子もかかっています。これだけの好条件、むげに断るというのは……》


(……なんだ、そんなことか。だったら大丈夫だよ)


《といいますと?》


(正直にこちらの気持ちを話せばいい。バルトさんだって国の代表としてここに来てるんだ。バカじゃない。きっと分かってくれる。それに面子うんぬんって人じゃないのは、チエちゃんだってわかってるだろ?)


《……そうですね……差し出がましいことを申しました。申し訳ありません》


(んーん。心配してくれてるんだろう? ありがとう。あ、それにさ、マルチーズみたいな人に……?)


《悪い人はいない……ふふ……ですね》



 チエちゃんがいてくれて本当に助かる。こうやって話すことで色々整理されるもんだ。みてみろ、ばあちゃんを……ついには吐いて、座り込んでしょげている……そんなに気持ち悪ければやめればいいのに。



「バルトさん、クマロク王国からの友好協定、本当に有難く、嬉しく思っています。ですが、今はまだ協定を結ぶことはできません」


「ええ~?! うそぉん?! こんなにいい条件なのにぃ?! うそぉん!!! どこが駄目なのぉ?」


「いえ、友好協定自体、こちらからすれば願ってもない申し出です。ですが、俺たちの準備が整ってないんです」


「準備?」


「はい。今、クマロク王国と協定を結べば、ツクシャナの森の自治を俺たちが認めることになる。そうなれば近隣諸国は黙っていません。きっと摩擦が生まれる。そんな時、俺たちだけじゃ、問題を解決できないでしょう。となれば、友好協定を結んだクマロク王国に矛先が向かいます。それは俺たちの望むところじゃない……あなたが俺たちの事を好きと言ってくれたように、俺たちも……あなた達の事が好きだから……」


「蓮さん……」


「俺たちは成長しなければならないんです……あなたたちと肩を並べられるように。だから……もう少し待ってくれませんか?」



 バルトは顔をうつぶせ震えている。俺の気持ち……伝わったかな……諦めてくれると助かるんだが……



「嫌だよぅ! それじゃあ僕らの気が済まないよぅ!」


「え?!」


《全然伝わってないじゃないですか……私たちのさっきのやりとり、なんだったんですか……》


(うん……ごめん。思ったより頑固だった。そういえば最初あった時からそうだったね……)



「蓮さんはなんの見返りもないのに、僕らの仲間を助けてくれたぁ! 命がけでぇ! そんな人いないよぅ?! お願いだから、僕らに恩返しをさせてよぅ! なあ! みんなぁ!」



 公園の生垣からドワーフたちがズボズボズボ! と顔だけをだし「そーだそーだ!」「恩返しさせろ!」「ありがとう!」などと口々に叫んでいる。みんな生垣の中で聞いてたのか……



《蓮さま……ドワーフというのは、個の特徴が少ない分、全体意識の強い種族だそうです。今回の救出は彼らにとって、個人を助けたというより、ドワーフという種族全体を助けたと、強く感じているんでしょう。彼らの思いにもご理解を……》



 とは言ったものの、どうしようか……落としどころが見つからない。



 ――「「「さっせろ! さっせろ! お~ん返し、さっせろ! の~うぜ~い、さっせろ!!!」」」――



 ドワーフたちマルチーズ軍団は、恩返しをした過ぎて、今にも暴動を起こしそうだ。なんでだ、意味が分からん。


 俺が頭を抱えていると、ばあちゃんがブランコから「とう~!」と思いっきり飛び降り、「ひでぶ!」と着地に失敗し、「あ~れ~!」と転がりながら俺たちの方へやってきた……昭和を彷彿とさせる音のオンパレードじゃないか。何やってんだ、人が真面目にやっている時に……



「あいたたた……おえ~っぷ…………はいはーい。ちゅーもーく!」


「ばあちゃん……ちょっと、今大事な話を――」


「ふへへ、蓮ちゃん困っとるようやねぇ。ここはばあちゃんに任せとき!」


「任せるって……どういう――」


「バルちゃん達のそのお気持ち……私が受取りまーす!」


「はぁあ?! 何言ってんだよ?!」



 ばあちゃんがまた何か言い出した……嫌な予感しかしない……





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