025 マンイーター

 ――「りぇんてゃんにゃ、にゃれびゃれりりゅろっりぇ、りゃーーー! りぇんりゃんりゅりりょりゅりぃりょ!(蓮ちゃんは、やればできる子って、あーーー! 蓮ちゃん後ろ後ろ!)」――



 ばあちゃんが、りゃりりゃり何を言っているのか分からなかったが、目線を追い振り返ると、マンイーターの触手がヴェレドに絡みつき、本体の巨大な口元に引き寄せている!



「嗚呼! ヴェレドが喰われかけてる!」


「い、いいから、早く助けろ……」



 良かった。ヴェレドの意識はまだしっかりしている。とにかく近づいてヴェレドを引きはがさなくては!


 しかし、マンイーターは複数の触手を鞭のようにしならせ、俺を近づけさせないようにしている。まずはヴェレドを掴んでいるあの太い触手をなんとかしないと――



三連施錠トリプルロック!」



 ――カチカチカチン!



 俺は三つの錠前を放ち、触手を固定した。



 ――ギリギリ……パキン! パキパキン!



 だが、距離が遠くて施錠ロックが弱い! 一つ、二つ、壊された……くそ! 遠距離攻撃を持ってない俺にはどうにもならない。



「れ、蓮……! 触手を……よく見ろ……や、槍だ……」



 触手? 槍?……ヴェレドが本体に槍を投げたとき、あいつは太い触手を使って槍を――



「あ……もしかして……!」



 俺は急いで槍を拾い投げつけたが、ヴェレドのようにはいかず「ぴょ~ん、ぷすっ」と本体の口元にかろうじて刺さった……というより引っかかった。



「お、お手本みしぇたのに……お、おみゃあは……」



 ヴェレドも痺れがまわって、名古屋弁っぽくなってきた。



「いや、これでいい……はずだろ? ヴェレド」



 マンイーターは槍を異物とみなし、棘付きの花弁で取り除こうともがいている。しかし、うまくいかず、ヴェレドを持っている太い触手で、彼を放り投げた!



 ――ぐぐ……ブンッ!!!



 俺は生まれて初めて、こんなふうに人が宙を舞うのを見た。まるで世界レベルの走り高跳びの選手の様に、ヴェレドは美しい放物線を描き、俺の後ろへ落下した。



 ――どさぁ!



「げふう!」


「は! 見とれてる場合じゃない! ヴェレド~! 無事か?!」


「だ、だいじょびゅだ……麻痺してるから……痛みは……にゃい……」



 さすがだ。痺れているのに見事に受け身を取っている。



 ――キシャーッ!



 触手……ヴェレドが言っていたように改めてよく見ると、やっぱりこいつ、触手が三種類あるんだ。花粉を吐く蕾のある触手、鞭のようにしなる触手、そして二本の獲物を捕縛する太い触手。ヴェレドが真っ先に捕縛用の触手をひとつ切り落としたので、残りのひとつは異物を取るのに使うしかなかった……



「ヴェレド……お前、本当に凄いな……あの一瞬でここまで読んでいたのか。俺が女だったら、確実に惚れてるよ」


「……本当きゃ?」


「ああ、ぞっこんだね」


「…………あとは……ひとりでぇ……にゃんとかしりょ……」


「わかった。あとは任せろ!」



 さて、どうするか。鞭のような触手が邪魔で近づけない。槍の鎖がまだ花弁に絡まって、マンイーターはまだもたついて――



「鎖……? 鎖は……金属……そうだ……雷撃を飛ばせないなら……」



 俺は鎖を拾い上げ、意識を集中し、心の中で両腕のトグルスイッチをオンにした。なんだよ、心の中のスイッチって。



「飛ばせないなら……直接だ! 喰らえ! 纏雷てんらい!」



 俺の両腕から発せられた青白い電撃は、即座に鎖を伝わり、マンイーターを貫いた。花粉を吐き出す触手の蕾は、破裂音と共に弾け飛び、鞭のような触手は炎をあげ焦げ落ちた。



「うわぁ……自分で言うのもなんだけど……改めて、雷属性って凄いな……こわ……」



 マンイーターは残る捕縛用の触手で槍を払いのけた。



「一撃じゃ無理か……」



 その直後、地鳴りのような音が響き、マンイーターがぶら下がっていた岩肌にひびが入る。


 マンイーターは触手を激しく振り回し、身をよじらせているようだ。



「なんか……怒ってる? あ、あんまり暴れると、崩落がおきますよ」



 岩肌はガラガラと音をたて崩れ、マンイータの本体が地面に落ちたかと思うと、岩肌の中にあったであろう根が、蜘蛛の足の様に開き、本体を持ち上げた。



「う、うそだろ……こいつ、歩けんの?! うわ! きも! 最悪じゃん!」


《いえ、蓮さま……! 最悪なのはそれじゃありません。マンイーターの後ろをご覧ください》


「え? 後ろ?」



 崩れ落ちた岩肌の奥から、聞き覚えのある呼吸音が聞こえてきた。



「これってまさか……」


《巣穴と繋がってしまったみたいですね……》



『――目に見えるものが全てじゃない。決して油断するな――』



 ヴェレドの言葉が脳裏をよぎった。開いた穴からフレイムリザードの群れが、辺りを伺いながらぞろぞろと出てきた……5、6匹はいる。どうするどうするどうする! 最悪の状況だ。いや……落ち着け……マンイーターは怒り狂っているが、フレイムリザードたちはまだこちらに気づいていない……



「これは……先手必勝だな……」


《はい……可及的速やかに対処しましょう……まだこちらに意識を向けていない今しかありません》



 どうする……今ある全部……鎖……スイッチ……施錠ロック……これで出来る事…………あ……



「チエちゃん……今、俺が考えてること分かる?」


《ええ……蓮さまのイメージが流れ込んできました》


「いける……かな?」


《蓮さま……このイメージは非常に合理的かつ、蓮さまの戦闘上の欠点を補う現時点での……最適解だと思います! やってください!》


「よし! ヴェレド! この鎖、貰うよ! 後でバルトさんに直してもらうから!」



 俺は、槍で鎖を切り離し、両手に持ち鎖鎌のように回した!


 ――いや、鎖鎌は回したことない。ちょっとカッコつけた。縄跳びだ。小学生が縄跳びでやるように、ぐるぐると回した。



「俺の遠距離攻撃は……これだ!」



 俺は鎖を魔物たち目掛けて投げ、施錠ロックで鎖と魔物を固定すると、即座に纏雷てんらいを発動し雷撃を喰らわした。



「……鎖で距離を稼いで、対象と施錠ロック……纏雷てんらいは両腕の部分のみスイッチで瞬間的に出力する……」


《これなら投擲の未熟さもカバーでき、雷撃も直接流せます。素晴らしいアイデアです、蓮さま!》



 1匹、2匹とフレイムリザードを仕留めていく。火の息を吐きだしそうなやつは首を固定し、俺たちへの狙いをそらす。マンイーターはこちらの隙を伺っているのか、距離を詰めてこない。



「蓮……油断するにゃ……手負いのまもにょが、いちびゃん怖いじょ……」


「大丈夫! このまま決める!」



 3匹、4匹……俺は次々と纏雷てんらいを放った。鎖と施錠ロック、そして雷撃属性の親和性が異常に高い。まるで初めから組み込まれていたような感じだ……5匹目!



「はぁ……はぁ……結構、いや、かなりきついな」


《蓮さま、魔力の残りが随分減っています! 無駄撃ちのないよう!》


「ああ、あとはマンイーターとフレイムリザード1匹だけ……大丈――」



 ――バキバキ! ずるぅ……



 足元の岩盤が音をたて割れ、そこから現れた触手が俺の足に巻き付いた。


 しまった! マンイーターのやつ……何もしてこないと思っていたら、触手を地中に這わせていたのか! 巻き付く力が強い……外せない! 蜘蛛のような根をばたつかせこちらへ向かってくる! このまま雷撃をかますか?! いや……この触手は地面から出てる……アースの役割をはたして、本体まで届かない可能性がある……直接本体に鎖を施錠ロックさせる方が確実だ。



「さ……せるか!」



 俺は鎖をマンイーターに施錠ロックし、雷撃を流そうとした。その瞬間――



 ――カチ! カチ!



 フレイムリザードが俺に向け火の息を吐こうとしている! 嘘だろ……俺が鎖をマンイーターに施錠ロックするのを待ってたのか?! フレイムリザードの口が大きく開き、目も眩むような火球が放たれた――


 こいつら、連携を……まずい……躱せない!



「油断するにゃと言っただりょ……」



 ヴェレドは切り離された槍で触手を切り裂き、俺を突き飛ばした。彼は俺の身代わりに火球をうけ、そのマントは炎に包まれた。



「ヴェレドーーー!!!」



 フードからのぞくヴェレドの顔が笑ったようにも見えた……





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