027 女子会と地獄絵図

 俺の部屋は、江藤書店の二階、古い木と畳の香りが漂う六畳一間の和室だ。窓からは商店街の街並みが見え、朝の柔らかな光が部屋を明るく照らしていた。



「まず……どれから説明してもらおうか……」



 翌日、俺の部屋に、ばあちゃん、ヴィヴィ、ヴェレドの三人を集め、あの『地獄絵図』に至る経緯を説明してもらうことにした。


 しかしその前に……一番大事なことを確認しておかなくてはならない……



「……ドワーフたちは……全員無事なのか?」


「うん。大丈夫ばい。犠牲者ゼロ。みんな元気にしとるよ」


「そっか……」



 俺はひとつ大きく息を吸い、ふっと吐いた。窓から入るそよ風が心地よく、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。バルトが食堂に助けを求めに来た時から、ずっと緊張状態だったんだろう……頭の奥がじんわりと緩んで、肩の力が抜けていく。目頭が熱くなり、強張っていた頬に自然と笑みがこぼれた。



「ぐす……はぁ……うん。よかった」



 みんな自然と笑顔になり、穏やかな空気が流れる。ヴィヴィは大きな目をさらに大きくし潤ませている。いつもの可愛らしいヴィヴィだ……長い頭……あれは夢だったのか? いや、確かに俺は見たぞ……地獄絵図を。



「じゃあ、安心して色々聞かせてもらおうかな……まず……ヴィヴィ、なんでお前、頭が伸びてたんだ?」


「え? あたま? あ! あれは……その……ヴェレドさまが……蓮さまに……キ、キキキキスを――」


「キスではない! くさ汁を飲ませただけだ!」


「くさじ……なんて? 何を俺に飲ませたって?!」


「ででででも! くくく口移しなんてしなくても!」


「いいじゃないか! 蓮は……蓮こそが! 私が探し求めていた人物だ! そのくらいの事はやって当然だ!」


「な?! なんですか?! 探し求めていたって……」


「蓮……私は決めた。お前こそがふさわしい男だ」



 ヴェレドは俺の手を握って衝撃の一言を発した。



「蓮、私と…………結婚してくれ!」


 ・

 ・

 ・


 部屋の空気が凍り付いた。あんなに清々しい風が吹いていたのに。突然のワードにみーんな白目をむいた。け、けつこん……?



「はあぁぁ?!」


「ありゃあ! ヴェレちゃんあんた……ありゃあ!」



 なんてこった……情報を整理する前に、また新たな展開が……


「は、はいーーー?!」とヴィヴィが興奮のあまり毛を逆立て、頭が伸びた。なるほど、情報が一つは整理された。ヴィヴィは猫亜人だからな。猫って興奮すると毛がモヒカンみたいになるもんな。



「蓮……どうだろうか? 私じゃダメか?」


「ありゃありゃ! 蓮ちゃんがモテモテばい! ラブコメばい! ラブコメパートが始まったばい! ひゃっほ~い!」


「フ、フゥーーー!!! シャーーー!!!」



 ヴィヴィの瞳孔が縦に伸び、爪をむき出しにし、頭が伸びてる。別人、というか別フォルムだ。あの可愛らしいヴィヴィはどこへ行った。駄目だ、ヴィヴィまで興奮状態になると収拾がつかない。みんなワーキャーシャーと大混乱だ。



「ちょちょちょ! ちょっと待って! 話を進めるな! ちょっとまじで一回整理させて! おい! 落ち着け! 待てって! 落ちつ……こら!!!」



 あ、俺……こっちの世界へきて、こんな風に日常で怒ったのは初めてかもしれない。ビクッと三人の視線が俺に集まる。



「お、お前ら…………ん~~~…………め!!!」


「「「ごめん……なさい……」」」



 なんだよ「め!」って……でも、もうなんて言っていいか分からなかった。三人は一瞬静かになったが、またぼそぼそと話し始めた。



「……ねぇねぇ……蓮ちゃん……今……めって言うたね」


「……はい……私、初めて怒られました」


「……でも、めって……なんか……可愛くないか?」


「あ! それ……私も思いました」


「だよな。特にめっの前の、ん~~~ってところ……良かったよな」


「はい……もう、何か……きゅんきゅんします」


「蓮ちゃん、優しかけん、怒り方しらんとよ」


「強いうえに優しい。まさに理想の男だ」


「はぁ~、ヴェレちゃんわかる? そうなんよ~、やけん商店街のみんな蓮ちゃんに頼っとったんよ~」


「蓮さま、人望もあったんですね。素敵です~」


「なのに怒る時は?」


「「「めっ!」」」


「へははは」「あははは」「ふふふふ」



 ああ、完全に女子会の会話だ。女の子三人揃うとこうなるのか……



「えーーー……話、進めてもいいかな?」


「「「……はい……」」」


「まずは確認だけど……君は……ヴェレドでいいんだよな?」


「そうだ。私は、サリサ・ヴェレドフォザリ。アマゾネスの国『トトゾリア』の第三王女だ」


「そうか、おう……んん?! 王女?!」



 ちょっと待て、こいつまじで何言ってんだ?! もう訳が分からなくなってきたぞ。ここで沈黙を貫いてきたチエちゃんが初めて口を開いた。



《やはりそうでしたか……『ヴェレドフォザリ』の名が出た時から、もしやと思っておりましたが》


(チエちゃん、気づいてたの?)


《ええ。ヴェレドフォザリとはトトゾリア王家の名らしいので……まあ、可能性を感じていた程度ですが》



「も、元奴隷と一国の王女……これは……かなりまずいです……」とヴィヴィは耳を後ろに倒してヴェレドの事を睨みつけている。



 ――この時、ヴィヴィの心の中では、深い不安が渦巻いていた。あの凄腕ハンターのヴェレドが実は女性で、しかも見目麗しく、その上一国の王女……私はただの元奴隷……蓮のそばにいてもいいのか? こんな立派な王女が現れた今、私の立場なんて……ふと、胸がきつく締め付けられるように痛む。そして心の中で思わずこう叫んだ……「ずるいぞーーー! こんちくしょーーー!」と――



「私は、自分の婿候補を探す旅をしていたんだ。トトゾリアの王女は適齢期になると、外の世界を旅をして伴侶となる男を探すことになっている。そして王女たちは婿候補たちを比較して――」



 おいおい、ちょい待て。ヴェレドがどんどん話を進めてくる。この無駄のない話しぶり……間違いなくヴェレドだ。だがしか~し! このまま話を進められてはかなわない。



「いや、待て……これ以上話を進めるな。その話はもう少し後でいいかな。その前に整理したいことがごまんとある」


「……分かった……蓮がそう言うなら…………待つ」



 おいーーー! どうしたヴェレド! なんだそれは! なんだそのしおらしさは!? ちょっと可愛すぎやしなかい?! いやいや待て待て……元々か? ヴェレドは元々こんな感じか? いきなり女性と知ったからそう感じるのか? と、とりあえず、ヴェレドの情報はあとだ……なんかややこしい事になりそうだし。


 えっと……次は……一番衝撃的だった……



「ばあちゃん……あれはなんだ?」


「ん? なんだっち、なんね?」


「いやだから……なんというか……俺の夢じゃなければ、マンイーターみたくなってなかった?」


「ああ~、あれね。あれは、ほら、あれたい。あの~、そうそう、木の属性魔法たい」


「……は?」


「ほら、あの草のやつが、あ、花か。いや草かね? 紐みたいなのがしゅるんって、あ、びゅるんか。ほら、凄かったろうが。あ、触手か。だけん、いいかなと思って、ほら、私、木の属性やろうが。ね。あ! あれ結構いい匂いやったよねぇ。ビリビリ~ってなったけど。私、あの匂い案外好きばいって……あれ? へはは! 私、なんち言いよんかね? はあ? なんね? 蓮ちゃん?」


「いや、もう意味わからんよ。なんで俺に聞き返す」



 ばあちゃんは昔からそうだ。説明するときにいくつか情報が重なるとこうなる。論理的に情報をまとめるのが壊滅的に下手なんだ。こうなるとマジでなんて言っているか分からない。



「あー……伊織、よかったら私が説明しようか?」


「ヴェレちゃん、お願いばい~。私、こういうの面倒くさくて説明ようしきらん」



 おい……面倒くさいって……まあ、ばあちゃんだもんな……仕方ないか。生前も大抵の事は「あれよあれ、なんやったけ、あれたい。まあいいたい。あれがそれなんよ。あれ? それちなんやったかね? どれ?」と、あれそれどればかり言っていた。今は若返ったせいか、単語が出ているだけまだましだ。



「ヴェレド、頼む」


「ああ。お前がマンイーターとフレイムリザードを倒し、私を炎から助けてくれた後、お前はそのまま行動不能になった。ここまでは覚えているか?」


「ああ……」


「その後、その場にいた全員、マンイーターの毒花粉の効果が続いて、しばらく動けずにいたんだ。そこで伊織が、木の属性魔法でマンイーターの能力を模倣した」


「そうそう。あの魔物、植物やったけん、木の属性魔法でいけるかなぁって」


「それで、伊織はマンイーターの足で歩き、触手を使いドワーフを保護した」



 あの鈴なりドワーフたちは保護されていたのか……恐ろしい絵面だった……



「どうやら伊織は教えてもらうより、実際に見た方が上達するようだ。こういう奴は、いくら教えても無駄だが、実際に見て『出来る』と思えば出来てしまう。ある種の天才……直感タイプの極北のようなやつだな」


「訓練の時も、ヴェレちゃんが色々教えてくれたけど、実際よう分らんやったしね~へはは」


「指導係としては、この上なく教え甲斐のない生徒だがな」


「ごめんばい~」


「そして、木属性魔法と神聖魔法を組み合わせて、回復解毒薬を作り出したんだ」


「くさ汁ばい」



 あの苦くてドロドロしたやつか! またそのままのネーミング……ものすごく不味そうな名前をつけたな……いや、実際ものすごく不味かったけど。



「そのくさ汁で、状態の悪かったドワーフたちを治療しながら、全員を連れて帰ってきたってわけだ。洞窟から脱出する際、フレイムリザードの群れが現れたんだが、伊織はマンイーターの能力と『くさ矢』で瞬殺、無双していた。もうこの森の主といっていいほどの戦闘能力だ」


「いやばい~ヴェレちゃん~! そげん褒めても何も出らんばい~! くさ汁くらいしか! なんつって! へははぁ!」


「なるほど……あの地獄絵図のわけは分かった……ヴェレド、ばあちゃん、本当にありがとう。助かったよ。そしてすまなかった……俺がヴェレドの忠告も聞かずに救助に行くと言ったばかりに、危険な目にあわせてしまった……本当にごめん。ヴィヴィにも心配をかけたね、ごめん……」


「蓮……」「蓮さま……」


「……ね? 素直でい~い子やろが。うちの蓮ちゃん」


「ああ」「はい」


「じゃ、じゃあ次は……ヴェレドの話だな……で、そ、その……結婚って……」


「あ……話しても……いいか?」


「お、おう」



 ヴェレドが結婚の話題を振られ、ほんのり耳を赤くしている……どうしちまったんだヴェレド。いや、どうかなってるのは……俺か?



 結婚って……どういうことだよ! ヴェレド!!!





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